第二章.17
「新婚ね~ヒデオ、とりあえず周りの目が血走ってる連中はどうするの?」
「優しい先輩達だからな。骨は拾ってくれるだろ?」
「頑張ってね、あなた。応援してるわ。」
「姉さん、そんな火に油を注がなくても・・・・え?俺もですか? 英雄さんだけでいいじゃ―ちょっと引っ張らないで下さいよ!? た、助けて!!」
ギルドで素材を精算した僕達は、酒場が空いていたのでアドリアーナの所に向かい休憩していたのだが、そこで先ほどの事を話すと予定通り英雄が連行された。
ついでにフロウを引き摺って行ったのだが、周りの圧力に抑えられて助けられなかった。すまない・・・・
今は既に仕事が終わっている彼女と、そのPTメンバーであるお姉さんズに僕の構成だ。
外から見たら美人が固まっているんだね・・・・僕も眺める側か、男のままこの人たちとお近づきになりたかった。
「ふふふ、ついに邪魔者がいなくなったわね。アスマ、思う存分楽しませてもらうわよ?」
隣に座っていたジーナさんが抱き付いてくるので好きにさせながらコーヒーを飲む。勿論彼女の尻尾を撫でながらだ。ふわっふわで最高です。
「随分落ち着いてるのね? 前に捕まえた時はもう少し暴れたのに。」
「お姉ちゃん、いったい何したの・・・・」
天然のエルフ姉を常識人のエルフ妹が呆れる風景は心が温かくなる。
カリーナさんがホットミルクを呑みながら保護者の様に3人を見守っているのがクールで格好良い。
ちなみに助けてくれた事と僕のパーツが狼な事もあって、昨日1日で周りからは姉妹認定された。うん、この人なら姉で良いと思います。
「もう慣れましたよ。これが生えた初日は大変でしたからね、それに比べればこれぐらい・・・・」
僕が苦笑して答えると、アデリーナさんが首を傾げる。
『何かあったの?』と視線が聞いていたので『知り合いに慣れなていない所を思いっきり撫で回された』と言うと、3人から苦笑された。
僕に抱き付いている1匹はかなり悔しそうにしているがこれは放置でいいだろう。
それから15分ほどでウチのPTメンバーが帰って来たのでお暇する事にした。
2人曰く『今回は人が少なかったので何とかなった。あと、仕事帰りだから手加減してもらえたのは大きい。』と溜息を吐いていたのが印象的だ。
こいつらの訓練は実戦形式が多いので体を壊さない様にして欲しいな。
ちなみに2人の服は僕が修繕している。今の所明かす気はないが、知られたらどう料理されるのか、少し気にはなっていた。
以前英雄に聞いたら『頼む、それは相部屋だとバレた時ぐらいの騒ぎになるから本当に止めてくれ。』と、真顔で懇願されたのは記憶に新しい。
嫉妬における私刑を行ったとある人物は『幸せな家庭に見えてほのかに黒い感情が湧きだし、気が付いたら英雄を鍛えていた。』と実にいい笑顔で語ってくれた。
こうやって、馬鹿騒ぎのネタを提供できるだけで僕は十分なので、今はこのままでいいだろう。
それから僕達は1週間ほど依頼をこなしながら着実に資金を貯めていた。
今日はと言うと―
「使い捨てられたポーションの空き瓶、旅人が切り離した装備、襲撃時に出た廃棄物。これら街道に転がる沢山のゴミ『トラベルデブリ』は街の景観を損なう危険な存在です。」
「こちらにきて3ヵ月、これは街道のゴミが問題になった為の依頼。」
『おーい、そろそろ移動だぞー。』
「「 はーい。 」」
4ギルド合同で街道の美化活動を行っていた。
語りは最初が僕で、後が英雄である。指示を出したのはシルバーの冒険者だ。
襲い掛かってくる魔物は中堅が相手をし、戦い方や解体方法を実地で見習いの子達に教えている。僕らは新人教育のなっていない企業は駄目だと思っているので非常に好感のもてる現場だ。
合同開催なので僕ら以外にも多くの参加者がいて、意外と多いのが傭兵だったりする。
同業者の遺品を回収したいと思う人が多いからだ。
亡骸が持っていたプレートを握りしめて泣いている人達を見ていたたまれなくなり、隣を歩く親友にぽつりと言う。
「英雄、簡単に死んじゃ駄目だよ。」
「ああ、お前もな。」
燃やされる遺体と嗚咽を堪える人達を見ては目を伏せ、人目もはばからず崩れ落ち、大声で泣いている者の声が耳にこびり付いて胸が重くなった。
自分で相手を殺めた時は、人でも魔物でもその命に感謝を感じる事が出来る。
例え悪人でも、僕らの命となるからだ。これはかなり広義な取り方だけど『いただきます。』に通じていると思う。
英雄が街道で初めて盗賊を斬った時、僕が森で初めて盗賊を焼いた時、あまり抵抗を感じなかったのは『命に対してしっかりと向き合っていたからだ。』とイヴァンさん達から言われた。
だからこそ、そんな覚悟をしていない死はかなり堪える。
森で先達たちを見つけた時に何度も吐いた経験がある僕らはマシだが、我慢できずに少し離れた若手も多い。
「俺達が自分で選んだんだ。俺が死んでも立ち直れよ。」
「そっちこそね。向こうで1度死んだようなものだから、真っ直ぐ生きよう。」
深呼吸を数回繰り返し、僕は前を向く。
途轍もない材料となる体質の事だけでも、僕はろくな死に方をしないだろう。
ここに来てすぐにアデリーナさんの精霊が気付いたように、体の事は絶対にバレる。だからと言って街で普通に暮らすのはまだ早い。
生きる為にこちらに来たのだ。良いも悪いもしっかりと受け入れて行こう。
その後も別の地点でゴミ拾いや、簡易的な葬儀を行いながら作業を続け、日が傾き出した頃に終わりとなった。
街の門で順番を待つ間、後ろに広がるオレンジ色の平原を見る。今の胸中は哀愁で一杯だ。
「お前さえ良ければ、仕事を変えても良いんだぞ?」
後ろから掛けられる親友の声に僕は振り返って首を振る。
「立ち止まる事はいつでもできるよ。だから、やる気が有るうちは動いていたい。ここは向こうとは違うんだ。自分の力量が直結するのは怖いけど、それ以上に楽しいよ。そっちもでしょ?」
そう言って微笑むと、彼も笑って頷いた。
まだ3ヵ月、全てを決めるには短すぎる。今はこのままで良いのだ。
新しい人生を楽しみながら走るつもりはあっても、ガチガチに対策を固めて生きる為だけの全力疾走をする予定は無い。
この楽しい毎日をしっかりと感謝して行こうと僕は改めて心に誓った。
それから数日の休暇を終えた僕達は魔術師ギルドの個室で指名依頼の説明を受けている。
「なるほどね、面白そうだから僕は受けても構わないよ。」
「ああ、古代文明の遺跡なんて理解は出来なくても夢が詰まってるからな。是非参加させてくれ。」
「私も2人が護衛に付いてくれるのであれば安心できますからね。」
そう言って僕達の対面に座るエゴールが嬉しそうに笑った。
彼は以前、護衛依頼を受けた錬金術師なのだが、本人の趣味で考古学も嗜んでいるらしい。今回の依頼は森の中にある古代遺跡に向かうので、その護衛だ。『古代遺跡』に『古代文明』なんて胸の躍る言葉だろう。
「工房の先輩達が探索に行ったという話を聞いて、いつかは私も行きたいと思っていのですが、先日工房長から正式に1人前と認められたので探索の許可が下りたんです。これもお2人のお蔭ですよ。」
そう言って彼は自分のブロンズプレートを見せてくれた。覗き込むと僕らより1つ上のDランクと記載されている。羨ましい。
僕と英雄は羨望の眼差しでプレートとエゴールを交互に見ると、彼は少し恥ずかしそうに微笑していた。
「では、依頼内容を確認しましょう。」
そんな空気を切り替えるかのように真面目な顔になるが、頬が少し赤いので気恥ずかしくなり話題を変えたかったのだろう。
「期間は1~2週間ほどで出発は明後日の9時。場所は水精霊の泉で、同行者は私1人ですが大丈夫でしょうか?」
エゴールの確認に対して2人で頷く。
水精霊の泉とは街道を3日ほど進んだ所にある森の中に広がる大きな泉で、今回の目的地はそこにある遺跡群だ。
大昔に作られた精霊信仰の跡地らしい。
そこ自体はだいぶ前に調査が終わっている様で新しい発見は期待できないのだが、現物を見たい学者は多いらしく、上司に許可を貰って調べに来る人間は国内外問わない。
先日、別の冒険者グループが今回と全く同じ仕事から帰ってきて話を聞いていたので、見たいと思っていた僕達にとっても渡りに船だった。
「うちの先輩たちの話だと、今なら同業者が丁度いないみたいだぞ? 少し前に帰って来た連中が、その時の最後だったらしい。」
英雄の言葉に僕が頷くと、エゴールは少し喜ぶ。
「本当ですか? いや~それは純粋に嬉しいですね。他の人と考察し合うのも面白いですが、その場の空気をゆっくりと楽しむのも大好きなんですよ。」
糸目をへにゃりと曲げながら嬉しそうに微笑む様は見ていて和む。
「興奮しすぎて遠くまで行かないようにね。」
僕がそう言って苦笑すると、彼は恥ずかしそうに頷いた。
その後いくつかの確認を終えると僕達は解散し、翌日の内に食料など必要な物を準備した。
元々旅支度にテントなどを購入する予定だったのだが、タイミング良く泊まり込みの依頼が来たので事前練習も出来て言う事無しだ。
部屋に帰るとメモを取出しアイテムボックスを並べる。
「調理器具良し、食材良し、調味料良し―」
「雨具良し、新聞紙良し、予備の装備類良し―」
命に直結する忘れ物を防ぐために、2人で全ての道具に指差喚呼を行い、2重にチェックをする。臆病なぐらいで丁度良いのだ。
「初めてこれをしたのが高校の頃か・・・・年取ったな。」
「もう6年ぐらいかな? 講習で初めてこれを見た時は感動したよ。他の子達が何で恥ずかしがるのか理解できなかったね。みんな元気にしてるかな?」
確認が終わると2人で軽口をたたきながら無情に過ぎて行く時間に苦笑する。
「俺からしたらお前の『ヒューマンエラーとマシントラブルは絶対起こる。』って言葉の方が感動したけどな。」
「1番の戦力である父さんでもミスはしたし、道具が壊れて大慌てした事もあるからね。あの時ほど予備が有って良かったと思った事は無いよ。」
英雄の言葉に、僕は昔の事を思い出して答える。
「お前の家って個人だから小さい店だったけど、客入り良かったよな? 道具が壊れるってかなり焦ったんじゃね?」
「まあね。英雄も1年働いてた時は工場だったから、大型機械が止まった時とか悲惨だって言ってたじゃないか。」
お互いに昔の事を思い出して重い溜息を吐く。
「忘れよう、もう過去の事だ。」
「ああ、そうしようぜ。」
2人で苦笑すると、ベッドに腰掛けて買って来ておいたお酒をグラスに注ぐ。
「6年かぁ・・・・知ってるかい? この世で時間ほど無慈悲で平等なものは無い。」
「うるせえ、センステ○ブコンボぶつけるぞ。」
お互い10回以上はやり直したトラウマを思い出して苦笑する。
その後も現代にいた頃の話で盛り上がった。
いつも以上に続くのは酒の力だけでは無く、僕のお店、つまり家族の事が出て来たからだろう。
「ねえ英雄、いつも一緒にいてくれてありがとう。」
隣に座る親友を見てそう言うと
「どうしたんだ急に?」
と少し困惑してこちらを見下ろしてくる。
「ううん、深い意味は無いんだ。ただ、いつも支えになってくれているから、改めて言いたくなっただけ。」
そう言って微笑むと、少し頬を赤くして視線を逸らされた。
お酒が有っても恥ずかしいよね。僕もそうだ。
「良いんだよ、好きでやってるんだから。惚れた弱みだ。」
こちらを見ていない事に油断して、肩を抱かれてしまう。しっかりとホールドされて外すことは出来なかった。
「何が『惚れた弱み』だよ。僕はお互いに相手が見つからなかった時のキープだろうが。この世界なら美人さんがいくらでも居るんだから、僕に拘る必要は無いだろ?」
「支えてあげられる弱さが有るから評価が高いんだよ。隣にいて良い意味で振り回してくれるのは男時代からお前が1番だったしな。お前も元男なら、弱さのある美人がどれだけポイント高いか分かるだろ?」
楽しそうに笑う英雄に僕は頷くしかなかった。だってそれ僕の大好物じゃないか。
ちなみにファンクラブからも似た様な事を言われているらしい。情報提供者はアドリアーナなので信憑性は高いだろう。
自分がそうなっても全く嬉しくない。
英雄に抱き寄せられながら思いっきり溜息を吐くとグラスの残りを飲み干す。
「さあ、明日からは念願の冒険だ。今日はもう休もう?」
「俺はもう少しこのままでも良いけどな。まあ明日に障るのもまずいし寝るか。」
笑う親友に非難の視線を向け、抱かれたままベッドに転がる。
「おい離せ。しっかりと布団に入らせろ。」
「すまない、酔って動けないんだ。」
「・・・・僕、英雄と一緒に寝たいな。」
「このままじゃ寝辛いな。ほら、これで良いだろう。」
サッと僕を持ち上げて一緒にベッドに入る手際は恐ろしく慣れていた。この3カ月間に及ぶ同衾生活の賜である。
「帰って来たらさ、部屋は変えようね。」
「下心はともかく、防犯対策もあるから相部屋は譲らんぞ?」
「その辺の理解はあるよ。予算の都合もあるし。」
イヴァンさん達だけでなく、アドリアーナ達からも『この国なら兎も角、他の国に行った時は宿でも気を付けろ。』と言われている。
宿の客に扮した者や客そのものが、女性の1人部屋に侵入する事は珍しくないらしい。最悪の場合は組織立った連中が捕まえに来ることもあるそうで、そのまま売られる事もあると聞いた時は体が冷えた。
彼女達美人揃いの女性PTはその辺にも気を使うそうだ。事実ブロンズ時代には何度が襲われた事が有るらしい。
この時まだ未熟なアドリアーナが慌てて精霊魔法を使い犯人の1人をミンチにしたと聞いた時は自分もやりそうだと共感してしまったのは内緒だ。
大元である被害に遭う確率を減らしたいので英雄との相部屋にし、あからさまに『対策してますよ。』『私は男を経験してますよ。』と見せる事で犯罪遭遇率を減らそうと算段している。
召喚魔法が有ると言っても、撃退確率が100%ではないのだ。用心に越したことは無いだろう。
「その辺は帰ってきてからだな。とりあえずは明日から頑張ろうぜ。」
「うん、おやすみ。」
温かいベッドで考え事をしていた僕は、抵抗の余地なく微睡に沈んでいくのだった。




