第二章.9
電話を切った僕達の前には、ダンボールが送られてきた。事前に言われた通り開封して色とりどりの中身を確認すると固まる。
「・・・・・」
「楽しみだな。」
気力の無くなった目でボーっとそれを見つめるだけで、僕は何も考えていない。
「なあ、遊馬・・・・遊馬?」
一緒にベッドに腰掛けている友人が、顔を覗き込んでくる。でもそれはどこか遠くの出来事のように思えた。
「・・・・・」
箱の次は以前のマネキンさんが送られてきた。直立不動のままだったマネキンは突然光を纏い、眩しさで目を覆う僕達だったが、光が収まった時、そこにはマレフィお姉ちゃんが立っていた。
「神様が気軽に下りて来て良いのか?」
「大丈夫よ。この人形には必要最低限を送っているだけだから。これで私も直に遊馬君の香りと温もりを楽しめるわ。同性だから魅了に負けて、肉欲に溺れても御咎め無しよ。」
親友と姉が何か話している。自分の名前が聞こえた気がするが、全く気にならなかった。
「ね、ねえ英雄君、どうしてこの子はこんなに冷たい顔をしているの? 目が酷い事をされた後みたいになってるんだけど・・・・」
彼女がこちらを見て困惑気味に何かを言っている。どうしたのだろう、何か想定外の事でもあったのかな?
「箱の中を見てからだな。これは少しまずいか?」
話が終わったのだろう彼らは頬を引き攣らせながら口を開いて来た。
「さあ遊馬君、お着替えしましょう?」
「はい、喜んで。」
「なあ遊馬、生着替えで頼む。」
「はい、喜んで。」
2人の額を汗が伝う。しっかりと相手の目を見て答えたはずだが、何処かおかしいのだろうか?
「年齢的にそろそろキツイけど、フリフリ付きでギャップに震えるのと、顔立ちに合ったエロい系で大人の色気を出すのとどっちが良い?」
「はい、喜んで。」
「遊馬、これからも俺の隣にいてくれないか? お互いに支え合えるお前となら幸せな家庭を築けると思うんだ。結婚しよう。」
「はい、喜んで。」
今度は嬉しそうに微笑んでみたのだが、やはり反応は思わしくない。マレフィお姉ちゃんが肩を掴み、心配そうに言う。
「ほら、今日はもう寝なさい。話は明日にしましょう?」
首を傾げる僕を見て、英雄が続いた。
「自分じゃ分からないだろうが、だいぶ顔色が悪いぞ。きっと疲れたんだろう。今日はもう休もうぜ?」
彼らが言うのであればきっとそうなのだろう。僕はお言葉に甘えて横になる。本当に疲れていたのか、微睡に落ちていくのに時間はかからなかった。
「犯罪的でこれも良いかと思ったけど、今やると危なそうね。」
「プロポーズしてOKを貰えるぐらいだからな。あのまま続けたら壊れてたか?」
俺達は二人でかなり悩む。
「男の時でも何回かしていたのに、なんで今更駄目なのかしら?」
「女になったからこそ強く抵抗が出て来たのか?」
他にもいろいろと相談したが、結局答えは出なかったので、どの衣装で楽しむかや、ストックに何が有るかを聞いて俺達も眠る事にした。マレフィさんが帰った事を見届けて、ベッドへ転がる。
(でも本音を言うとあのまま着せ替えを楽しむのも背徳的でアリだったな。)
俺は暗い妄想にゾクリと震え、隣に眠る遊馬の頬を撫でる。
さっきの事が無かったかの様に寝ている親友を見るとますます黒い衝動が自分を襲う。
(本当に不味いかもな。泣いて嫌がる所を想像したら、なんかこうゾクゾクしてきた。俺、半年先まで待てるかな?)
安心しきって眠る親友の額に軽く口づけをすると、間違いを起こす前に意識を手放す事にした。
ゆっくりと覚醒する意識が、遠くから聞こえる鐘の音を拾う。
「遊馬君、遊馬君ったら、いつまで寝てるの?いいかげん起きなさい。」
誰だろう? 優しそうな女性の声がする。
「クルイローの鐘があんな気持ちよさそうに歌ってる。」
響き渡る音色に耳を澄ませているのだろう。穏やかな声音は何故か凝り固まった僕の心を解きほぐす。
目を開いて、数回深呼吸をして勢いよく状態を起こす。
(誰だ今の!?)
声のした方に顔を向けると、そこには笑顔の姉がいた。
「・・・・何してるんですか?」
「偶には私が起こしてみようかと思ってね。ルルに今日の当番を変わってもらったの。」
悪戯に成功した満面の笑みが眩しい。やられた方としては頬を引っ張ってやりたいが、今は自重しよう。
「どうやってこちらに・・・・」
「覚えてないの?」
「え? 昨夜は確か・・・・あれ?」
僕は寝る前の記憶がおぼろげな事に気付き慌てるが、顔を上げる前にマレフィお姉ちゃんに優しく抱きとめられる。
「いいの。思い出さなくていいのよ。さあ、まずは顔を洗ってらっしゃい。美人が台無しよ?」
美人と言う言葉に少し傷つきがならも頷き、行動する。
「ズボンをください。」
「駄目よ。」
差し出されたスカートを見て即答するが無駄だった。諦めきれない僕は、後ろに置いてあるデニムパンツとTシャツを指差して
「せめてそっちのGパンとシャツに―」
「なるほど、手ブラジーンズか・・・・それは後で楽しむから、今はこれを穿きなさい。」
何を言っているのか理解出来る事に腹が立つが、とにかく僕は諦めない。
「嫌です。冒険者がそんなひらひらしたので出来る訳無いじゃないですか。TPOを弁えましょうよ。現実でビキニアーマーなんて存在しないんですよ?」
冒険者の仲間達を思い出す。命に直結する仕事で肌露出の多い装備をしている人間などいないのだ。戦闘スタイルや体型などに応じて軽装や重装こそあれど、あそこまで頭のおかしな装備は無い。
「スカートならいるじゃない。さあ、これならロング丈だから問題ないわ。あ、これはフレアスカートって言うのよ。」
確かにいる。だがそれを近接戦闘もする僕が穿くのは困るのだ。押しつけられるスカートをギリギリと押し返して徹底抗戦を唱える。
「あれは後衛の人達です。偶にとは言え前衛をする事のある僕がそれを穿くのは絶対ダメ。命の危機を体験したからこそ嫌なんですよ。また追いかけ回された時にそれを装備してたら逃げられないじゃないですか。あと、女になったからそういう知識も必要でしょうが、なんで今刷り込む様に教えるんですか。」
彼女の据わった目を直視しない様に頑張る。そこに漸く助けが入った。
「何してんだ2人とも・・・・」
親友が眠たそうな目を擦りながらこちらを呆れた様に見ている。
「英雄君、貴方からも行ってあげて。この娘にスカートを穿きなさいと。」
「英雄、聞いてくれ。確かに僕らはロング丈が好きだぞ。でも僕らは日本人だ。仕事の邪魔になる服装なんて考えられないだろ?」
第三者の意見で全てに決着がつくのは世の常だ。僕とマレフィお姉ちゃんの視線は彼を向くが、姉の目って据わってたよな? これに直視されるのは辛いだろ・・・・あ、目を逸らした。
というかこの邪神め、さりげなく力を込めて押しつけようとすんな。
「あー、遊馬。何でそんなにスカートを嫌がるんだ? 前に何回か女装したじゃないか。」
目の前の圧制者が勝ち誇ったように口角を上げる。だがここで負けるわけにはいかない。
「あれは身内で遊んだ時だろう? 公衆の面前じゃまだ無理だよ。女になった所為で今まで以上の視線を向けられるのに、これ以上耐えられるか!!」
僕の発言に親友が考えるように頷き、姉は苦虫を噛潰した様な顔をする。そんな顔をしながら、押し付ける力は上がる。
「でもそれは『明日やろう』って言うのと同じよ? というか英雄君、単刀直入に聞くわ。この娘はもう女の子なのよね?」
嫌な予感がする。僕は縋る様に相方を見るが、凄く申し訳なさそうにチラ見されて肯定された。
「磨けば光るどころか、既に魅力的な女の子に、お洒落して欲しいと思うでしょ?」
「待て英雄早まるな!! 確かに今は貰い者の服だが、プラフィと相談して選んでるから、残念って訳では無いだろ!?」
元男だから、中身が若干オッサンなのは認めるが、彼女と相談して選んだ服が変だった事は無いと思う。それに僕の基準が入るから女ウケはともかく、男ウケは悪く無い筈だ。だが、これはマズイか?
そう思って生唾を呑み込むと、英雄がついに決定を下した。
「正直に言うと見たい。」
僕が膝から崩れ落ち、姉は勝利に喜び、神々しいオーラを放つ。
「だが、無理にさせることは無いさ。少しずつ慣れて行けばいい。今日無理に着なくても良いからそんなに落ち込むなって。な?」
その後の言葉を聞いて僕は親友を見上げる。やっぱりいい男だなこいつ。となりで冷気を放つ女神が地味に怖いのだが。
『とりあえず顔洗ってくる』と言い、女神を連れてその場を離れた親友にお礼を言うと僕はいそいそと着替える。
「どういうつもりよ?」
マレフィさんが明らかな不満を口にする。
「俺に考えが有るんだ。少し付き合ってもらっても良いか?」
タオルで顔を拭き、俺はニッと笑いながら彼女を見る。
「・・・・良いわ、聞かせてもらおうじゃない。」
面白そうな匂いを感じ取ったのだろう。邪悪な笑みを張り付けて話を促す。
「まず現状では俺の株が上がっただけだが、これが実はかなり重要になる。」
さっきのやり取りで俺にアドバンテージが入った事が気に入らず、マレフィさんは顔を歪めるが今は置いておこう。
「あいつは気に入った相手だと自分の事よりも優先して行動してくれることが有るよな? それを逆手に使う。」
そう言うと彼女はハッとしたようにこちらを見て口角を上げる。
「なるほど、私はどうしたらいいかしら?」
「まずはだな・・・・」
ベッドに座って待っていると、マレフィお姉ちゃんが洗面所から出てきた。
スカートを見ながら溜息を吐いて扉の奥にいるであろう英雄を見ると、僕に着せる予定だった服を畳んで箱に仕舞う。
(そ、そこまで露骨に悲しまなくても良いじゃないか・・・・ちょっと悪い事したかな? 今度着てあげるぐらいならいいか。)
少し良心を痛めながら目を逸らすと英雄も出てきた。
「どうだ? 頑張って説得したぞ。本音を言うと俺も見たかったが、今回は見送るよ。今回の貸しは慣れてきたらそれを着る事で返してくれ。」
そう言って笑っている。
僕も英雄もスカート丈はロング派なので、顔には出さないが本心では残念がっていて、穿いて欲しい気持ちが有るのは分かった。
「無理に着せても仕方ないしね。今回は諦めます。もし興味が湧いたらすぐに教えてね。」
(そう言いながら少し残念そうにしてるじゃないか・・・・あーもう!!)
いつもと変わらない顔に戻った姉と自分を押さえて助けてくれた親友を見て僕も覚悟を決める。
「マレフィお姉ちゃん、その服少しだけ貸してくれない?」
僕がそう言うと彼女は驚いた表情でこちらを見る。
「慣れるなら早い方が良いと思ってさ、それに折角準備してくれたのなら無下にするのもね。英雄に借りも返せるし。」
諦めたように苦笑する僕を見て困惑しながら渡される。
「ほ、本当に良いの? あんなに嫌がってたのに・・・・」
「無理する事無いぞ遊馬?」
急に意見を変えた僕に戸惑っているのだろう。2人は少し困った様子だ。
「うん、明らかに変な服で外に出る訳じゃないし、出来る事を僕が嫌がってるだけだからね。フリフリしたのじゃないし、ここで覚悟を決めて一歩進もうと思う。」
そう言いきった僕は渡された服を持って脱衣所に入り、プラフィの協力で新たな世界の扉を開いたのだった。
「チョロ過ぎじゃない? 同じ女としてあれは危ないと思うのだけど・・・・」
「そう思うだろ? 俺も現代にいた頃から何度も危ないと思っていたんだが、そこまで親しくない相手だと冷たくなるぞ。身内認定した相手に激甘なだけだ。」
軽く溜息を吐いて続ける。
「あいつはもっと遊んで欲しそうに悲しい顔をする犬や猫を見て離れられなくなる人間だからな。優先順位の高いものが無い時に『自分がちょっとぐらい頑張ればいいか。』と思わせたら簡単に折れる、甘さと優しさが両立した苦労を背負い込むタイプだ。」
過去にあいつの優しさに付け込んでコスプレさせたことを思い出す。ケモ耳可愛かったな。
「という事は私って結構信頼されてる?」
自分を指差し嬉しそうに言うマレフィさんに大変遺憾だが真実を告げる。
「ああ、かなり気に入ってると思う。たぶん最初の頼りになるお姉さんって印象がかなり強いんだろうな。」
「あれだけセクハラしているのに、まだそんなに評価が高いなら、やっぱり危ないわよあの娘。」
複雑そうな顔で言う女神に俺は何も言えなかった。




