第二章.8
無事に食事を終え、憔悴していたマルコヴナさんを労うと、部屋に戻り新聞の続きをどんどん読んでいく。メンバーは僕・英雄・プラフィ・フロウの4人だ。
「この旬を迎えた特産品の果物って美味しいのかな? 見た目じゃ全然わからないね。」
「旅をするならご当地グルメは食うけど、美味い方が良いからな。」
「私の住んでいた地域では見た事が無い種類ですね。」
「並んでいたのは見たが、食ったことは無いな。」
魔物や人との争いが絶えない世界なので、新聞の記事は血腥い物が多い。『○○に強力な魔物が出現したから近付くな。』や『□□で野盗の被害あり。』とかだ。流石に疲れてきた僕達は地元のPR記事を読んで心に清涼を与えていた。
ヤナギで起こった内紛の件が結構な量を占めていて、少し凹むのだ。
「ねえフロウ、聞きたい事が有るんだけど、良いかな? 答えたくなかったら勿論答えなくて良いからね。」
僕が彼を真っ直ぐ見ると怪訝そうにこちらを見て口を開く。
「ああ、構わないぜ。」
そう言って頷いたのを見て僕は切り出した。
「単刀直入に聞くね。君とヤナギには何か関係が有るの?」
こいつは鬼だ。ヤナギが日本に近いのであれば、何かしら関係があっても不思議ではないのだが、それとは別にさっきからずっと気になる事が有る。
「どうしてそんな事を?」
フロウは困った様に眉を寄せてこちらを見てくる。
「うーん、特に理由は無いんだけどね、さっきから君が新聞を読むときに少し怖い顔をしているんだ。だから一応聞いておこうと思って。」
英雄とプラフィも気が付いていたのだろう。二人とも何も言わず、彼の言葉を待っている。
「あー、気を使わせたのなら悪かった。実を言うと俺はヤナギの生まれなんだ。死んだのもこの戦争が原因でさ、記事を読んでいるとどうしてもその時の事を考えちまうんだ。」
苦笑を浮かべ、こちらを見て淡々と言うが、無理しているのは見え見えだ。
「鬼は鬼でも復讐鬼か。」
英雄がそう呟くと彼は気まずそうに俯く。
「フロウ、相談事があるのならしてみたら? 貴方が自分の命を使って選んだ方よ。もう少し信用してみなさい。」
プラフィが優しく言うと、彼は1度深呼吸をし、おずおずと口を開く。
「ヤナギの戦争に異世界の神が関わっている事はマレフィ様から聞いた。」
タイミング的には僕が呼び出す前だよね? 一応釘を刺しておいてくれたのか。こういう気配りは結構助かる。ありがとうございますマレフィお姉ちゃん。
「だから直接向かわなくても、近くを通る事が有れば教えてくれないか? 真偽の怪しい新聞より、少しでも生の声を聞けるだけで良いんだ。」
切実な声音に僕は胸が痛くなる。あの頭のおかしい神は僕達が迷い込む事も狙って今回の戦争を起こした可能性が有るとマレフィお姉ちゃんから教えられていた。
責任は勿論感じる。だが、ここで向かう事は誘蛾灯に嬉々として飛んで行く様な物なのだ。当然返事には困ってしまう。
「なあ、遊馬。こんな時は専門家に相談してみないか?」
英雄の言葉に僕は頷く。そもそも人知を超えた相手の事を凡庸な頭で考えても仕方がない。そうと決まれば早速呼び出してみよう。
『なるほど、それで連絡してきたのね。教えてあげても良いけど、どうしよっかな~? 最近お姉ちゃんを蔑にしていたからなぁ~』
僕と英雄はげんなりした顔で彼女を見て、次に膝を着いて頭を下げるプラフィと、土下座をしているフロウを確認する。
(この2人の反応を見ると改めて女神だとは思うんだけど、発言が残念過ぎるよ・・・・)
そう考えて視線を戻すと苦笑された。
『一応言っておくけど、私たち相手に膝を着かない人間って一握りだけだからね?』
それを聞いて僕達が首を傾げると溜息を吐かれた。何故この流れで呆れられなくてはならないのだ。
『貴方達は初めて会った時から私達の強大さを感じ、神々に対する敬意は払っていても、心の強さで完全に屈服することは無かったのよ。それどころか無意識下で私達に追いつきたいと思っていたんだから。それも人間のままで。』
「え? それって僕も?」
「そういや最初に会った時はお前が誘拐された事もあって、攻撃まで選択肢に入れてたな。」
僕達がそう言うと頭を下げる2人がビクリと動いた事を感じる。
『遊馬君、何自分は違うみたい言ってるの? むしろ芯の強さだけで言うと、この中じゃ貴女がトップよ。そもそも普通の人間だと威圧に負け、そうやって頭を下げるのが普通なんだから。』
と言って後ろの彼らを指差す。
「やっぱり俺よりお前の方が狂戦士じゃねえか。」
「そんな馬鹿な。僕は成長を求めても、戦いは求めてないよ。」
『私からしたら貴方達は十二分にイレギュラーよ。だから気に入る神々が続出したんだけどね。特に見た目で。』
思い出したように微笑む彼女を見ると、僕は笑顔を崩さないまま、ギリッっと歯を強くかみ合わせる。
「おい、歯軋りが聞こえてるぞ。その顔でやると本気で怖いから止めてくれ。」
「もう少し、世に平穏が有っても良いと思うんだ。」
遠い目で呟くと、親友が軽く肩を叩いてくれるのが悲しくなる。とりあえず2人をこのままにしておくのは忍びないので、一度僕の中に戻ってもらう。
「僕達の事は良いんですよ。で、どうなんですか? 島国ですから、船が出ている港町ぐらいまでなら大丈夫かと思ってはいるんですが。」
盛大に溜息を吐いて話を戻す。何か要求されるかもしれないが、それぐらいなら良いだろう。甘い物が食べたいとかなら楽なんだけどな。
そう思っていると、彼女はとてつもなく邪悪な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
『ふふ、素直な子は大好きよ。可愛い妹分を少しずつ汚して行くって、凄く興奮しない?』
僕達は頷く。頷くが、自分がされるのは全力でお断りしたい。
「それでマレフィさん、具体的にどうしたらいいんだ?」
親友が早速裏切りやがった。キッと睨むと、こいつの目は濁り、下卑た笑いを張り付けてこちらを見据える。
「覚えてろ。」
「忘れられない1日にしてやるよ。」
耳元で甘く優しく囁かれて、僕の全身を怒気が駆け抜ける。
『では説明するわね。』
(クソッタレが・・・・)
楽しそうに雑誌を取り出している邪神に悪態をつきながら最悪の事を考える。
(身体か? でも今の僕の体を一番よく知っているのはこの人だ。無理にそんな事をする旨味は無いだろう。あるならとっくに襲われてる。)
冷たい汗が吹き出し、背中を伝う。
英雄を見ると、自分の連絡用魔道具を準備していて、何かあった場合に他の神様達に緊急コールする準備をしていた。
(心配してはいるんだよな?)
何とも言えない気持ちで見ていると視線に気が付いたのか僕を見て『安心しろ』と頷いて来た。
(裏切ったお前のする顔か!!)
口に出さない様に全力で突っ込むと、マレフィお姉ちゃんが声を掛けてくる。どうやら準備が整ったようだ。
『ふふ~ん、今回遊馬君に体験してもらうのはこれです。』
彼女が見せてきた雑誌のページを見て僕は固まる。一部の現代人なら画面上でよく見る物が並んでいる。
「なんだ、ただのコスプレじゃないか。前に遊んだ時よりはレベルも低いぞ?」
そこには婦警さんや巫女さんにナースなどの、比較的普通なコスプレ衣装が掲載されていた。どちらかと言うと夜のお供に使える物ばかりだ。少しだけ見せてくれた他のページにはこの世界の人達がモデルとなったティフ○やエアリ○がいた。むしろそっちを見たい。
「なあ英雄、僕からしたらな、女装は最も悲しい罰だったんだぞ? お前もよく知っているだろ?」
彼を見るとそっと視線を逸らされる。畜生め。
『フフフ、と言う訳で着せ替えを楽しませてくれるなら、協力する事もやぶさかではありません。』
とてもいい笑顔の彼女に僕は冷たい視線を向け、ある考えに至り口を開く。
「そもそも、その服が無いので着替え様が無いですよね。さあ、別の条件に変えましょう。」
『大丈夫よ。服は私が送るわ。サイズはオーダーメイドで作ってあるから完璧よ。服飾の神様に知り合いがいてよかったわ。相談したら二つ返事で協力してくれたもの。』
いつ測りやがった・・・・
僕が愕然としている事に気が付いたのだろう。マレフィお姉ちゃんは容赦なく追い打ちを掛けてきた。
『そちらへ送る前にアザルストの呪いを解除したでしょ? あの時女性の神々で測っておいたのよ。それと、私が持って行かなくても、そちらの世界で既製品が手に入るわよ。』
その言葉に英雄が食いついた。
「どういう事ですか?」
彼の目力を見れば、どれだけ本気なのかが窺える。僕も男なら食いついていただろうな。海外のコスプレ画像が凄過ぎて驚いた事を考えれば、美形の多いこの国なら全力で楽しめると思うんだ。
『過去に現代のデザイナーをしていた男がね、『もっと美男美女に色々な格好をさせて楽しみたい!!』と考え、鬼気迫る勢いで毎日毎日神に祈っていたの。』
おい、そんな危険な奴放っておくなよ。
『それを10年も続けた男に心打たれた神の一柱が私に相談してきて、件の男を面接した結果、こちらの世界に召喚する事にしたのよ。』
採用された先は異世界だったのか。なんて言うかスケールが違うね。選ばれる過程が少し狂気に満ちているけど。
『彼はこちらに来て心の中で狂ったように喜び、願いを叶えてくれた私達を心の底から崇拝し、心の赴くままに創作活動に従事したわ。その結果この世界には向こうと通じる服装が何点もあるのよ。』
話を聞き終えて、僕は感じたことを迷わず口に出してしまっていた。
「狂っている・・・・ジャップめ、何を考えているんだ?」
『あんた達も似たようなもんでしょうが!!』
怒られた。
「そもそも俺達も日本人だろうが。」
「自分がこの後被害に遭う事を考えるとね、手放しに喜ぶ事が出来ないんだよ。僕が男のままなら手放しで喜んでいたのにね。」
それを聞いて項垂れる僕の頭を優しく撫でてくれるこいつに、僕は溜息を吐いた。
「慰めるなら、これから始まる精神攻撃を止めてよ。」
「すまん、俺も下心は抑えられなかった。許してくれとは言わないぜ。」
分かるからこそ許してしまう自分の甘さを憎み、僕は決意を固める事にした。




