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第二章.6

翌日、襲撃者の事が気になり、急いでギルドへ行こうとしたのだが、まだ準備できていない可能性を考えて自重していた。

早く時間が過ぎないかと部屋でウズウズしている。

昔、接客業をしていた頃のお客さんが部下に対して『仕事の電話は準備が終わって一息ついた9時以降に欲しい。』と言っていた事を思い出したからだ。

正直に言うと、何か楽しい事にならないかと少しワクワクしていたのは否定しない。厄介事は困るが、対処出来て楽しめる内容であれば拒まないのである。

「我ながら自分勝手だよね、僕らって。」

「こちらに来て体全体を動かすからか、より顕著になったよな。」

そうなのだ。この世界での対応は命懸けなのでつい力が入ってしまう。その分達成感が凄まじく、気が付いたら毎日をかなり楽しんでいたのである。

2人組で報酬の分配も少ないと言うのに、依頼方面へ週6ぐらいで力を入れていたので、周りからワーカーホリックやバトルジャンキーの評価を頂いた。

「旅費を稼いでいるはずだったのに、どうしてこうなったんだろうね。」

「全くだ。趣味と実益を兼ねているだけなんだがな。」

僕達は二人で首を傾げていた。

お金が入用な者等を除いて、一般的な冒険者は一度稼ぐと次の日は大体休む。

僕達の場合は特に急いでいる訳でも無いのに、毎日楽しそうに森へと出掛け、ホクホク顔で素材を納品する事から加速度的にそういう扱いをされる事になったのだ。

「まあ、それは置いておこうぜ。さて、そろそろギルドへ向かおう。」

「そうだね、悪い評価ではないし、とりあえずはこのまま放置しておこう。」

僕達は頷き合い、目的地へと向かう事にした。


冒険者ギルドの受付で昨日の事を話すと、事務員さんが別室に通してくれた。

先に部屋で椅子に座っていた男を見て英雄が不思議そうに口を開く。

「おはようございま―って、イヴァンさん? アズレトさんから担当が変わったんですか?」

彼は手元の書類から顔を上げて、僕達に手を上げる。

「おう、おはようさん。今日はお前たちの訓練の予定だったから、報告だけ引き継いだのさ。残りはまだアズレトが動いている所だ。」

僕達はなるほどと頷き、改めて挨拶をすると椅子に腰掛けた。

「で、厄介事ですか? それとも面白そうなことですか?」

僕が目を輝かせて聞くと、苦笑して返された。

「おいおい、年頃の娘がこんな血腥い事に嬉しそうな顔するんじゃないっての。」

「師に似たんじゃないですか?」

英雄の言葉に3人で笑うと後ろから聞こえた声にビクリと体を震わせた。

「それは私の事かしら? それともイヴァン?」

「荒事だから、勿論イヴァンさんですよ。」

僕は背中に汗を掻きながら何とか笑って振り返る。

そこには笑顔でこちらを見るジナイーダさんがいた。怖い。

「ふふ、そうよね。駄目よ、イヴァン。こんな可愛い子にそんな物騒な教育したら。」

男性陣の笑顔が妙に硬かったことは言うまでも無い。

「お2人が来たって事は、厄介事ですか?」

彼女が椅子に座ったのを確認し、僕がそう聞くと、彼らは『良し!!』という感じの視線を送って来た。

特に意図した訳では無いが、凍てつく空気を纏い、部屋の温度が下がる前に行動する事は賛成なので何も言わない。

「いえ、特にこれと言った事の無い事件だったわ。」

ジナイーダさんがそう言うと、僕達は安心と落胆が混ざった、微妙な顔をした。

「そんな顔するなって、とりあえず今回の件の途中報告をするぞ。」

僕達は真顔になり、彼の話に集中する。

「捕まえた犯人の男だが、仕事でつい先日ここに来た傭兵ギルドの人間だという事が分かった。ランクはFだな。その所為か、ギルドの人間に対するルールもあまり知らなかったらしい。この資料によると、どっちにしろ善良な人間ではなさそうだがな。」

イヴァンさんが溜息を吐いて言い終わると僕は質問を入れる。

「傭兵ギルドは若葉でも仕事が出来るんですか? それにあの男ですが、僕達が気付いたのはかなり接近されてからですよ? あれでFならちょっと自信を無くすんですが・・・」

そう言うとジナイーダさんがクスリと笑い答えてくれた。

「いえ、Cランクの傭兵が受けていた護衛依頼に便乗させてもらったそうよ。問題児ではあったけど、自分の技量の低さは自覚していたみたい。中級チンピラってところかしらね。あの男の話では、襲撃の話を持ち掛けてきた別の男に魔法で気配を消してもらったらしいわ。」

その言葉に僕達は驚き、英雄が慌てて口を開く。

「ちょっと待ってください!! それじゃあ今回の件には魔術師ギルドか冒険者が関わっているという事ですか!?」

傭兵は人間相手の荒事が基本なのでまだ理解できるが、そもそも、他のギルドを含めて恨みを買った記憶は無い。揉め事はこの街に来てすぐに起こしたあの一件以来で、それ以来喧嘩沙汰は無い。何が理由なのか思いつかず唸ると、イヴァンさんが説明を続けてくれた。

「今回関わったのは魔術師ギルドの人間だ。おそらく報告にあった最初の二人だな。そっちはアズレトが調査中だが、2~3日中には決着がつくだろう。」

僕達が首を傾げると彼は笑いながら答えてくれた。

「捕まえた傭兵から依頼主の特徴を聞いて、大体の当たりは付けてある。そいつが工房に所属している奴なら昨日いなかった者を魔道具で鑑定して、所属していないのなら直接会って話を聞く事になるだろうな。不手際の可能性が高そうだから、魔術師ギルドはかなり協力的だぞ。」

豪快に笑うイヴァンさんを見て僕達は安堵する。

「魔術師ギルドの名前が出てきた時は解体されて材料になるんじゃないかと少し焦りましたよ・・・・」

僕が溜息を吐きながら言うと、ジナイーダさんが笑う。

「私達の見立てだと、以前に錬金術師の護衛をした時の事が原因だと思っているわ。」

薄めで眼鏡を掛けたエゴールさんと一緒に森へ行った時の事を思い出す。

「俺達が素材を派手に集め過ぎたって事ですか?」

英雄が言うと二人は頷いた。

「そこから嫉妬心が生まれたってところだと踏んでいる。まあ、これ以上は報告待ちだな。」

イヴァンさんがそう言うと、とりあえずこの場はお開きとなった。

その後は訓練を付けてもらう事となり、僕とジナイーダさんは、初めてプラフィを召喚した少し大きめの部屋へと移動している。

「今度召喚するのは『鬼』だったかしら?」

「はい、前衛をもう少し厚くしないときついかなと思いまして。」

「魔物の原形を残そうと無理をするからよ。さあ、召喚してみなさい。」

「はい!!」

軽く会話を交わすと、僕は召喚本を開き、召喚可能な項目を見る。

(『吸血鬼』はもう少しだけ待ってもらおう。)

フッと息を吐いて、意識を集中させ、体の中を流れる魔力を深く感じていく。

痛さを感じる程の熱と、凄まじい力強さが体内を暴れる。

「ぐっ!?」

「アスマ、無理そうなら中断しなさい!!」

ジナイーダさんが真剣な面持ちでこちらを気遣うが、ここで止めるつもりはない。

脂汗を掻きながら頷き、儀式に集中していく。

目の前に赤と橙色が混ざった光が広がる。テレビで見た溶岩の様な強く明るい色を放ち部屋を満たしていく。眩しさのあまり目を閉じるが、成功を確信する。

「来いッ!!」

僕が叫ぶと光が収縮しその先を見据える。

そこには茶髪の男が立っていた。無理に染めたりした様な下品さや、髪の痛みは感じないので地毛なのだろう。見た目は僕達より少し若い18~20歳ぐらいに見える。体形は英雄と同じでガッシリとしていて身長も高い。だがそれよりも気になるのは、額から生えた2本の突起だ。長さは5cm程で、昔話でよく見る鬼の様に薄い黄色の角が付いている。

服装は和服では無く、こちらの動き易そうな基本的な服を着ている。

彼は力強くこちらを見据えて口を開いた。

「私の名前はフロウです。これから宜しくお願いします。」

荒々しくはあるが頭を下げてくる所を見ると、礼節はしっかりと弁えている感じだ。敬語が少し言い辛そうにしているのは見ていて微笑ましい。

「僕は鈴木遊馬。これからよろしくね。僕については無理に畏まる必要は無いよ。」

そう言って笑顔で返した。


その後ジナイーダさんも軽く自己紹介をすると、僕と彼女は上から下まで視線を何度か往復させて口を開く。

「第一印象は、武人って感じですね。」

「そうね、悪い子ではなさそうだけど、男に違いは無いから気を付けなさい。」

微笑む大人の女2人にチェックされるのが辛いのだろう。そのうち1人は歳も近いのでフロウはかなり肩身が狭そうだ。うん、これで駄目だしされたら自分の場合なら軽くトラウマになる自信がある。

「ごめん、ごめん。呼び出す時は鬼としか書かれていなかったから、思ったより人間に近くて驚いたんだ。」

彼は『気にしないでくれ。』と言い、軽く腕を上げて答えてくれる。これなら英雄やイヴァンさんにも紹介するときも大丈夫そうだろう。新人が入った時の中間管理職はこういう気持ちなのかな?

隣で顎に手を当てていたジナイーダさんが徐に僕を見て口を開いた。

「アスマ、相談なんだけど、そろそろ自分が召喚士である事を公表しても良いんじゃないかしら?」

その言葉に僕は驚いて彼女を見る。

「前々からイヴァンと話していたのだけど、貴方達もだいぶ経験を積んだから自衛については大丈夫だと思うわ。それにプラフィの様なサポートでは無くて、前衛が増えたのよ? 英雄とは連携をしっかり確認しないといけないのに、人のいない所でしか練習できないのは不便じゃない?」

彼女の主張に僕は頷く。ルルやチチリは遊撃なので実戦でも十分に練習できたが、フロウの場合は違う。英雄と同じでガチガチのアタッカーだ。ここの前準備を怠るのは非常に拙い。

「そうですね、確かにその通りだと思います。よし、思い立ったが吉日って言いますし、早速2人に紹介しましょう。」

そう言うと僕はフロウを伴い歩き出そうとして

「ぐぇっ!?」

ジナイーダさんに襟を掴まれて止められた。

「今の言葉は何? かなり面白そうだけど。」

振り返り、目が爛々と輝くこの人を見て自分の失敗に気が付いた。

(ことわざとか四文字熟語ってこの世界には無いの? あー、もう少し勉強しておくんだったな・・・・どうやってこの人の追及を躱そう。)

「ジナイーダさん、それはヤナギの言葉ですよ。昔の賢人が残した名言の1つです。」

「ふむ、向こうの諺なのね。」

感心したようにうなずく彼女を見て気が付く。

(あ、そっか。海外にも諺があるんだから、ヤナギや、この国にもあるのが当然か。海外には有るとしか知らないけど。)

フッと思いつくと僕は口を開く。

「あんまり勉強していた方じゃないので少ししか知りませんよ? 思い出せる限りは後で教えますから、とりあえずは英雄達の所に行きませんか?」

そう言うと彼女は解放してくれて、3人で歩き出した。


新しい仲間が増えて、僕はワクワクが止まらなかった。


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