第二章.4
「遊馬、一匹抜けたぞ!!」
「ルル、チチリ、お願い!!」
英雄が捌き切れなかったオークがこちらに突っ込んでくる。すかさず指示を出して足を止めさせ、魔法の準備を整えた。
「ルル、離れて!」
足元で牽制していたルルが相手の左足を爪で切り裂くと同時に反対側へと走り抜ける。完璧だ。
『ウィンドカッター』
風の刃を1つ作りだし、魔力を強く込めて、バランスを崩したオークの右足を狙い放つ。
危険に気が付きこちらを見るが、もう遅い。
右足が離れて鮮血が舞い、森に悲鳴が響き渡る。
倒れたオークの腕にルルが噛み付き、動きを抑え、無防備な顔にチチリが飛び掛かり目を抉る。
「止め宜しく!」
「あいよ!」
自らの相手を仕留め終えた英雄が駆け寄り、大剣を首に落として刎ね飛ばす。
「ごめん、失敗した。」
「気にすんな、それより早くここを離れよう。今の悲鳴を聞きつけた奴が来るかもしれない。」
僕は頷いて、討伐を証明する部位を切り取り、ルル達に先導させてこの場を離れる。
ある程度距離が開き、近くに魔物がいない事を確認すると、力を少し抜く。
「あいつらを解体できれば、丁度袋一杯だったのに・・・・」
「素はと言えば俺が抜けられたのが原因だろ? しかし、前衛がもう一枚欲しいな。後衛も良いが『ただ倒す』じゃなくて『素材になる様に倒す』のは、平原なら兎も角ここはキツイ。」
そう、普通に倒すのではなく、相手によって肉や毛皮などに傷がつかない様に倒さなくてはいけない。それだけでも難易度が跳ね上がる上に、ここは森だ。英雄を抜いた相手の素材を諦めて仕留めようにも、高威力の炎では飛び火の危険がある。だがそれ以上に音で周りから敵を集める事が有るのだ。
魔法使いの、森で起こした大失敗の代表例として放火に並ぶ有名な事故である。
だが壁がいない後衛にとって、威力をセーブして戦うなど愚策であり、近付ける前に倒さないと自分が死ぬ。
今は遊撃のルルとチチリが何とかしてくれているが、ファングボアの様な勢いのある相手には対処できない。
「平原で同じ事があった時はあまり気にしてなかったけど、場所によってここまで変わるとは思わなかったね。」
「ああ、気を付けているつもりでもヒューマンエラーは間違いなく起こるからな。俺は効率が上がって、お前は壁が増えるとなれば、新しい仲間は決まりだな。」
僕達は頷きあい、狩りを切り上げて街へと戻る事にした。
次の目標を決めてから3日、僕らは森に通いつめ、常に張り出されているものだが、確実に仕事をこなしていた。危険度は上がったがその分実入りも良いので今の所は満足である。ちなみに僕達だが、解体の腕はともかく、損傷の少ない素材を持ってくる事で少しだけ有名になっていた。
市場に下ろしたい商人ギルドと、材料にしたい魔術師ギルドのスタッフが『冒険者ギルドでは無くて、直接こちらに売りに来ても良いんだよ?』とお互いに火花を散らしながら笑顔で勧誘に来た時はかなり焦った。どちらかにつくと後が怖そうなので今も冒険者ギルドを利用している。
「こちらが今回の報酬と買い取り金額です。」
「どうも。」
英雄が受け付けのお姉さんからお金を受け取り、2人でテーブルに座る。
「ようやく、旅の道具一式を揃えられそうだな。とりあえずは第一歩ってところか。」
「あとは路銀だね。港町に着くまでの街で依頼を受ける予定だから、ここで多く稼ぐ必要は無いだろうけど、土地勘の無い旅先でこれだけ稼げるかって言われると無理だし。」
生活費や移動にかかるお金の事を考えて溜息を吐くと後ろから声が掛る。
「久しぶりね2人とも。」
振り返るとジナイーダさんが立っていた。
「あ、ジナイーダさん。お帰りなさい。いつ戻って来たんですか?」
正面をチラリと見ると、英雄がイヴァンさんに腕で首を絞められていた。裸締めというやつだろうか? 簡単に後ろを取られるなと笑われている。
「ついさっきね。イヴァンそろそろ離してあげなさい。アスマが嫉妬するわよ。」
その言葉で彼は拘束を解いて笑い、英雄は真っ青になった。
「まさか、これまで一切何もなかったんですよ? ありえませんって。」
僕が笑って言うと、2人は何とも言えない視線を英雄に送る。
『なあ、娘みたいに思っているから手を出されると困るんだが、何もしないってお前・・・・』
『俺達にもいろいろ事情があるんですよ。あと一歩の所までは迫ったんですが、それで終わりでした。』
『お前なぁ・・・・見てない所で手を出すぐらいの―』
『だから、事情があるんですって!!』
彼らが内緒話をしているのを見てジナイーダさんが溜息を吐く。
「あっちは放っておきましょう。で、何を悩んでいたの?」
僕は、ヤナギに行きたい旨を告げ、その為の旅費を捻出する事に悩んでいる事を告げるとイヴァンさんとジナイーダさんがピタリと止まる。
「おいその話は本当か?」
2人の雰囲気が変わったことに戸惑いながら僕は頷く。
イヴァンさんは渋い表情をして、ジナイーダさんはあからさまに溜息を吐いた。
「貴方達はどうして、そう厄介事に突っ込むのかしら?」
全く持って遺憾である。そもそも今回の原因は何なのか?
「ヤナギでは少し前から内戦が始まっていてな、ここからだと少し遠いから情報は入り辛いだろうが、新聞を読めば書いてあるぞ。」
僕達は新聞がある事に驚愕し、米と味噌と醤油が遠のいた事に絶望した。
「自分の国に帰りたいのは分かるが、今は止めてお・・・・ど、どうした?」
沈む僕達に気が付いてイヴァンさんが戸惑う。
「いえ、大丈夫です。家が恋しい訳では無いので。」
「お米が食べられないと思って少し悲しくなっただけですよ。」
何が言いたいのか気が付いた二人が頷く。
「そういや、向こうの食文化はかなり独特だったな。」
「というか2人とも、ヤナギの食材なら少し高くなるけどこの街でも手に入るわよ? それどころか和食のお店もあるし。」
僕達はバッと顔を上げて、ジナイーダさんを見る。
というかこちらでも『和』なのか。
「ほ、本当ですか? 凄く高い食材だったりしませんよね?」
英雄が期待の籠った目で彼女を見る。
「ええ、運送費が加算されているけど、手が出ない程じゃないわ。値上げしすぎても売れないからね。」
その言葉を聞いて僕らの目頭が熱くなる。イヴァンさんがギョッとして、ジナイーダさんは苦笑しているが、僕達からしたら素晴らしすぎる発見なのだ。
まだ見ぬお米などの食材を夢見、料理の事を考えて僕は停止した。
「ねえ、英雄。食材が手に入っても、どうやって調理しよう?」
英雄がハッとなり固まる。
「お米を炊こうにも道具が無いよ。飯盒が有っても、炊爨の方法なんて知らないし・・・・」
僕達は再び絶望の淵へと沈んだ。
「それなら料理道具を扱うお店を覗いてみたら? 元々、旅道具と一緒に調理器具も持ち込むつもりだったんでしょう。それに少し特殊な道具なら説明書ぐらいあるんじゃない?」
それを聞いて頷き合うと、スっと立ち上がり、商店街に歩もうとして止められる。
「こら、すぐに使わないんだから、探すにしても明日からにしなさい。もうすぐ日が暮れるわよ?」
「なんでヤナギの連中は飯と風呂の話しになると目つきが変わるんだ?」
きっと遺伝子レベルで刷り込まれている気がします。
「わっ」
立ち上がっていた僕はジナイーダさんに後ろから両肩を掴まれて引き寄せられる。
「アスマ、新しい子はもう召喚したの?」
声音は優しく、周りに聞こえない様に色々と配慮してくれているが、腕が肩からお腹に回り手首を掴みあった事を見て逃がすつもりがない事を悟る。
男性陣はサッと目を逸らした。あんまりだ・・・・
「まだですけど、どちらを呼ぶかは決めましたよ。」
そう答えると満足そうに頷いて解放してくれた。軽く冷や汗が出ていたので助かった。
「ふふ、明日は・・・・無理ね。明後日は何か予定が有る?」
ああ、知の探求者に捕まってしまった。僕には理解できないが、召喚を見るだけでも色々と参考になるらしい。
「明後日は大丈夫ですよ。」
英雄がさらりと答えやがった。この裏切り者め・・・・学者状態のこの人、目が据わっていて怖いんだぞ?
「そう。ふふ、楽しみにしているわよ? 行きましょう、イヴァン。」
「おう、そうするか。またな。」
そう言って2人は去って行った。
「明日は仕事を休みにして、料理道具を含めた旅用品を覗いてみるか。」
「そうだね。呼び出す相手によっては装備品とか増えるだろうから、とりあえず見て回るだけにしておこう。」
僕達は宿へと戻り、やる事を済ませたらベッドに腰掛け、1つだけ確認したい事が有ったので通信用の魔道具を取り出す。
『あら、どうしたの2人とも? 何か相談事?』
そう言いながら相変らずコール2回で電話を取るこの人は流石だと思う。窓枠に映る姿が変わりなくてホッとする。
「マレフィお姉ちゃんに聞きたい事が有るんだけど、今大丈夫?」
『良いわよーで、どうしたの?』
「俺達の出身地になっているヤナギに付いて少し聞きたくて。」
英雄が切り出すと、頬が引き攣るのが見えた。
『いい? 行くのは絶対に止めなさい、あそこは今内乱が起きているの。国を二分するほど大きなものではなくて、元々対立していた領地同士の争いなんだけど、裏にアザルストが一枚噛んでそうなのよ・・・・』
英雄が軽く殺気立つのを感じる。
「大丈夫だよ、前回の様にいきなり攫われる事は無いって。今回はサポートもバッチリだしね。」
そう言って彼女を見ると力強く頷いてくれた。
「そうなるとヤナギ行きはキャンセルだな。」
『そうね、争っている領に入らなければ良いという問題ではないわ。あいつの事だから、そこ以外も間違いなく探している筈よ。』
英雄の言葉にマレフィお姉ちゃんが念を押す。
「そうします。僕達が行くと何故か別の領が介入して泥沼とかになりそうですし。」
遠い目をして言う僕の言葉に、2人は視線を逸らすだけで何も言わなかった。
その後いくつか情報のやり取りをして電話を切ると僕達は向かい合う。
「ねえ英雄、戦乱を呼ぶのって僕じゃなくて英雄だったと思うんだ。」
「よし、寝るか。」
この野郎、やっぱり気が付いてたか。戦時中にのみこいつは僕以上の厄ネタになる事を。
ベッドに潜り込んだ事を見て灯りを消すと、僕は親友に覆いかぶさり、頭の横に両手を着く。いい意味で使われる床ドン状態だ。
そのままジト目で睨むと、横を向いた英雄に僕はむっとなり、不満げに言う。
「ねえ、ちゃんと僕を見て話しを聞いてよ。」
「聞いてやるから、この体勢は・・・・まあ良いか。で、なんだ?」
正面を向いてくれたので、微笑みながら要件を言おうと思ったのだが、少し可愛かったのでちょっとだけ弄ってやろうと思い口を開こうとすると、先に英雄が動いた。
「なあ遊馬、あっちを向いてみろ。」
僕は首を傾げて、英雄が指差した方向を見る。すると頬に柔らかい感触が当たる。
「!?」
「もう少し気を付けてくれ。誰にでもしないのは分かっていても無防備過ぎるだろ。」
僕は口をパクパクと動かして、にやけるこいつを見つめる。すると腕を回してきて抱き締められた。
「何考えてるんだ! 僕は男だって―」
「ほら、寝るぞ。」
そう言って引き寄せらたので暴れると、拘束は簡単に外れ、英雄の上を転がり、背中を見せながら横になる。
「なあ、遊馬。」
僕はビクリと体を震わせる。
「な、何だよ?」
「御馳走様でした。」
あまりの恥しさから僕は背中を向けたまま丸くなる。
「ぅぅぅぅ・・・・」
後ろから楽しそうに笑う声が聞こえたが、今の僕では何も言えなさそうなので諦めて寝る事にした。




