第一章.25
いつも通り僕達は宿で朝食を取っているのだが・・・・・何かがおかしい。
怖くなって僕は右隣にいる英雄に聞く。
「ね、ねぇ、本当に昨日は何も無かったんだよね?」
顔見知りの一部が血走った目で僕達を見てくるのだ。洒落にならないレベルで怖い。何人かは英雄に向かって呪詛の様なものを唱えている。対して僕に向ける視線は恐ろしく友好的だ。今まで感じた以上に好色を感じるが、深い親愛まで感じる。
だがこいつは何事も無いかのようにニヒルに笑って答えた。
「いつも通り俺達に向かって嫉妬の炎を燃やしているだけさ。気にするな。」
耳元で囁かれたので慌てて距離を取るが、隣の席なのであまり意味が無い。
「本当だな? 信じて良いんだよな?」
僕は不安になり縋るように英雄を見上げると英雄は顔を赤くして目を逸らせた。その反応を見てジトーっと視線を送ると溜息を吐いて答えてくれた。
「あのな、そんな不安そうな顔で美人に見上げられたら普通は困るんだよ。ほら、早く食べて仕事に行くぞ。」
美人とか言うな・・・・だが働かねば生きて行けない事も事実なので僕は渋々頷き食事を続けた。
「昨日、本格的に狩りをして痛感したけどさ、狩場に長くいられないってのは辛いな・・・・」
「そうだね、羊は論外だけど、山羊なら単体であれば大丈夫だし、ウサギも3匹ぐらいなら同時に来ても大丈夫だと思うから、もう少し長く居たいよね。」
食事を終えて部屋に帰り、今日の予定を話し合っていたのだが、僕は昨日の事件を思い出して歯軋りをする。
「そ、そうだな。前回は押し倒しただけだったが、もしお前に斬り掛っていたと考えると立ち直れねえよ。ルルが噛み付いて来てたら洒落にならねえし。」
英雄が冷や汗を流しながら答える。
「あいつはもう大丈夫だよ。実は昨日ジナイーダさんに炎と水の攻撃魔法を教わったんだ。だからまた羊が出てきたら、何度も何度も水球をぶつけて、遠くから何もさせず確実に仕留めてやるよ。素材が傷んだらごめんね。」
僕がそう言うとこいつは溜息をついて言う。
「お前って怒らせると本当に容赦ねえよな。特に敵認定した相手には慈悲もねえし。」
僕はそれを聞いて鼻で笑ってやった。
「現代で何回押し倒されたと思ってるんだ? いくら能天気な僕でも学習するよ。許してはいけないものって存在するんだよ。」
やさぐれて答えると『そ、そうか。』と少し引き気味に納得していただいた。
「そ、そう言えば2属性の攻撃魔法を使えるようになるって早すぎないか? 前に俺が回復魔法を練習した時でも時間がかかったのに、昨日のギルドにいた時間って2時間ぐらいだろ?」
「僕もそう思っていたんだけど、やっぱり教えてくれる人がいると全然違うよ。1時間に1種類ずつ覚えられたからね。とは言っても2週間はあの二人が仕事で街を離れるらしいから、残りの魔法はマレフィお姉ちゃんから貰った参考書で覚えようと思ってるんだ。狩りの合間に時間を貰っても良い?」
僕がそう聞くと英雄は二つ返事で頷いてくれた。これで僕も戦える。もうお荷物ではないのだ。
暫くは平原での狩りを目標に決め、装備品と僕の強化を図る事にした。
平原での狩りは、僕が攻撃できるようになった為に効率が上がり、午前中に袋を一杯にしてお昼にギルドへ帰り、もう一度外へ出るようにした。次に獲物を持てなくなると僕達は平原で魔法の練習をする。
僕は純粋に攻撃手段だが、英雄は魔法剣を使えるようになりたいとの事だ。イヴァンさんから聞いた話によると武器によっては一度で壊れるが、破壊力は相当高く1つでも使えると便利らしい。
だが魔法自体に適性が無い戦士職は多いので、使いたい人間は魔法を封じ込めた武器を使うそうだ。イヴァンさんの戦斧はそういう魔法の武器らしい。
『一度喰らって死ぬかと思った。』と震えながら青い顔で言われた時は思わず抱きしめてしまった。苦労したんだな。
それを1週間と少し続けた僕達だが、ついに危惧していたことが起こった。
「フラッシュゴートか。こいつで午前中はラストだな。」
「うん、それじゃあ行くよ。」
僕は右手を前に向けて魔法を唱える。
『ロックブラスト!!』
足場の土を固めた杭の様な弾丸が数発空中に浮きあがり、獲物の後ろ足を目掛けて、突き刺さる。
胴体を直接狙えば早いのだが、それでは毛皮に傷が付き買取価格が下がるのだ。
フラッシュゴートはこちらに気付き戦う意思を見せ、足を引きずりながら向かってくる。英雄は慌てずに剣を抜き、ルルと協力して相手の首目掛けて剣を振り下ろしたのだが、山羊は急に頭を振り、角を剣へとぶつけて来たのだ。
手入れはしていたが、元々怪しくなって来ていた所に衝撃を受けて剣が折れる。
「くそっ!!」
「下がれ! 僕が仕留める!!」
英雄に追撃しようとしたフラッシュゴートにルルが吠え、意識を逸らした所で英雄が距離を取る。ルルも足に噛み付くなど少し牽制した後に離れ、僕はそこを狙う。
『ファイアーボール!!』
拳大の火の玉が3つ現れ、次々と山羊へ襲い掛かる。一発は外したが、残り二発が頭と腹に直撃してその場に倒れ動きを止めた。
英雄は腰からナイフを抜き、ゆっくりと近付いて完全に死んだことを確認する。
「ふぅ、助かったぜ、遊馬。」
「いきなり剣が折れた時は心臓が止まるかと思ったよ。」
僕はもう少しで親友を失うかもしれないと思うと怖くて涙が流れた。
「大丈夫、まだ死んでない。お前が助けてくれたから生きてる。ありがとう。」
そう言って抱きしめてくれた。今はこの温もりが心地いい。
僕はそのまま深呼吸して離れる。
「こちらこそありがとう。ごめんね心配かけて。」
「おう、気にするな。胸に美人が飛び込んでくるのは何回経験しても悪くない。」
「んー、何となく気持ちは分かるかも。だいぶこの体に慣れたのか、抱きしめられると男の時よりも安心するようになってきた。」
そう言うと英雄が嬉しそうな顔をする。
「こうやって僕も好きな男の人が出来て、英雄も綺麗な人と結婚して行くんだろうね。さあ、使える所だけでも回収しよう。」
僕はそう言って山羊に近づく。緊急事態で手加減しなかったから損傷が酷い。
「あー、使えるが所あるか・・・・どうしたの?」
振り向くと英雄は屈みながら、慰めるような悲しい声を出すルルを撫でていた。
『クゥゥゥン、ゥゥ・・・』
『大丈夫だ、ありがとうな。わかってるよ、まだチャンスはある。諦めはしないさ。惚れた女を振り向かせてこそ、男の甲斐性だしな。』
『クォン。』
何かを小声で言い合っているが、見るからに哀愁が漂い、何となく声が掛け辛い・・・・
何をしているのかと考えて僕はハッとする。
(そうだよ、今までずっと一緒にいたのに、何で僕は気が付かなかったんだろう。)
僕は亡骸の近くに転がる、この世界に来てずっと英雄と生死を共にした、悔しいが自分以上のパートナーへ視線を向ける。
(そうだよね、何度も命を救ってくれた大切な道具が修復出来ないほど壊れたのに、悲しく無い訳無いよね。それなのに真っ先にお金の事だけを考えるなんて僕は最低だ・・・・)
折れた剣をそっと拾い、胸に抱き抱えながら涙を流して嗚咽を堪える。
(今まで本当にありがとう。ごめん、僕は君に何度も命を救われたのに、自分の事しか考えていなかった・・・・本当にごめんね。)
僕が折れた部分を持って震えている事に気が付いたのだろう英雄とルルが慌てて駆け寄ってくる。
「どうし― !? 」
「ひでお、ごめん、ぼくっ僕、英雄が剣を折られてあんなに悲しんでいたのに、お金の事しか考えてなかった。ひっく、この世界でずっと一緒にいた仲間なのに、ずっと英雄と戦って来てくれた大事な仲間なのに、えっぐ、全然気が付いてあげられなかった。ご、ごめん・・・・」
僕はあまりの情けなさから彼を見る事が出来ず俯いた。日本人なら物に対する愛着が強いという事は良く分かる。それが命に直結しているものなら尚更だ。だと言うのに自分ときたらどうだ? 大切な親友が悲しんでいるのに、ただお金にしか執着していなかった。間違いなく最低の屑野郎だ。
僕は親友に嫌われるのではないかと、恐怖で顔を上げられなかった。そこに英雄が重く溜息を吐くのが聞こえ、ビクリと震えた。
英雄が近付き強く抱きしめてくる。
恐る恐ると僕は聞いた。
「怒ってないの? だって、あんなに悲しんでたんだよ? それなのに、ぼく・・・・」
一度止まった涙がまた溢れそうになる。
「あー・・・・うん、確かに悲しかったんだが、その、アレだ。俺もこいつが折れたのにさ『次はもっといい武器を買えば良いか』なんて考えてたんだ。だから気にするな。むしろ俺の分まで泣いてくれてありがとうな。こんな美人にそこまで思われたのならこいつも本望さ。ほら、とっとと解体しようぜ。」
そう言って頭を撫でてくれる。上を向いて顔を見ると、優しげに微笑み、全く気にしていない様に見えた。
「だから本当に気にしてないから大丈夫だって。そうだな、そんなに気になるのなら、お詫びに今夜俺と―」
「もう! 折角、格好良いかもって思ったのに台無しだよ!」
嫌らしい目つきをした英雄から僕は慌てて離れる。その時に一瞬腕の拘束が強くなった事からこいつが本気であった事が窺える。離れるのが遅かったらどうなっていた事か・・・・おい、今舌打ちしなかった?
「はぁ、そうだね。早く解体しよう。」
その事に僕は何も言わずに行動に移る事にした。
(でも、ドキドキしたのは本当なんだよね・・・・僕ってかなりチョロイ? 恥ずかしいけど後で確認した方が良いのかな? こんな事が聞けるのってこいつしかいないし。)
チラリと相棒を見るとその視線に気が付いたのか首を傾げて聞いて来た。
「どうした?」
「な、なんでもないよ?」
「そうか、遠慮する仲でもないんだから、何かあったら気にせず言えよ。」
「う、うん。そうするよ、ありがとう。」
僕は頭を振ると、使える部分を回収し、街へ戻った。




