第一章.20
「で、この子の名前はどうするの?」
ジナイーダさんがサキュバスを見た後に僕を見る。
「そこが問題なんですよね。ねえ、君には名前ってあるの?」
僕が聞くと彼女は首を振った。
「ふむ。以前見た人型は喋れたのだけど・・・・たぶんアスマの実力不足ね。魔力操作が上手くなれば良いのかしら?」
ジナイーダさんは興味深げに僕を見る。とても楽しそうな顔が少し怖いです。
サキュバスに僕が名前を付けて良いかを聞くと喜んで頷いてくれたので、僕は必死に頭を悩ませていた。
「うーん・・・・プラフィって名前はどう?」
僕が提案すると、声は聞こえないが、何度も反芻するように口を動かし、こちらに笑顔を向けてくれた。どうやら気に入ってくれたようだ。
それを見たジナイーダさんが言う。
「決まった様ね。それじゃあ予定通り操作の訓練を始めましょう。早く上達してこの子も喋れる様にしてあげないとね。」
その言葉に僕達は頷き、プラフィを待機状態にした後、いつもの水晶部屋へと移動した。なんでも水晶の設定を変えるだけで良いそうだ。
「基本は今までと一緒で、水晶に魔力を込めるだけよ。違うのはずっと魔力を込めるのではなく、水晶全体に魔力を浸透させるという事よ。とりあえずやってみなさい。」
と言われたので僕は迷わず魔力を通すのだが、確かに今までと違った。
水晶の中がまるで迷路の様になっているのだ。その中で正解の道を探すのではなく、道全てに魔力を通すと良いらしい。これは確かに基礎の魔力量が低いと続かなそうだ。これを上手く使って攻撃用の魔法に昇華させるのであろうと辺りを付けて真剣に取り組むことにした。
いつも通り汗だくになり、ジナイーダさんに服を洗濯してもらいながら続けるのだが、服を脱ぐときにプラフィが現れ手伝ってくれた。汗で張り付くのでこれは正直助かる。
それを夕方まで続け、ギルドの酒場で英雄と合流し宿へと帰った。勿論英雄に背負われてだ。
食事を済ませて部屋に帰り、彼にプラフィを紹介する。
「すっげえ美人。」
「ふふん、そうでしょう。この姿に変わらなければ、英雄が羨ましいよ。」
ちなみにプラフィだが、待機状態の時であれば言葉は話せなくても、会話の様な事が出来、僕達が元々考えていた『男相手にあらゆる手段で情報を集められるのか』と聞いたら、喜んで引き受けてくれた。さすがサキュバス、即答だ。
ちなみに英雄が良ければ彼の相手をしても良いと言われたのでそれも含めて説明すると、
『う、うーん滅茶苦茶嬉しいんだけど、今は本気で惚れた相手がいるんだし・・・・いやでも見せつける事で、そのまま巻込むって手も。向こうからおねだりして来る様に上手く―』
と小声でぶつぶつ言いながら悩んでいた。しかし僕は言いながら着替えを取る為にリュックをごそごそしていたので聞こえていなかった。遠慮しているのだろう。
(まったく、元とはいえ男同士なんだから気にしなくてもいいのに。これまですれ違った人の中に気になった人でも出来たのかな? それとも純粋に好みじゃないとか?)
僕はぼんやり考えながらベッドの上で頭を抱えて悩む親友を置いてお風呂に入った。
お風呂でもプラフィが手伝ってくれたので非常に楽だった。
(確かにこの子たちは便利だ。情報をくれたご褒美に、マレフィ姉さんの呼び方をもう少し砕いてあげよう。)
僕は風呂から上がり、とりあえずお礼を言おうとマレフィさんに電話を掛けるとコール2回で彼女は電話に出た。
「もしもーし、どうしたの?」
空に浮かぶ窓には書類の束を持つマレフィ姉さんがいた。
「あ、お忙しそうですね。 実は召喚で新しい子を呼んだので、紹介とお礼を言おうと思ったんですが、日を改めますね?」
そう言うと彼女は慌てて電話を切ろうとする僕を止めた。
「ストップ、ちょうど休憩が欲しかったの!! 切らないで! 切っちゃ駄目!!」
どうやら彼女も追い込みで忙しそうだ。忙しそうだが、少しぐらいは良いだろう。
「分かりました。と言っても要件は本当にそれだけですよ?」
僕がそう言うと彼女は書類を全ての長テーブルに置き終わった所であった。
「いいよ、いいよ。こっちも切りが良いし。他の子達が準備で忙しい所に、手持ちが終わったからって、私だけ休憩しているのも格好悪いから丁度良かった。」
そう言って笑っている。
(この人ってもしかして仕事できる人? そうでなくても良い上司?)
「え、ええと、とりあえずのこの子が家の新しい家族です。種族はサキュバスで名前はプラフィと言います。マレフィ姉さんのお勧め通りに選んでみたんですが、大正解でしたよ。」
僕が笑って言うと、プラフィは少し恥ずかしそうに微笑む。
英雄はそれを見て顔を少しだけ逸らし、マレフィ姉さんは悶えている。
「ふぅ・・・・どうやらまだ話すことは出来ないみたいね? それはもうちょっと実力を付けると大丈夫かな。貴女も楽しみにしていなさい。」
マレフィ姉さんがそう言うと、彼女は頷いた。僕も頑張ろう。
そうやって色々と話しているとマレフィ姉さんの仕事の話に移り、英雄が質問した。
「もしかして今準備しているのが前に言っていた報告会か?」
その言葉僕はハッとなる。前にマネキンから逃げている時の映像を提出するとか言っていたことを思い出したからだ。ここがその会場なのか? だってスクリーンまで付いた会議室みたいだし。
僕がジトっとした視線で彼女を見ると慌てて否定される。
「ちょっと、違うわよ! これは今年度の邪神担当を任された神々に対して、新しい企画の説明会が明日開かれるからそれの準備よ。部下の子達なんだけど、忙しくて自分の首が回らないくせに、手伝おうとすると『マレフィ様が雑用をなさらないで下さい!!』って怒るんだ。あの子達、今回は神様が相手だからプレゼンに失敗が無い様、別室で猛練習中なの。私は援護に補足資料を作成して配布していた所よ。今日は早く帰ってしっかり寝てもらいたいからね。」
そう言ってウィンクしてきた。そんなマレフィ姉さんを見て僕と英雄は、理想の上司過ぎて部下の人を羨ましく思った。僕達は現代社会で体験した、『終わるまで帰れない』『サビ残』『仕事を押し付ける上司』『自分が良ければ周りはどうでもいい』など負の思い出を蘇らせていた。
「あの時のお客さんにマレフィ姉さんの1/10ぐらいの思いやりがあれば。」
「何で言われた事やって怒られなきゃいけないんだよ。まだ自分の仕事も残ってたんだぞ・・・・」
僕達が虚ろな目で悲しむと、『もう過去の事なんだから忘れて今を生きなさい』と励ましてくれた。本当にいい人。
「もう、いい? これはメリットばかりじゃないのよ。これからメインで動く子達にはこの資料に一度目を通してもらわないといけないんだから。可哀想だけど一部にはしっかりとしわ寄せが行くの。あの子達のプレゼン内容を何度も聞いた上で作ったから大きな修正点は無い筈だけど、あっても作成者の私が引き下がれば被害は私1人で済―」
話の途中で、電話の先からドアが開く音がする。
『あれ? マレフィ様、何をされて―きゃああああああ!!』
『おい、どうし― こ、これは!?』
『まさかマレフィ様が会場の設営と、資料の作成をしてくださったのか!!』
『マレフィ様!! このような仕事は我々にお任せくださいとあれほど・・・・』
うん、だいぶ忙しくなってきたようだ。と言うか会場の設営までしたのか。
マレフィ姉さんは後ろを向き、溜息を吐いて言う。
「そうは言っても、みんなそれ所じゃなかったでしょ? 貴方達、今から準備したら日を跨いじゃうわよ? そもそも私に隠れて仕事をしようだなんて100年早いわ。 今日は早く帰ってしっかりと休みなさい。
あ、3人は帰ってからでいいけど、後でこの資料に目を通しておいて。
質問が来た時用の資料も準備してあるけど、そっちは明日の朝に読めば十分だから。」
と当たり前の様に指示を出している。格好良過ぎるでしょこの女神様・・・・最初からこれなら絶対に惚れてた。
英雄は驚愕しながら、チラチラ映る部下の人達へ羨望の眼差しを送っていた。分かる。
僕達は頷き合ってそろそろ通話を終える事にした。
「それじゃあマレフィさん俺達はこれで。」
「格好良かったですよ。これからもよろしくお願いしますね、マレフィお姉ちゃん。」
そう言うと彼女側から
『お、お姉ちゃん!? 嘘、遊馬君がデレてる!!』
『おぉ、神よ、感謝します。』
『私もお兄ちゃんと呼ばれたい・・・・』
『キィィィィィッ、姉さんまでなら兎も角、お姉ちゃんですって!? いくらマレフィ様でも許せません!!』
など様々な声が聞こえた。部下も上司も駄目な人ではあるんだね・・・・
マレフィお姉ちゃんは窓からこちらを見ながらとても嬉しそうに手を振っていた。
それを確認して通話を終える。
「他にもいたんだね。」
何がとは言わない。
「あ、俺風呂に入ってくる。」
そんな英雄を疲れた目で見送り、僕は考える事を止め、素敵なマレフィお姉ちゃんだけを考える。
英雄が上がってくる頃には、僕は普通に戻っていた。
次の日の朝、プラフィに身支度を手伝ってもらい、装備品を背負った所で僕達は重大な事に気が付いた。
「なあ、遊馬。俺たち今日の予定を何にも考えてない。」
「そう言えばそうだね。どうしよう?昨日帰ってくるのも早かったし、今日は探索メインで街道を少し歩いてみない?」
僕がそう言うと、英雄も頷いたので今日は外の散策に決まった。
街から出て、人が少なくなった所でルルを顕現する。
プラフィは何かあった時に備えて待機してもらう事になった。
「いい天気だなー、所々が丘になっているから地平線まで見えるとは言えないけど、辺り一面が平原ってのは心躍るな。」
英雄がルルと辺りを警戒しながら両腕を伸ばして言う。
「確かにそうだね。馬に乗って駆け回りたくなるよ。コキ○族の少年もこんな気持ちだったのかな? そうだ、そのうち馬術を習わないと。」
僕達は子供の頃に憧れた緑の少年と青年に思いを馳せた。
「夜になってアンデットが出てきたらどうする?」
「『こんな所にいつまでもいられるか!!』とか叫んで、泣きながら狂乱して逃げる。」
「回収が面倒だから止めてくれ。運が悪いと仲間入りだぞ。」
胸を張って答えた僕に英雄は溜息を吐いて答えた。
そうやってかなり長く街道を歩いていると、ルルが急に前方を警戒し出した。正面は少し傾斜になっているので先は見えないが、こちらが風上なので魔物なら少し危ないかもしれない。
「どうした、ルル!」
英雄が声を掛け、腰に下げた剣に手を掛けると、前方を見る。僕も見るがまだ何も見えない。
「ルル、狙われているのは僕達?」
僕がそう聞くと前方を警戒しながら首を振る。
「相手は魔物か?」
英雄が聞くとルルはまた首を振る。
「なら、人間だな? 血の臭いや戦いの音は?」
ルルが頷いた。
「野盗ならマズイな。」
「襲われている人次第で助けないといけないかも。」
僕達は素早く頷き、前回と同じ消音と強化の補助魔法を掛けてルルに道案内をたのんだ。
これで全く問題が無くても、僕達にデメリットは無い。もし問題が起きていて、僕達が助ける事が出来たのに、それをしなかったとなれば後味が悪い。そう考えると迷いは無かった。ルルには相手が明らかに強いのであれば止まる様に言ってあるので、何とかなると信じよう。
傾斜を超えた先はなだらかな街道が続いていたが、少し遠くに一台の馬車が止まっている事に気が付く。
その周りでは人間同士が殺し合いをしている事も。
「チッ、予想通り野盗か!?」
「まだわからない!! でも放っておくのは拙そうだ、行こう!!」
僕達は一気に駆け出す。まずはどちらに味方をした方が良いのかを確かめなくては。
「どっちだと思う。」
「見た感じだと馬車が襲われている側だと思うけど、どうやって確かめる?」
「悪い、まったくいい手が思いつかない。」
「僕もだ。ルル、先行して相手の注意をこちらに引きつけて。」
僕は防衛側が劣勢になっているのを見て、行動を決める。
もし襲っている側が善人だったとしても、あの人数差ならゆっくりと囲めばいい。手を止めさせても逃がす事は無いだろう。
だが逆であればここで止めないと間に合わない。
ルルが一気に駆け出していくのを見て僕達も速度を上げる。
「ギリギリだな、ってお前はどうやって戦うんだ?」
「攻撃手段なんてないからね。補助に回るよ。もし戦う事になったらプラフィと2対1に持ち込んでこれで確実に動きを止めるかな。」そう言って解体用のナイフを取り出す。
「ヤバそうなら下がれよ。それと、助けようと思って深入りするな。」
「それは僕だけに言える事じゃないでしょ。英雄、良く聞いて。まだ僕じゃ切断された部位までは治せない。でも致命傷にならなければ深い切り傷でも治せる。死なないでね。」
「ああ、俺だって効力は低いが回復できるんだ。ゾンビさながら暴れてやるさ。」
そう言って覚悟を決めて頷き合うと僕達と集団の中間ほどでルルが遠吠えを上げる。
その声に驚いた面々はこちらに気付き一度動きを止めた。




