第一章.12
「まったく、可愛い顔して随分とえげつない逃げ方を考えるわね。心構えは一流の冒険者じゃない。それどころか傭兵としても暮らしていけそうね。実力を付けてからが楽しみだわ。」
僕がなけなしの勇気を振り絞ってゆっくり振り返ると、そこには青い髪でショートカットの女の人が微笑んでいる。
僕は一歩だけ後ろに下がり、英雄と背中合わせになる。
猫に襲われる鼠はこんな気持ちなんだろうな。問題は噛もうと思っても噛み付ける相手じゃないし、これはトラだ。
「おいおいジナイーダ、俺が言うのも何だが、その嬢ちゃん随分と怯えてるじゃねえか。噛み付かれるなよ?」
大男は笑いながら近寄ってくる。軽い何かがとっさに飛び退く音が聞こえたので、位置的にはまだエルフさんの後ろにいるのだろう。だがそこで動きを止める所を見ると、僕達は完全に射程へと捕らえられているようだ。どうしよう?どうする?
僕の背中から深呼吸する音が聞こえる。相手が格上だと分かったのだ、恥も外聞も無く行動したこいつは格好良いし、正解だと思う。
「申し訳ないが私たちは今日この町に来たばかりでしてね、お名前とどういう状況か説明して頂きたいのですが。」
その行動に思うところがあるのだろう。大男の纏う空気は非常に嬉しそうである。
「アデリーナ、貴女達は私ときなさい。事情を聞かせてもらうわ。君たち2人はイヴァン、あの大きな人とご飯でも食べながら話をしていてくれる?」
2人から圧力は無くなっていた。ここで敵対する必要は無いし、そもそも拒否権は無い。
僕は後ろ手に英雄の服を握りしめて言う。
「分かりました。そちらの提案に従います。」
その言葉にジナイーダさんはにっこりと笑うと振り返り、大通りの方に歩いて行く。
エルフのお姉さんもそれに付いて行く。僕の横を見るときに、一瞬だけ立ち止まりこちらを見るが、前を見て歩いて行った。その顔が悲痛さに彩られていたので僕は困惑した。
他の2人も屋根と路地から顔を見せる。二人ともエルフと同じぐらいの女性だった。違いがあるとしたら、彼女たちには獣の耳と尻尾が生えていた。犬と狐だろうか?お友達になれたら同性だし、ぜひ撫で回させて頂きたいものだ。
犬のお姉さんはこちらを見てすまなそうな顔をして、狐のお姉さんは笑顔で手を振って歩いて行った。
それを見て僕は深呼吸をする。場の圧力が無くなった為だろう、空気が美味い。ゆっくりとイヴァンさんの方に振り返り、自分と英雄の空気を和らげるために軽口をたたく。
「こんなに物騒な街だとは聞いていなかったね。良かったの? 折角、美人なエルフさんがお茶に誘ってくれたのに。」
僕はそう言って英雄の隣に立ち横顔を目だけで見る。相手にならないほどの格上とはいえ、まだ味方と判明した人ではないので、顔まで向けて隙を作るのは怖い。
だが意外な事に答えは英雄ではなくイヴァンさんから返ってきた。
「まったくだ。アデリーナはちょこちょこポカをするが、いい娘だぞ? あんな美人のお誘いを断るなんてもったいない。
それと『クルイロー』はこの国じゃ上から数えた方が速いほど安全なんだが・・・・こんな事があった後じゃ信じてもらえんか。
見て分かったと思うが、冒険者同士の喧嘩が起こるから、街の連中もよく訓練されていて動きやすいぞ。」
大男はそう言って茶目っ気たっぷりに笑いながらこちらに近寄ってきた。
『クルイロー』とはこの街の名前だ。
「さて、自己紹介をさせてもらおうか。俺はイヴァン、冒険者をやっている。ここ等じゃそこそこ名が知れているんだが、その反応を見る限りじゃ知らなそうだな。ギルドランクの関係でこういった冒険者同士の揉め事なんかに介入する権利を貰ってるから、今回の件は俺の権限で預からせてもらった事になる。と言うわけで、お前たちにもいろいろと話してもらうぞ?」
僕と英雄は顔を見合わせて頷く、英雄が油断なく剣を鞘に戻そうとしたので、その間に僕だけ先に自己紹介した。
「初めまして、私は鈴木遊馬と言います。身の安全が保障されるのであれば喜んで協力しますが・・・・彼女たちから用件を聞けなかったので、心当たりは全くありません。この街にもさっき着いたばかりですし。」
英雄もそれに続く。
「危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。私は佐藤英雄と申します。遊馬とは幼馴染で色々あってこの街に辿り着きました。」
そう言って2人で頭を下げると、
「ああ、気にすんなって。それに見ていたから大体は分かるが、最初に後を付けたのはあいつらだ。お前たちの話を聞いて問題がなさそうなら正当防衛として判断するよ。さて、この街に来てすぐにギルドに寄ったんなら宿もまだだろう。そろそろ急がないと埋まっちまうから、先にそっちからだな。女連れで泊まるならギルドで宿を紹介してもらうといいぞ。」
その言葉を聞いて僕達は一応リストを貰ったと言い紙を見せると、
「なるほどな。俺は男だから女の使い勝手は分からんが、この中なら『卵の王様亭』が良いぞ。俺も昔世話になっていたからな。今の2代目は元冒険者仲間で信用も高いし、ある程度融通も聞くだろう。それにお前たちの顔立ちと名前からして、ヤナギの出身だろ?そこの宿なら1階になるが風呂付の個室もあるぞ。あそこなら嬢ちゃん限定だが、覗きに気を付けなくても良い。」
僕達はイヴァンさんが指差すリストの名前を見た。金額も大丈夫そう。
「どうする?」
「折角だからここにしようか。呼び出しがあった時に知っている所だと早そうだし。」
頷いた僕達を見ると、イヴァンさんが案内をしてくれる事となり、しばらく歩いて宿に着くと、何とか間に合い部屋を取れた。事実最後の1室であった。とりあえず1週間分の料金を払う。
「おいおい嬢ちゃん、連れとは言え、男と同室で良いのかい?」
心配そうに店主であるマルコヴナさんが聞いてくる。年齢はイヴァンさんと同じぐらいで、いかにも冒険者と言った顔つきに、顔に大きな傷が入っている。頭は綺麗に剃っているのか見事な禿げ頭だ。似合う。
「ええ、大丈夫ですよ。最低でも1週間は見習いでお金の稼ぎ口が有りませんので節約しないと。」
僕はそう答えて英雄にも構わないよね? と確認すると彼は頷いたのだが、少し悲しそうな顔をしながらイヴァンさんに肩を叩かれていた。どうしたのだろう? と言うかもう仲良くなったのか。マルコヴナさんの英雄に対する視線も哀愁が漂っている。
「俺クラスの闘気を相手に体を張ったんだ、本命なんだろ?」
「ええ、昔から距離感が近すぎたのが原因なんですよ。2人っきりで冒険なんて事になるのであればもう少し上手くやるんでした。」
2人が何かを話しているが僕には聞こえていなかった。
鍵を受け取り部屋に荷物を置くと、しっかりと戸締りをして鍵を返し、すぐにイヴァンさんと宿を後にした。イヴァンさんは相当な有名人らしく、宿に入ってからの熱っぽい視線が凄かった。付添する僕達は怪訝な顔で見られていたが、マルコヴナさんとの会話で、喧嘩の仲裁と言う言葉が出た瞬間、皆が理解したようにうなずき、僕達への視線が無くなった。どうなってんだこの街、本当に安全なのか?
そのままイヴァンさんの顔なじみらしい店に行き、防音完備の個室に案内された。
冒険者や傭兵には表で話せない話が山ほどあるので中ランク以上のお店には必ずあるらしい。
「さーて、それじゃあ話を聞かせてもらうとするか。まずはギルドプレートを出して・・・・ってお前らまだ見習いだったな。それでよく俺たち相手に気絶しなかったもんだ。過去には酷い状態になった奴もいるんだがな。」
一応プレートを出したが、どうやらイヴァンさん達もあの場にいたらしく、黒髪の二人組が登録するのは珍らしいので見ていたそうだ。
そしてどんな状態かは言われなくても良く分かった。正直言うと僕はかなり危なかったのだ。よかった、本当に良かった。
「見習いならこれは要らんな。口頭で話だけ聴かせてもらおう。」
そう言って取り出していた紙を仕舞い、代わりに小さな水晶を2つ取り出した。あれがアイテムボックスってやつかな?凄く便利そう。
それを僕達に渡し、掌の上へ見える様に置けと言われる。
「とりあえず一人称ぐらいは崩しても良いぞ。立場があるから完全にとはいかないが、俺も堅苦しいのは苦手でな。
それは真偽の水晶と言って、相手が嘘を言っていないか判断する者だ。初心者講習で説明される物だが、お前たちはまだだからな。
で、もう一度聞くが、本当に心当たりはないんだな?」
「ええ、僕たち自身訳有でして、トラブルに巻き込まれるのは覚悟していましたが、何故あの人達に追われたかまでは分かりません。」
「俺も同じですね。実際トラブルに巻き込まれてここに来たのですが、追われる理由までは分かりません。」
そう言うと弱く青色に変色し、また白に戻った。
「事実の様だな。となると、それについてはあっちから聞くしかないか。
次だ、プレートに出身地がニホンって書いてあるが、何処だこれ? 聞いたことないぞ?」
「知らなくても無理はないと思います。日本と言う名前も僕達の所で独自に読んでいた物ですから。他とは交流を絶ち、山奥で暮らしていたのです。うーん・・・・英雄、この人なら話しても大丈夫かな?」
「ああ、と言うか話すしかないだろ。状況的に話さない訳にもいかないし、顔も広そうだから俺達じゃ逃げても絶対捕まるぞ。」
お互いに頷くと僕達は水晶をテーブルに置いて、貴重品を入れたウエストポーチからお互いに1つの魔道具を取り出す。
それをみたイヴァンさんの目つきが鋭くなる。
「そりゃあ、お前たちが持つような・・・・いや、待て、お前らこれを一体どこで手に入れた? これは1つ見つけたら一生遊んで暮らせる物だぞ?」
言いながら徐々にイヴァンさんの顔が険しくなる。
「なるほど、どうやらとんでもない訳有の様だな。話してもらえるか?」
僕は頷きぽつぽつと語りだした。
「僕達はヤナギ国の外れにある山奥の小さな村で生活していました。外界との接触は月に数度訪れる商人の方だけの場所です。そこでは毎年これを使い若手が祭事を行うのですが、今年は僕達の担当で、実際に執り行いました。と言っても内容は、宮司様が祝詞をあげ、特殊な格好をした担当の物がこの魔道具を奉納するだけの簡単なものなのですが、祭事が佳境に入った時にいきなりこの魔道具が光だし、僕達は神域へと飛ばされました。」
僕の事に頷く英雄を他所に、イヴァンさんは目を見開いている。
そこからは英雄が引き継ぐ。
「俺達はそこで様々な神と出会い、それが偶発的に起こってしまった事故だったことを教わりました。その中の一柱である冒険に関わる神様が、俺達にお金や装備品を与えてこちら側に送り返してくれたんです。とは言っても大層な魔道具などではなく、駆け出しの冒険者レベルの物ですがね。」
そういって自分の剣を少しだけ鞘ごと抜いて苦笑しながら見せる。
「俺達は村から出たことが無かったので本音を言えば、同じ場所に帰りたかったのですが、どうやら神様達にも事情があるらしく、それは出来ないとの事で比較的安全なこの街の東に広がる平原に送り届けてもらいました。その時に神殿発行の身分証明書を持たせてくれたのでこの街に入る事が出来ました。そして神様の勧めもあり、冒険者登録をして宿を探そうとしたら、今回の事件と言う訳です。この魔道具は緊急時に使うと良いと言って持たせてくれたのですが、イヴァンさんを見る限り人前で出すのは拙そうですね。」
イヴァンさんは渋い顔で頷いた。
「俺達のような素人がエルフさんの圧力に屈しなかったのは、少し前に神々とお会いしていたからになります。そして俺がイヴァンさんの圧力の中で動けたのは、この時に武門を司る神々が必要になるだろうと言ってわざと殺気をぶつけて下さったからです。あれがなければ俺も間違いなく動けなくなっていました。とは言っても、青い髪のお姉さんが後ろから声を掛けた時の動きを見れば、俺が歩くのがやっとだったという事は見ていたイヴァンさんが良く分かるはずです。」
英雄は恥ずかしそうに頬を掻いて説明を終える。
「その時に街の事は西にあるとだけ、国の事はソーカルという国名と安全であるとしか教えてくれなかったので、実を言うと僕達は何処にいるのかも分かっていなかったのですが、いきなりこんな事にならなければ、最初はその辺りの情報収集から始める予定でした。これが僕たちの身の上になります。」
それを聞くとイヴァンさんは溜息を吐く。
「荒唐無稽だが、お前たち見るからにド素人がアレを抜けられたのはおかしいと思ってたんだ。俺と連れが一番警戒していたのもそこが原因でな。
それにその魔道具だがな、本来であれば神殿に厳重保管されているレベルの物だ。そんな物を2つも持っているのを見れば信じざるを得ないな。それは絶対に人前には出すな。間違いなく厄介事になるぞ。それと神域に入ったという事も言うな。間違いなく宗教関係のゴタゴタに巻き込まれる。」
そう言うと、イヴァンさんは自分の付けているピアスに手を当てて少し待った後に喋り出した。
「ジナイーダ、こっちの聴取は終わった。そっちはどうだ?」
『ええ、こっちも終わって今は一緒にご飯を食べてるわ。アデリーナ達にはしっかりと反省してもらったから大丈夫。そっちにいる子達に3人が謝っていると伝えて頂戴。夕飯が終わったら合流しましょう。』
「ああ、わかった。俺達も腹ペコだ。それじゃあ後でな。」
『ええ。』
そう言って耳から手を離した。
目を見開いてそれを見ていたのが面白かったのだろう。イヴァンさんはイタズラが成功した様に嬉しそうな顔で言った。
「お前たちひよっこにはまだまだ早いが、これも魔道具だ。離れた相手と通信ができる。今は向こうの声を周りに聞こえるようにしたが、基本的には自分にしか聞こえないようにして使う。欲しかったら名を上げるんだな。
さて、聞こえたと思うが3人娘は謝っているみたいだ、向こうの事情もあるんだろう。あいつらの心証は最悪だろうが、悪い奴等じゃないんだ。むしろ優秀だな。この街のギルドでも中堅に当たるパーティーの1つだから俺達の信頼は高いんだよ。許してやれとは言わんが、後で会うから話を聞いてやってくれると嬉しい。それじゃあ飯にしよう。」
そう言って隣にあったメニュー表を僕達に渡してくれて、3人とも料理を決めるとテーブルに置いてあったスイッチを押して店員さんを呼んだ。
これは内緒話の時に店員さんがうっかり入ってこないようにする為の装置らしい。
なんでも昔、重要な話の途中で個室に店員が入って来たと言って難癖を付けた者達がいるらしく、その時の経験から店側の防衛策として導入したらしい。ちなみにその店員さんだが、真偽の水晶のお蔭で相手側が嘘をついていることが発覚。
街を上げて晒し者にしたらしい。なんでも低レベルの魔道具を無効化できる魔道具を手に入れて調子に乗り、真偽の水晶も騙せると思って犯行に及んだそうだ。実に馬鹿な話である。僕達からすると見慣れた呼び鈴に当たる物だが、この世界だと全然価値観が違うので驚いた。
そして僕達はこの世界で初めての料理に舌鼓を打ち、先ほどの4人とギルドで合流する事になったのだ。
料理は現代のお店と遜色なく美味しかったです。




