第一章.10
それから僕はマレフィ様に女として必要な事をレクチャーしてもらった。女物の下着を装着され、男として残っていた最後の尊厳と無事お別れを告げる。
マレフィさんから『ようこそ、女の世界へ』と言う言葉を贈られたのだが、何故だろう?ドロドロとした暗黒の道しか見えない。
何でもこの先、僕の精神は改変された魂と女の体に引かれて女寄りになって行くらしい。
そこで僕には新しい目標が出来た。いや、元々あった物が変化したと言うべきか。
『幸せな家庭を築く』昔から僕がずっと願っていた夢だが、心が完全に変化したら女の子としてそれを考えるのもいいかもしれない。うん、我ながら適応力高いな。素敵な人が出来たらいいな。
ちなみに僕が色々なものを置いていた間に、英雄は武神様たちに少しだけ師事をしたらしい。
「お疲れ様。どうだった?」
僕は気軽な気持ちで声を掛けたのだが、いきなり膝立ちになった英雄に抱きしめられた。顔は僕の胸に埋められている。
「うわ!? ちょっ、何考えてるんだよ!!」
離れる為に必死でじたばたと暴れるが余計に力が強くなる。
「すまん、少しだけこのままでいさせてくれ・・・・・
怖かった。超怖かった。」
こいつが震えている事に気がつき僕は困惑しながらも優しく抱き返してあげ、数十秒ほどしたところで深呼吸をして少しだけ緩めてくれた。
「聞いてくれ、戦いに必要なのは技量でも力でもなく心。つまり度胸らしい。
それを簡単に育てるために俺は・・・・・武神様達が放つ殺気の中に放り込まれたんだ。」
「・・・・・」
僕は何も言えなくなり、英雄に憐憫の目を向けながら腕の力を少し強くしてあげる。
「最初は軽い物でな。空気が重くなったり凍ったりする、俺達でもたまに遭遇するぐらいのものだったんだ。それから少しずつ威力が上がって行ってな。動けなくなって、腰が抜けた。行く前にトイレに行かなかったら間違いなく漏らしてた。格好悪いだろ? 視線を向けられただけで死ぬかもしれないって思ったは初めてだった。他にも―」
「もういい!! もういいんだ!! 英雄、見ていなくてもな、お前の事を良く知っている僕だからこそ分かる事がある。その体験をしっかりと自分の糧にしようとした事だよ。よく頑張ったな。
ねえ、思い出してよ。僕が何回お前に頼って来たと思ってるんだ。格好悪いなんてありえないさ。もし今のお前が格好悪くても、今までの格好良いお前を僕は知っている。自信を持て、僕の為に無茶を色々とやる格好良いお前が、僕は好きだぞ。いつでも胸を貸してやるから、泣きたい時はいつでも泣け。」
そう微笑みながら言ってやると震えは止まり、小さな声で『ありがとう。』と言ってもう一度僕を強く抱きしめた。
「芳香だったか? あのスキルすげえよ。お前からいい匂いがしてさ、不安がどんどん無くなっていくのが分かる。」
「こ、こら! どさくさに紛れて匂いなんて嗅ぐな!!」
英雄はもう一度深呼吸した後に体を離し、顔を真っ赤にして慌てる僕の目をしっかりと見て微笑んだ。
「ぅぅぅ」
恥しさで顔が熱い。誰か助けて。
「ずいぶんとお楽しみの様ね?」
そこへ僕の後ろから底冷えするような女性の声が聞こえて僕は振り向く。
「ど、どうしたんですかマレフィさん?」
そこには明らかに不機嫌そうな女神がこちらを睨みつけており、怖くなった僕は英雄を見ると、彼は勝ち誇った笑みを向けていた。
なんで今そんな顔をする必要があるんだ?そもそも何に勝ったんだよ?
「覚えてなさい。彼女に付く悪い虫なんて私が必ず滅してやるんだから。この子にとって利用価値が無いと私が判断するまで精々生きるといいわ。」
本当にどうしたんだろうこの人。
それから何とか落ち着いたマレフィさんに色々と心配されながら(悪い男に気を付けろと何回も言われた。お父さんかこの人は。)説明と転移の準備が完全に終わったことを告げられて自然と口を開く。
「いよいよだね。」
「ああ。」
僕達は頷き合い、光の中へ新たに表れた扉を凝視する。
「基本的に干渉は出来ないけど、必要な時には必ずサポートするから安心してね。」
現代のことを色々と思いだす。家族と友人達、生まれ育った町、親しくなったお客さん。
「それじゃあマレフィさん、僕達の家族の事を宜しくお願いします。」
彼女が力強く頷いてくれたのを見ると、安心して僕は足を進める。
「結局親孝行らしいことって何にもできなかったな。」
そう言って英雄は笑いながら僕の後に続く。
「僕は実家で5年も働いたからね。少しは恩返しが出来たかな?」
苦笑を返して、扉の前に2人で立つと振り返る。
「それじゃあマレフィさん、いろいろお世話になりました。行ってきます。」
「無茶な頼みを聞いてくれて助かった、ありがとな。また会おうぜ。」
僕達が口々に言うと彼女は笑って肘から先を上げて手を振りながら
「行ってらっしゃい。貴方たちの新しい生活に幸多き事を祈っているわ。
元々いなかった世界ですもの、思いっきり楽しんできなさい。」
そう言って送り出してくれた。
「あーあ、行っちゃったか・・・・
本当にいい子たちだったな。ねえ皆、あの2人だけど、楽しんでくれるかな?」
私の言葉と同時にこの部屋を包む白い空間が消え、見慣れた私のオフィスと協力してくれた仲間たちが現れる。
「小僧の才能は本物だな。間違いなく戦う事に喜びを見いだせるだろう。」
男の神が言うと別の神も続く。
「問題は優しい所だな。戦闘狂を回避は出来るかもしれんが、心を病まねば良いが。」
女の神が可笑しそうに笑いながら言う。
「ある程度は大丈夫よ。遊馬ちゃんが持っているスキルはただのエロ関係じゃないわ。さっきも見せた様に、擦り減った心を癒してあげる事も出来る。
女の楽しみを覚えれば、これ以上ないスキルだわ。本気で惚れた相手に使えば何よりも深い愛を生み出す可能性が有る物だし。まあピーキー過ぎるのは認めるけど。」
私は首を振って溜息を吐く。
「ピーキー過ぎるのよ。あれで持っているのが悪女ならまだ救いがあるんだけど、元々が優しい子なのに乙女になったばかりよ? 無防備にし過ぎて襲われなければいいんだけど。」
みんなが苦笑いする。まったく・・・・
「さあ、私達も仕事に戻りましょう。アザルストがまた仕掛けてくるのは間違いないわ。完全に防げなくても威力を削ぐ事は出来る。今度こそあいつの思い通りにはさせない。」
彼らは力強く頷き出て行った。
「気負い過ぎちゃ駄目よ?貴女は責任感が強いからいつも無茶するんだから。遊馬君も言ってたでしょ?マレフィで良かったって。皆の責任なんだから皆でやるの。だから、一度休んできなさい。話は通してあるから。」
1人だけ残った女の神が優しく言ってくれる。彼女とは同期で昔からよく助け合っていたが今回は本当に助かる。
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうわ。」
そう言って立ち上がり部屋を出て行こうとした所でもう一度声を掛けられる。
「しっかりと休みなさい、美容に良くないわよ。」
「余計なお世話よ!!」
そう言って私は仮眠をとることにした。
(ふふ、今日は遊馬君のあのいい匂いで気持ちよく休めそう。)
女神の横顔は邪悪に満ち満ちていた。
扉を開けて数歩進むと僕達は平原に立っていた。風が気持ちよく、周りを軽く見まわして問題が無いととりあえず腰を下ろした。
(と言っても今日1日はこの近辺に結界を張ってくれているらしいので、実は無警戒でもよかった。)
「さて、まずは俺達の装備を確認しよう。」
僕は頷いてマレフィさんから事前に渡されていた紙を取り出す。
紙には見た事も無い文字が書いてあり、僕達は事前に説明されていたので、紙を破り捨てた。
「わ、本当に出てきた。」
「ああ、疑っていた訳ではないけど、実際に使うと驚くな。」
僕達が紙を破るとそこには衣類などの生活用品が詰まったリュックと、携帯食糧などが入った中型のウエストポーチが現れた。お金も包まれている。
英雄も色違いの同じものだが、一緒に幅広の剣と腕を覆うぐらいの盾が出てきた。
「チートはいらないけど、男心を擽るアイテムがあってもいいのにな。」
「そうだね。でもその手の道具があってもそれに頼り切りそうで怖くない?」
そう言いながら英雄は道具を確認してリュックとポーチを含めて装備していく。
「ちらっと見えたけど女物の服と下着だったよな? もう抵抗はないのか?」
剣を振って使い心地を調べながら英雄が聞いてくる。
「まさか、まだ違和感が凄過ぎて気持ち悪いよ。服については1ヶ月程で、半年前後で子供が作れるようになると同時に完全に変わるみたい。それまではちょっとずつ慣れていくよ。」
僕は溜息を吐いて自分の荷物を確認する。
「あ、本が入ってる。ってこれ魔法が書いてあるよ!!」
驚いて本の表紙を確認すると、『魔法入門 これであなたも魔法使い』と書かれていた。
「ねえ、英雄。」
「なんだ?」
僕は素振りをしている彼に聞く。
「剣とかの武器って一切使ったことないよね? 今の振り心地はどう?」
こいつはそのまま数回振って、
「ああ、なんかしっくりくる。たぶんスキルのお蔭だろう。このまま訓練と実践をこなし続ければもっと強くなれるのが本能的にわかる。これが才能ってやつか。現代でも上には上がいるのをひしひしと感じたが、この世界でどうなるのかワクワクするな。
で、早速試したい事が有るんだろ?顔に書いてあるぜ。」
僕は笑顔で頷き本の表紙を英雄に見せる。
「僕が得意とするのは補助と回復と召喚って書いてあったよね。それなのにこの本、他の属性魔法まで網羅してあるんだ。マレフィさんの話だと才能が無くても魔法を使えるって言ってたよね? 汎用性の高さが桁違いだから火と水は二人とも最優先で覚えない?」
僕の言葉に英雄は頷く。
「そうそう、武神様達の話だと、俺達は下級に限り魔法は覚え易いそうだ。なんでもスキルを無理やり弄った弊害なんだと。俺達にとっては有難い事この上ないな。俺は瞬間火力が上がって、お前は攻撃手段を手に入れる。その本もそれを見越して忍ばせてくれたんだろうな。はぁ、ったく頭が上がらねえよ。」
ぼやきながら頭を掻く英雄に僕は微笑む。
「本当、あの人で良かったね。
ていうか英雄、魔法の話は僕初耳だけど、他にめぼしい情報は無い?
僕の方ではこちらに来たらまずは召喚魔法を使えとしか言われていないんだ。」
困ったように眉を寄せ首を傾げる僕を見た英雄は、真面目な顔をしているのにとても幸せそうなオーラを出している。まったく、僕は真剣に聞いているのに。
「あ、ああ、すまない。魔法が使えるって浮かれてただけだ。
で、俺の方もそれ以外にめぼしい情報は無いな。あとは戦いの心得みたいなやつを叩きこまれただけだ。必ず止めは刺せとか、こういう種族の敵はこう倒せとかな。
んで、どっちから行く?魔法か召喚か。魔法なら俺は属性を、お前は補助と回復のどちらからだろうが・・・・」
僕は迷わずに答えた。
「まずは召喚だね。」
だってモフモフ大好きだもん。出るかなモフモフ?
僕の期待に輝く顔を英雄が苦笑しながら見ている。長い付き合いだとこういう時に楽でいいね。
「でも召喚ってどうやるんだ? この世界でも下火なんだろ?その明らかに市販品の本に載ってるのか?」
僕は胸を張って答える。
「実は少しだけレクチャーを受けてました。見ててね。」
僕は両手を前に出し、手のひら同士を拳一つ分開けながら合わせる。
スキルを習得して漠然と感じる事の出来る様になった、体の中を流れる魔力を両手から少しずつ放出して球を作る。
(落ち着け。マレフィさんは門をイメージするだけ、自分が考える自分だけの門を想像するだけでいいと言った。最初はそれだけかと拍子抜けしたけど、ここまで準備してくれた人が口頭で無駄な事を言うはずがない。たぶんそれが完全解答なんだ。異世界に来て初の見せ場だ、やってみせろ!!)
緑色に光る魔力が球の形を大きくしていく。球は形を変えて少しずつ長方形の形へと変化していく。それは次第に本の形へと変貌し、少しずつ緑色の光が薄くなると共に色が付きだす。背表紙は赤茶色を纏っていき、本が開くと中の部分が風に煽られた様にはためき、次々と頁を送る。
(感じる。これが僕の、僕専用の召喚道具だ。)
次第に光が収まり、掌の先で宙に浮く細身な辞書の様に見える本は、ゆっくりと僕の手に落ちてきてその存在を主張した。
「で、できた・・・・」
腰が抜けてそのままへたり込む。女の子座りになってしまったが、今の僕にはそれ以上に、幻想的な魔法と命の鼓動を感じる魔本に意識を奪われていた。
「す、すげえな・・・・それが魔法か。」
英雄の言葉でハッと我に帰る。
「で、出来たよ英雄!! 魔法が使えた!! やったああああああああ」
僕は足が動かないので本を掲げて喜びを表す。
「それで、肝心の召喚獣は?」
英雄が真剣な顔つきで聞いてくる。
そう、大事なのはここからだ。これは門を作っただけで、実際に召喚するためには相手との相性が有るらしい。
深呼吸して本を捲ると1ページ目は目次であった。そこには3つの項目が点滅していた。
「えっと・・・・狼と梟にサキュバス?」
僕は首を傾げて英雄を見ると、覗き込んだ彼も困っていた。
「とりあえず捲ってみようぜ。」
「そうだね。」
本は1体に対して見開きで使われる様で、左側に絵が、右側に名前や特性などが書いてあった。
「狼だな。右側のほとんどが空欄なのは、お前の技量が低いからか?」
英雄が興味深そうに見ている。
「たぶんそうじゃないかな? 他のも見てみよう。」
その次のページからは梟とサキュバスが見開きで続けて書いてあった。空白が無くてよかった。開く時に面倒になる。
しかしこの種族はなんだ? 狼、梟ときてサキュバス。なんで?
「もしかしてこれもさ、お前の能力に関係しているんじゃないか?」
「どういう事?」
「お前のスキルって誘惑系が有るから最初でノミネートされたんじゃないかって事。」
「うわー、可能性高そう・・・・」
僕は左手で顔を押さえながら間違いないなと確信していた。
「ねえ、このラインナップ、滅茶苦茶優秀じゃない?」
僕は呆れた様にもう一度3体の絵を見る。
「ああ、正直えげつないと思う。」
僕達はニッと悪い笑顔を浮かべて、とりあえず一体召喚する事にした。
「何となくだけど召喚の方法が分かる。狼を召喚してみるから少し離れてて。」
待ってましたと言う顔で離れていく英雄を見る。ある程度距離を開けたら片手を挙げて合図をしてくれた。
(じゃあ、やりますか。)
本を左手で持ち、狼のページを開く。右手を開き地面へ向けて、本から右手への道を想像する。
(来い!!)
発動はとても簡単だった。体の中を熱い物が通り過ぎる感覚を感じると、僕の足元が淡く光り、目の前に灰色の狼が現れた。
狼はこちらをじっと見つめている。僕はそのサイズに圧倒されたが、手をそっと顔の下から差し入れて、横顔を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
「僕の名前は鈴木遊馬。これからよろしくね。」
そう言うと狼は、任せろとばかりに「オン!」と短く鳴いた




