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太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


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その八十七:海神の庭の立ち会い人

 うしろから左肩を鷲掴(わしづか)みにされた。

 あとでロンディ船長に聞いたら、彼は僕の背後の影からいきなり現れたという。


「うごくなよ、小僧」


 右の首筋に冷たい金属が押し当てられた。短剣の刃だ。

 僕の左肩を掴むディアルト卿の手にググッと力が込められた。


「ふ、はは! こりゃあいい。今夜は俺も生者のように動けるか。さすがは偉大な魔法使いの魔法だ、感謝するぞ」


 ディアルト卿の声はやけに若々しく張りがあり、この前聞いた冥界の幽鬼のような、ゾッとする暗さは微塵もなかった。


 どうやってここまで来たんだろう?

 白く輝く道は、僕たちを害する者は死者も生者も近づけないとロミーナ王女は言っていたのに――あ! ここはもう海岸の砂浜だ。あの白い道は、森を出たところで途切れたんだ!


「あなたに感謝される筋合いは無い」


 青灰色の長衣(ローブ)の魔法使いが、忌々しげにディアルト卿を睨みつけた。

 ディアルト卿は嘲笑で返し、ロミーナ王女を呼んだ。


「ロミーナ、やっと会えた! おいで。こっちへ来るんだ!」

「なんてことを!?」


 ロミーナ王女はジュリオ王子に肩を抱えられたまま、僕の方を凝視した。

 海の奇跡号のロンディ船長たちは腰の剣に手を掛けている。僕が人質になったせいで戦えないんだ。


 僕のせいでロミーナ王女に迷惑をかけていると思うと、何の抵抗もできない自分がなさけなくて、ひどくみじめな気持ちになった。


 ロミーナ王女は美しい眉をひそめ、厳しい視線を僕のうしろへ投げかけた。


「ディアルト卿! それがあなたの誇りなのですか。海賊となったあなたはそこまで()ちてしまわれたの?」


 ロミーナ王女の落ち着き払った言葉は、剣の一撃よりも鋭いひびきがあった。

 あまりに気高く厳しい声に僕もすごく驚いたけど、一瞬、僕の左肩を掴む手から微細な震えが伝わってきたのは、僕の気のせいじゃない。


「――くそッ!……行け!」


 ディアルト卿は僕の肩を突き飛ばした。


 僕は急いでロミーナ王女たちの方へ走った。

 ロミーナ王女が両手を広げて僕を迎えてくれ、僕とロミーナ王女は、三人の男たちより一歩下がった場所へかくまわれた。


 僕と入れ替わりにジュリオ王子が進み出た。彼は長いコートを脱いでロミーナ王女へ渡し、僕らの前に背を向けて立った。


「久しいな、ディアルト卿」


 黎明の蒼い光さす海岸で、白い騎士と赤い海賊船長はまっすぐに対峙した。


「俺は二度と会いたくなかったがな」

 ディアルト卿は苦々しく応えた。


「同感だ。ロミーナは返してもらう。きみに引き留める権利は無い」

 ジュリオ王子は冷静に告げた。


「奪えるならやってみろ。この島は草の一本まで俺が支配する王国だ」

「まだわからないのか。きみはロミーナを死なせた時点で、すべてを失ったのだ」

「黙れッ! きさまに決闘を申し込む。勝った方がロミーナの夫だ!」


 ディアルト卿は短剣を投げ捨て、腰に帯びていた長剣(ロングソード)を抜いた。


「いいだろう、こんどこそ引導を渡してやる」


 ジュリオ王子も腰の剣を抜いた。


「ほう、やるか!」


 ピュウッ! とロンディ船長が口笛を吹き鳴らした。


「ちょっと待った! 海の掟にしたがい、海の奇跡号の船長が立会人になろう。おい、ツィラーッ! きみが審判だ」


 青灰色のローブの魔法使いがうなずき、さっと杖を掲げた。


「同じく海の奇跡号の魔法使い、偉大なピリオの七百九十九番目の弟子ストレイツィア・ストランツィ・レヴィアレントが立会人として、また審判として声明をあげる」


 一陣の風が、あたりの薄い靄をサーッと吹き払った。

 刹那(せつな)、辺りが海の底のような青い光で染まり、すぐに消えた。

 あとには、王子とディアルト卿のちょうど中間の砂の上に、まっすぐな線が一本引かれていた。


 魔法使いは(おごそか)かに宣言した。


「これよりここは海神の庭となった。判定は神々の(もと)におこなわれる」

「ちッ、魔法の場にしたか」


 ディアルト卿が舌打ちした。


「亡霊だろうが、これで逃げられんぞ」


 ロンディ船長が意地悪そうにつぶやいた。


「ロンディ船長、あとひとりは? 神々の名の下での見届けには、原則として魔法使いを含めた三人以上の立ち会いが必要だ。この場合、王女は関係者ゆえ対象外だぞ」

 魔法使いが訊ねた。


「船から俺の部下を呼ぶか?」

「いいえ、魔法使いがもうひとりいるわ」


 ロミーナ王女が言い、魔法使いとロンディ船長、王子とディアルト卿の目がいっせいに僕へとそそがれた。


「なるほど、彼か」


 ロンディ船長が目を細め、魔法使いは僕にうなずいた。


「若い魔法使いどの、きみが三人目だ。さあ、名乗りたまえ」

「え、僕……?」


 魔法玩具師の僕が、決闘の立ち会い人として名乗りをあげる?――いいのかな?

 ロミーナ王女がとまどう僕へ微笑んだ。


「あなたは魔法使いでその資格があるわ。あなたの持つ肩書きで名乗ればいいのよ」


 とんでもないと思ったけど、断れる空気ではなかった。


「僕は、ニ……ま、魔法玩具師のニザですっ。立ち会い人になります!」


 なんだかやけくそな大声を張り上げた名乗りになってしまった。恥ずかしい……。


「いいぜ! おふたがた、存分にやるがいい」


 ロンディ船長がパンッと大きく手を打った。

 それが合図。


 ディアルト卿が先に動いた。


 白みゆく空の下で、交差する二つの剣は白くきらめき、おだやかな波音と、剣戟だけが響き渡った。


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