その八十六:夜明けの海岸
満月の光に照らされた砂浜は白く、真珠色に輝いていた。
浜辺から少し離れた沖合に浮かぶ船は高い帆柱を幾本もそなえた、見たことも無いほど巨大な帆船だった。
世界が少しずつ明るくなっていく。
夜明け直前の蒼ざめた空気は肌に冷たくて、海岸には海から生まれた白い靄が漂っていた。
ザクザクと、僕らが砂を踏む足音がしなければ、幻想の異界に迷い込んだと錯覚しそうなほどだった。
海岸には人がいた。
まだ薄暗いうえに遠目だからはっきりしないが、白い靄の向こうに三人の男らしいシルエットがあった。彼らは話し合いをしているふうに、三人で額を突き合わせていた。
「人がいますよ!」
僕はロミーナ王女に小さな声で言った。あの三人の男達が僕らの味方なのかわからなかったからだ。
「ええ、きっとあれが迎えの人たちだわ」
僕とロミーナ王女は彼らに向かって歩いた。
彼らが僕たちに気づいた。
遠目にも、三人はそれぞれが特徴的だった。真ん中と向かって右側の人は、似たような長いコートを着て帯剣していた。
その左側の人だけゆったりした青灰色の長衣を着て、長めの木の杖を持っている。
「ああッ!」
とつぜんロミーナ王女は、飛ぶようないきおいで僕の横から走り去った。
僕はびっくりして、その場で立ち止まった。
三人の真ん中にいた男が、迎えに駆け出してきて、ロミーナ王女はまっすぐその男の腕の中へ飛び込んだ。
「やっとお会いできた……」
「遅くなった。すまなかった」
ロミーナ王女とその騎士のような服装の人はしっかりと抱きしめ合った。
僕はその場にとどまっていた。この空気を邪魔しちゃいけない気がしたんだ。
「いいえ、わたくしはあなたが来てくださっているのを感じていたわ。あなたがわたくしを探してくださっていることもわかっていた。でも、わたくしは塔から出られなかった――」
ロミーナ王女は泣いていて、彼はその涙を優しく手で拭った。
この男の人がロミーナ王女がずっと待っていた人なんだ。伝説で〈遠国の王子〉だと言われていたロミーナ王女の婚約者。――でも、伝説の王子はロミーナ王女と同じ四百年前の人じゃなかったかな。もしかしてこの人たちも、ロミーナ王女と同じ幽霊……?
ちょっとゾクッとしたけど、今は怖くないからこれ以上は考えないでおこう。
この距離からだと男達の顔立ちまで見分けがついた。
向かって右側に立つ人は、精悍な黒髪の男。長身で逞しい体つきをして、ロミーナ王女たちを見守るその顔は落ち着いていておだやかだけど若々しく、マント風のロングコートがよく似合ってる。
きっとあれがロンディ船長だ。彼は僕が勝手に想像していた魔法船の船長というイメージにピッタリだもの。
その隣の青灰色のローブに長い杖を持った人物は、物語の挿絵に描かれた魔法使いそのものだった。フードの陰になった顔は判然としないが、広い肩幅や杖を握った大きな手から察するに、この人も男のようだった。
そして――ロミーナ王女を抱きしめている三人目。黒い顎髭のあるハンサムな青年は、三人の中でいちばん大柄で、腰には大きな剣を佩いていた。その大剣はいささか無骨な印象を受けるけど、ロミーナ王女へ優しく微笑むさまは、おとぎ話でとらわれの姫を救い出す英雄そのものだった。
「我々はこの海岸から内陸へ進むことはできなかったんだ。すまなかった。愚かな魔法契約をした私の罪だ。まさかこれほど長い時間がかかるとは、夢にも思わなかった」
それが聞こえた青灰色のローブの魔法使いが、男をジロリと横目で睨んだ。
「ジュリオ殿下。契約内容を考えたのは貴方だと聞いておりますが?」
それを聞いたロミーナ王女は涙を流しながら笑い、男の両頬にそっと両手をそえた。
「過ぎ去った時間は目覚めた後の夢のようなものだわ。いま、わたくしはこうしてあなたに触れているのよ。これ以上の幸いが他にあって? いまならわたくしはあなたのすべてを許せるわ」
「君の寛大さには感謝するほかない。この場でなにか、望みはあるかい?」
「では、なによりもあの若い方に御礼を。わたくしを呪われた塔から連れ出してくださった恩人よ」
ロミーナ王女が僕を振り返った。
僕はさっき足を止めた場所から一歩も進めないでいた。
「そういや、彼は逃げてきたんだろう?」
僕の方をはじめてまともに見た一同が、ハッと顔色を変えた。
何か起こったらしい。
どうやらとてもまずい事が――この僕に。




