その三十二:海賊の祝祭日
僕の起床は夜明けだ。
海賊が起こしに来る。
たいがいは夜勤当番を終えたやつが交替した帰りのついでに僕の部屋へ立ち寄って声をかけてくれる。
さすがに夜明けは眠いけど、もともと早起きは慣れている。
マルセノ親方の魔法玩具工房にいた頃なんて、繁忙期はあまりの忙しさに、睡眠時間はきっかり七時間にして、夜明けと共に起き出して仕事をしたものだ。
僕は洗面所で顔を洗い、厨房へ行った。
すると――――調理台には、いくつもの料理の皿が並べられていた。
すごく豪華なご馳走ばかりだ。
「どうしたんですか、これ? パーティですか?」
僕は、洗い場で調理器具を洗っている海賊の若者に尋ねた。
「そうか、余所者は知らないよな。今日は〈赤い冠島〉の建国祭なんだ。俺の島ならどこの家でも、祭りのお祝い料理を作る日だよ」
若い海賊は、気前よく教えてくれた。彼は海賊という以外はまったく気のいい若者だった。厨房に来る他の海賊も、たまに顔が厳つい人もいるけれど、厨房でいっしょに仕事をしたり喋ったりしたら、なぜこんなに真面目で親切な人たちが海賊をしているのだろうと首を傾げるほどだった。
僕がエプロンを腰にまいて紐を結んでいたら、若い海賊に呼びかけられた。
「なあ、今日の人質の朝食だけど!」
「あ、はい、すぐにワゴンに支度します!」
僕は慌ててワゴンの置いてある方へ行こうとした。
「いや、違うんだ、もう持って行った! だから行かなくて良いんだ」
「ええ!? だって、まだ六時前ですよ?」
ふだんはこれから準備する時刻だ。人質部屋へ届けるのは、たいてい太陽がすっかり顔を出した六時三十分すぎである。
ヨルナさん達は、今朝はとんでもなく早い時間に届けられた朝食に、さぞびっくりして飛び起きただろう。気の毒に。
しかし、そんなに早く朝食の仕度ができたんだろうか。
僕の朝食はどうしよう。人質部屋へ行けないならどうやってとろうかな。
まあ、見張りがいる前なら、まかないをもらうのも、料理番だって文句をつけられないだろうけど。
どのタイミングで料理を取り分ければベストだろう……?
「あの、今朝の朝食メニューは、何だったんですか?」
僕は調理台に並べられているご馳走へ、ちらっと目を走らせた。
料理番は、人質用には何を作ったんだろう。まさか、人質だけは特別に、いつものパンとシチューじゃないだろうな。
「ああ、心配ないよ。ここに作ってある料理を取り分けたから。量も十分あったと思うよ」
良かった! ヨルナさん達もご馳走を食べられたんだ。
「ありがとうございます、でも、今日はずいぶん早いんですね」
ご馳走のいい匂いがする中で、僕の頭は食べ物のことでいっぱいになった。
最近は疲れてお腹が空いても、食べ物が自由に手に入らないので、一日のうちで食べ物のことを考えている時間が、とても長くなっている。
「そうだなー。たまには船の行事でこんな日もあるよ。それで、今日はきみの分は、こっちだってさ」
「僕の?」
「朝メシだよ。今朝は食堂で、俺たちといっしょにメシを食えってことだ」
「あ、はい。わかりました!」
驚いて、声がうわずった!
でも、このすごいご馳走を、僕も食堂で食べていいって!?
料理番はオーブンの前にいて、焼き上がったパイ料理の仕上げに忙しそうにしていた。
「ふん、どいつもこいつものんびりしやがって。祭りの準備はとっくに終わったし、寝坊したどんくさい手伝いがやることなんて、何も無くなっちまったぞ!」
大声でぼやく料理番の目の下には濃いクマができていた。やはり睡眠不足なんだ。
こんなにたくさん料理を作るには、寝る暇なんかなかっただろう。手伝いがきても、すごくたいへんだったはずだ。
僕は若い海賊と一緒に洗い場に並び、大量の汚れた調理道具や鍋を洗った。彼も少し寝不足の顔をしているから、もっと夜中から手伝いに来ていたのかもしれない。
「今年は去年よりすごいご馳走だよ。あの料理番が、午前二時から料理してたんだぜ。俺、初めて見たよ!」
若い海賊が小声で教えてくれた。
午前二時なんて真夜中だ。
そういえば、昨日の料理番は、夕食の準備を八割方終えると、あとを僕らにまかせてどこかへいってしまった。
あれは仮眠を取りにいったのかな。
僕は厨房の後片付けを終わらせて――冷蔵庫に、いつもより下拵えされた野菜や肉がやけに多いと思ったっけ――シャワーを浴びて、自分の部屋へ戻された。でも、今日がお祝いの日なんて、何も聞かされていない。
なぜ料理番は、僕に手伝わせなかったんだろう。
海賊船長の言いつけを守って、心を入れ替え、真面目に働いているから?……それにしても、僕への指示を出すようなそぶりは何も無かったな。まるっきり無視されていたし。
海賊の祝日は、人質の僕らには関係がないから?
ここにいる若い海賊も、僕に訊かれて初めて教えてくれたから、人質には説明する必要がないと考えていたのかな……。
洗い場が一段落したので、僕は海賊の若者と連れだって、にぎわっている食堂へ行った。
お祭りのメニューはなかなか豪勢だった。
山のようなポテトフライに揚げオニオンがのせられたゆで野菜のサラダ、肉と根菜の煮込み料理。大きな牛肉の塊をゆでたもの。缶詰のフルーツを使ったポンチやゼリー菓子もあった。
平たい種なしパンが山ほど皿に積んである。薄い円形のパンを半分に切って中を開いて袋状になったそこへ、野菜や肉を挟んで食べるのだ。
大きな水差しには、氷とオレンジとライムの薄切りが入った茶色い飲み物が用意されていた。ラム酒とブランデーの混合酒に茶色い砂糖で甘味をつけた『赤い船乗りのラム酒』という、海賊の伝統的なカクテルだそうだ。
この船ではふだんの食事に酒は出ない。それもこの海賊団の『掟』だそうだ。
飲酒が許可されるのは、たとえば、旅客船の襲撃が大成功した日などの、特別な祝祭日のみ。お酒の好きな人は、個人的に飲酒して良いのは非番の日だけ。この戒律を守れない人はこの海賊船の乗員にはなれないそうだ。
お祝いのご馳走はとても美味しかった。
僕は賑やかな雰囲気の中でひさしぶりに美味しい物をたくさん食べ、お腹がふくれていい気分だった。
このあと、地獄へ突き落とされた気分になるとは、夢にも思わずに。




