その三十三:ご馳走を食べたあと
お祝いのご馳走は、昼食時にもいくつか料理が追加されたので、食べても食べてもたくさんあった。
人質部屋の夕食用の料理は分けて作られていなかったので、僕はご馳走から人質部屋の分を取り分けた。デザートの果物のシロップ煮やゼリー菓子も、いつもより少し多めに取り分けた。人質全員が二回おかわりしても十分足りるくらいの量をだ。
人質部屋へ向かう通路で、ワゴンを押す僕の足取りは軽かった。昼間は忙しかったけど、僕自身が楽しい雰囲気の食堂でご馳走を食べたので、少々浮かれていたのかも知れない。
「こんばんは、夕食を持ってきました!」
室内へ入った途端、いくつもの視線が突き刺さってきた。
「ニザくん、今朝はどうして来なかったの?」
いつものようにヨルナさんが僕の方へやって来たが……。
「え……と、あのー……。何か、ありましたか?」
おそらく僕の知らない間に、何か変わったことがあったはずだ。そう察せられるほど、人質部屋には、昨日とは違う異様さが感じられた。
「あ、いえ、朝食の時間が早すぎたのはわかっているのよ。あの料理番のおじいさんが来たときはまだみんな寝ていて、驚いて寝間着で飛び起きたもの。でも、ニザくんになにかあったのかと思って……」
朝食を運んできたのは料理番だったのか。給仕係は海賊の若いおにいさんじゃなかったんだ。でも、食事内容はまともだったと、聞いたけど……。
「すみません、僕は知らなかったんです」
料理番が運んできたことも、今日が海賊の祝日だったことも、知らなかった。
僕はそう言おうとしたが、
「海賊といっしょにお祝いのご馳走を食べたんですってね」
冷たい声で僕を遮ったのは、リーザさんだった。
「自分だけいい目を見たくせに、よく私たちの前でヘラヘラ笑っていられるわね」
リーザさんの言葉は弾丸のように容赦なく飛んできた。
僕は、誤解だと反論したかったが、声が詰まって出なかった。なぜなら、リーザさんの言うことに間違いがなかったからだ。
僕は、今日、食堂で、海賊と一緒に、海賊の祝日のお祝い料理を食べた。これは事実だ。
「私たちにはご馳走のおすそわけだけよ。デザートだって、きっちり人数分しかなかったわ。あなたは朝も昼も、食堂で海賊と仲良く一緒に、何でもたくさん食べられたんでしょ!?」
リーザさんは憎々しげに顔を歪めていた。
僕は何も言い返せなかった。
ヨルナさんが慌てて僕の手からワゴンを引き取ってくれた。
「もういいじゃない。ニザくんはこうして来てくれたんだし。食事にしましょう」
僕は、昼間に追加されたご馳走料理も十分な量を持ってきた。デザートのおかわりは、皆にとても喜んでもらえた。女性達も子ども達もたくさん食べた。
僕が喉を通らなかった以外は、なごやかな夕食になった。
人質部屋からの帰り道、ヨルナさん達から離れてから、落ち着いて考えてみたら―――――料理番が人質部屋へ朝食を運んだのは、僕が起きて厨房へ行く前だ。僕が食堂で朝食を食べたのは、その二時間くらい後のこと。
料理番は、ヨルナさん達にあからさまな嘘をついた。でも、その嘘から約二時間後には、僕はすっかり料理番に騙された状態にあって、料理番の嘘を本当にする行動を取っていた。
料理番の悪意に気づくすべもなく、僕はリーザさんの言う通り、海賊の祭りの雰囲気を楽しんでさえいたんだ……。
唯一の救いは、あの料理番が僕に対してなんらかの悪意を持って、わざと僕の悪口を言っていることを、ヨルナさん達もなんとなくは察してくれていることだ。……いやちょっとだけ訂正。リーザさんを除いて、だな。
あれから数日経ったが。リーザさんは僕を冷たく睨むばかりだ。
すべて料理番の嘘に翻弄されているせいだ。――としても、僕が海賊の祝祭に参加したように思われても仕方の無い行動だったと、反省はしている。
料理番の言葉には毒がある。
人は、目には見えない毒ある言葉を吹き込まれたら、心の陰に、毒の花が根付くのかもしれない。
それが芥子粒みたいな一輪でも、大樹の枝でひっそり成長する小さな宿り木のように、寄生した大樹の栄養をどんよくに奪いながら、どんどん大きく育っていくんだ。
僕はなんとかしてヨルナさん達とすっきり和解したかった。とりわけリーザさんの誤解は解きたい。
この海賊船で、こき使われている僕の心の支えになるのは、同じ人質の境遇にあるまともな人たちなんだ。
ヨルナさん達に嫌われたら、僕は本当の孤独になってしまう。
こんな海賊船で、ひどい境遇のままひとりぼっちになることは、なんとしても避けたかった。
僕は、何か美味しい物を作って人質部屋へ持っていこうと考えた。
厨房での僕の自由なんて無きに等しいが、食事のメニューにつける一品を作るくらいならできる。料理番も僕が作る分は、自分の手間がないので黙認するのだ。
ただし、その場合は、海賊の分も用意しないといけないが。
僕が作っても良さそうで、海賊の分までじゅうぶんに材料があって、料理番が文句をつけられないような材料は……。
「あの、固いパンを使って、おやつにパンプディングを作ってもいいでしょうか?」
僕は大声で料理番にたずねた。
あの固いパンなら、船にいる全員分のパンプディングを作るのに十分な量がある。




