表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/105

その百四:〈赤い冠島〉の記憶

「――古い魔法……。あの島で、なにかの魔法が使われた……?」


 おかみさんは島を見つめてつぶやいた。

 ボルティ船長は操舵輪を固定して、船室の入り口に立つマルセノ親方にちかづいた。


「マルセノ親方、ご子息の捜索は僕らもお手伝いしますよ。船室に〈赤い冠島〉について調べた資料がありますから、もういちど今後の作戦を検討しませんか?」

「ああ、すまんな船長、ありがとう。おーい、ソフィア。仕切り直そうや」


 マルセノ親方に呼ばれても、おかみさんは船室の方へ来ない。


「あれはなにかしら? 魔法の痕跡? 大きな魔術が破壊された跡?――……ボルティ船長、ここには魔法の伝説があったと言っていたわね」

「ええ。近づく船が難破するという魔法の嵐の伝説が。島には古い呪いがかけられているとか。そんな話ならいくつもありますよ」


ここまで島へ接近しても海は()いでいる。一滴の雨も降ってこない。あれはやはり海賊が島を護るために流したデタラメだったのだ――とボルティ船長は思っていた。


 おかみさんは右手の人差し指と中指を揃えて唇に当てた。


――ピゥーイ――……


 甲高い口笛の音に誘われたように、青い小鳥たちが空中にふたたび出現した。


「わッ!?」


 マルセノ親方はイヤなものでも見たように、あとずさった。

 青い小鳥たちは降下しておかみさんの頭上をグルッと回り、さらに降下して、おかみさんの体の周囲をクルクル回った。


「おい、どうする気だい?」

「まだるっこしいことを言ってられないわ。じかに触って調べてくるだけよ」


 青い小鳥たちのつむじ風はワッと大きく成長して、おかみさんの姿はそのなかに隠され、天空へと舞い上がった。そして――……。


「消えた」


 皆は呆然と、青いつむじ風がふっと消えた虚空を見つめた。


「一足先に〈赤い冠島〉へ行ったのさ」


 マルセノ親方が笑った。





「ここが赤い冠島だって!?」


 トニオさんはキョロキョロした。


「ということは、ニザくんの記憶か? 同じ夢を見ているとか?……それも変だな。ニザくんの魔法か? なんで俺まで巻き込まれたんだろう?」


 トニオさんは独り言のようにブツブツと言っている。


「いいえ、僕は魔法は使ってません。というか、本当に使えないんですけど……」

「るっぷりい!」


 シャーキスが僕の頭の上に、ぽふんと乗っかった。


「ほら、とうとうこんなところに来ちゃったのです! ご主人さまがとーっても強く思い出したから、トニオさんまでいっしょに来てしまいました! ぷう!」

「なんだ、やっぱりニザくんのせいじゃないか!」

「すみません。でも、僕にも理由はわかりません。ここが〈赤い冠島〉ということくらいしか……」


 夜の海岸。

 北の入り江だ。

 あの島での最後の日、僕が魔法の船〈海の奇跡号〉に乗った場所だ。


 右の視界の右端でなにかが動いた。

 僕はギクッと体を硬直させた。

 暗い夜の砂浜を、人影が歩いている。


「ニザくん、誰かいるぞ」


 人らしきシルエットは、ゆっくりと、一歩一歩、砂を踏みしめるようにやって来る。

 大きな頭部に直線的な体つき。おそらくフード付きマントを被った人だ。


 さっと景色が明るくなった。

 月を覆っていた雲が晴れたのだ。


 真昼のように明るい月光の下、その人のマントが淡いオレンジ色だと見分けられるほど近づいた。


「あれは……?」


 頭に被った大きなフード。マントのあちこちが銀色にキラキラ光っている。銀緑の糸で細かい刺繍が施されているんだ。


「お、あのマント、きっと魔法使いだ。彼らはよく自分だけの紋章入りのマントを身に着けるんだよ」


 トニオさんの言葉に、僕の心臓は緊張で大きく鼓動した。


 僕はあのマントを知っている!


「うん? ニザくん、どうした?」

「フードで顔は見えないけど、あれはおかみさんです。旅客船で最後に別れた日、あれと同じマントを着てました」

「え、あれが!?」


 トニオさんと僕がいる場所から十メートルほど先で、おかみさんは立ち止まった。

 フードに隠された頭部が、ゆっくりと左右に動いた。あたりを見回している。

 けれどその視線は僕らに留まらない。まるで僕らの存在が見えないみたいに……。


 トニオさんもそれに気づいた。


「ニザくん。どうやら僕らは、あのご夫人には見えないみたいだな」

「ええ、やっぱりここは、現実ではないようですね」


 トニオさんと僕はふつうの声で会話しているのに、その声もおかみさんには聞こえないのだ。

 フードが少しずらされ、顔があらわになった。栗色の長い髪は三つ編みにされ、太い綱のように頭に巻き付けられている。いつも優しい微笑みをたやさない穏やかなおかみさんは、厳しい表情で内陸の方の森を睨んだ。


「おかみさんだ!」


 僕の視界は涙でにじんだ。


「ここにニザはいない……」


 おかみさんは悲痛な声でうめくように言った。


「でも、あの子が生きているのがわかるわ。不思議だこと。ここに立っていると、まるであの子が近くにいるみたいに、存在を感じるなんて……」


 僕とトニオさんは顔を見合わせた。


「僕を探してるんだ!」


 おかみさんは僕を探しに〈赤い冠島〉へ来たんだ!

 僕はうれしくて涙があふれた!


「おかみさん! 僕はここにいるのに――!?」


 呼べど叫べど、おかみさんは反応しない。

 僕らにはおかみさんが見えるし声も聞こえるけど、僕らの姿も声も、おかみさんには届かないんだ。

 トニオさんが空を見上げた。


「満月だ。でも――僕らが見ているこの景色は、ほんとうに、今夜の景色なのかな?」

「トニオさん? どういう意味ですか?」


 月の色がさまざまなのは、僕も知っている。

 満月ならば黄金色の真円になると思い込みがちだが、それは詩的な月のイメージだ。

 月が反射する光の色は、季節や月の高度によっても異なるのである。


「あの月の色だが、薄い青色だと思わないか? 月の色は季節によって違うんだ。夏は青味を帯びているし、冬が近くなると赤みが強くなるんだ」


 満月ならば黄金色の真円になると思い込みがちだが、それは詩的な月のイメージだ。

 月が反射する光の色は、季節や月の高度によっても異なるのである。


「ヴェネチアーナ共和国の月はもっとオレンジ色に近かった。ここは夏が終わって、秋になったころじゃないかな」


 トニオさんの目はたしかだ。

 ヴェネチアーナ共和国では、船乗りは月の運行や星座についての知識は必須だそうだ。

 船の針路を決めるのは、いまは航海図と羅針盤だけど、昔は夜、月と星座の位置から船のいる位置を計算したという。


 ついさっきまでヴェネチアーナ共和国で見ていた月は、もっと暖色系だった。レモン色に近い淡いオレンジ色――たしかに、あのおかみさんのマントにも似た色だった。


「つまり、去年の秋頃か。……ということは、ここは過去の世界? 僕が脱出した後くらいかな」

「きみが脱出したのは秋分の日だったね。ここが秋なら、ちょうど入れ違いになってしまったんだ」


 おかみさんはなにかつぶやいていた。


「ここはなにか変だわ。まるで魔法で浄化されたみたいに何も無い……。伝説では遠国の王子が呪いをかけたと……」


 首を傾げていたおかみさんだったが、おもむろに右手を左の胸へ当てた。拳を握り、その手を前へ突き出す。と、その胸のあたりから、長いヒモのようなものがズラズラと引き出された。そのヒモは銀緑に光り、葉っぱと銀の小花がついた(つる)だとわかった。


 おかみさんは握った蔓の端を、前の砂へ突き立てた。


 砂に植えられた蔓はぐんぐん伸び出した。砂の上で、無数に枝分かれして這いながら広がり、まるで生き物の触手のようにザワザワとうごめいた。

 銀緑の蔓たちは僕らの足下にまでスルスルと伸びてきた。


「うわ!」


 だが、僕らの足に当たると、実体の無い光の映像のようにすり抜けた。


「本物じゃないんだ」


 おかみさんにこんな特技があったなんて!


「すごいな、これが魔法か」


 トニオさんがしみじみと独りごちた。

 銀緑の蔓草は、見える限りの砂浜をたちまち覆い尽くし――パアッ、と光って、光の粒になって、消えていった。


 おかみさんの足下で、小さな木みたいになった三十センチほどの一本を残して。


「ここで何が起こったのか?――さあ、教えてちょうだい」


 一本の蔓草は、その小さな花々から、チラチラと光の粒を放出した。光の粒は風に乗り、ゆ~らゆ~らと揺れながら、内陸の方へ飛んでいく。


「……そう、はじまりは、そこね」


 おかみさんがふり向いた。

 風が吹いた。

 周囲の景色がゆがんだ。世界を構成するあらゆる色がにじみ、溶けるように混ざり合って、風の中に渦巻いた。

 僕はめまいがしそうになり、慌てて目を閉じた。


 風が止まった。


 急いで目を開けた。


 渦巻く色は停止していた。


 次の瞬間、景色は固まった。

 僕らは壁に囲まれた室内にいた。


 おかみさんの後ろ姿があった。


 男達のがさつな笑い声がした。

 海賊どもがいた。

 戦利品を前に狂喜している。

 やけに豪華な飾り棚の前に、過去の僕がいた。子ども達と人質の女性も……。


 僕はこの光景を知っている。

 これからここで起こったことも。


「ニザくん、ここは?」

「海賊船の船長室です。海賊は、ここで、僕らに略奪品を見せたんです」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ