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太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


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その百三:マルセノ親方とおかみさんが〈赤い冠島〉へ到着した日

〈赤い冠島〉への渡航は、難しかった。

 マルセノ親方とおかみさんは、それをつくづく思い知った。


 ヴェネチアーナ共和国海軍の基地司令官の言ったことは誇張ではなかったのだ。


 どんな船でも良い、ただ運んでもらえればと考えていたが、いくらおかみさんがすぐれた魔法使いだろうと境海を簡単に渡ることができないように、どれほど優秀な船と船乗りでも、それなりの準備をしなければ航海へは出られないのだ。


 冒険家達は帰国後すみやかに後援者の船会社へ報告をすませ、優勝祝いの宴会に出る義務をこなし、報酬に加えて成功ボーナスを受け取る手続きのため、一週間を費やした。


 本来ならのんびり休暇を取るところだが、今回は急ぎ次の冒険が決まっている。

 休暇は三日間にしてもらい、六日目の朝に〈疾風の海星号〉へ集合した。


 おかみさんはボルティ船長へ、前金としてまとまった金額を渡した。


 ボルティ船長たちはその金で、大型ヨットでの航海に必要な新しい装置や備品の補充、保存の利く大量の食料などを購入した。


 準備は着々と進み、いつでも出港できるように船旅の仕度は調った。

〈赤い冠島〉への正式な渡航許可以外は。




 大型ヨットでの船旅は快適だった。


 良い風のおかげで、三週間かかると予測していた航路は二週間に縮まったし、船酔いはしたものの、軽くすんだのも幸運だった。


 船長の指示で船員達が帆柱に群がり、統一された動きで帆をたたんでゆく。

〈疾風の海星号〉は、ゆるやかに速度を落とした。


 操帆中は帆が動いてあぶないし、働く乗員の邪魔になるから甲板に出ないよう言いつけられていたが、おかみさんは船室から甲板に出てきた。


 ヴェネチアーナ共和国の港湾局で購入した最新の海図によれば、あの島はこの海域で最大の島である。

 近海には広大な珊瑚礁もある。島周辺の沿岸や海底地形を知らずに大型船を進めれば、浅瀬に乗り上げ座礁する。そこを海賊に襲われればひとたまりもない。


 ただ、不運な遭難者が略奪および虐殺の犠牲となったのは今はもう昔の話だとガイドブックには書かれている。


 丸い地球の海とは異なり、境海はどこまでも平らかだ。船が海の彼方で見えなくなる水平線の距離は、地球よりもはるか遠くにある。


〈赤い冠島〉が見えた。


 大洋のただなかにポツンと浮かぶ孤島――想像していたほど小さくないし、冒険活劇のお話に出てくるような、住んでいるのは海賊船の乗員ばかりというわけでもない。


 おかみさんは喜んだ。


 が、船がゆっくりと旋回するのを感じて、ギョッとした。


「ボルティ船長、どうして方向転換するの?」

「しぃッ! しずかにしてください!」


 おかみさんが声をあげるのを制して、船長は操舵輪をさらに右へ回し、しずかに船を右方向へと向けた。


 おかみさんはボルティ船長へ近づき、声をひそめて話しかけた。


「船長、せっかくここまで来たのに、どうしてまっすぐ島まで行かないのですか?」


 船長も乗員達も耳を澄ませている。

 波の音しか聞こえないが……。


「これ以上島に近づけば、見張りがいたら簡単に発見されますよ。ここらでいったん様子を見ましょう。上陸のタイミングを狙うのはそれからです」


 大型ヨット船〈疾風の海星号〉は、今夜はここで停泊することになった。

 ボルティ船長は船室で海図を広げ、ヨットが現在見える〈赤い冠島〉のどのあたりにいるのかを説明した。


「ここは島の北側です。島民の九十%が島の南側にある街に住んでいます。島の北側一帯はほぼ無人の土地らしいが、相手は海賊、どこかに見張りくらいいるでしょう。島に近づく船には警戒しているでしょうから、不用意に上陸すれば何をされるかわかりません」


 ボルティ船長がいうには、この海域に到着するまでなにごとも、それこそ海軍の船にも海賊にも出会わなかったのは、まったくの幸運だという。


 それから一日をかけて、ボルティ船長は東西を往復した。小型ボートを出し、朝と昼と夜に、島に近づいて様子をうかがった。


 三日間の観察でわかったのは、〈赤い冠島〉の北側には建築物は一切無く、見回りの船も来なかったということだ。


「上陸は明日の真夜中にしましょう」

「そんなに待っていられないわ」


 おかみさんは淡いオレンジ色のフード付きマントを羽織り、マルセノ親方と甲板へ出ていった。


 ボルティ船長は追いかけた。


 甲板には五人の乗員が夜勤を務めている。みんな二週間の間にヒゲが伸びた。


 あぶないですよ、と声を掛けられたが、おかみさんは右舷に立った。

 頭上には天の川(ミルキーウェイ)。降るような星空だ。真円の月は夜空の女王さながら、燦然(さんぜん)と輝いていた。


「なんて都合がいいんでしょう。そうよ、今夜は満月だったわ」

「はは、すぐにも上陸できそうだな」

「マルセノ夫人、親方!」


 ボルティ船長は呼びかけた。


「今夜は年に数度ある大潮(おおしお)の日でもあります。海賊もこんな夜は普段よりも侵入者に警戒しているはずですよ」


 海賊がこの大型ヨットを見つけたら、大喜びで拿捕(だほ)するだろう。乗員は全員逮捕される。罪状は〈赤い冠島〉国へのスパイ容疑だ。そうして身代金を要求されるだろう。


「あら、わたしは魔法使いですもの。ねえ、あなた」

「ああそうだな。いつもながらきみは強運だ」


 マルセノ親方は笑った。


「二度と〈境目〉のような不覚はとらないわ」


 おかみさんは右手を軽く挙げた。前へ向けたその手の平から、淡い月光にも似た光が生まれた。蛍火みたいな光はまるくふくらんで浮かび、おかみさんから三歩ほど前方へ飛んで甲板へ落ち、そこでふわんふわんとわだかまった。


 おかみさんは両手をあげ、頭にかぶったフードの左右の側頭部でなにかを摘まんで引っ張った。


 フードの縁に(ほどこ)されている小さな花の刺繍(ししゆう)。そこから銀緑(ぎんりよく)に光る細いヒモのようなものがスルスル、と引き出された。細い緑の茎に小さな葉っぱと無数の銀の花がついている。花蔓(はなづる)だ。


 長い花蔓は空中をふわりと踊り、おかみさんが体の前で両手をサッと振り下ろすと、左右の二本とも、おかみさんの足下の蛍火みたいな光に突き刺さり、吸い込まれた。


 と、次の瞬間、そこから銀緑の花蔓が、ブワッと大量に湧き出した!


 おかみさんの前に銀緑の花蔓が、まるで太いとぐろをまくように、どんどん積み上がっていく。


 やがて花蔓はおかみさんの腰の高さまでこんもりした山になり、月光をうけて混じりけのない銀色に輝いた。


「タネはみどりに

 みどりは芽吹(めぶ)

 青い花は青い小鳥に!」


 銀緑の花蔓のかたまりがまばゆく光った。

 その中央から、一条の青い光が真上に吹き上げた。


――ピーッ、チチチチ、チチッ……。


 青い小鳥だ。数えきれぬ青い小鳥たちが騒がしく羽ばたいて、青いつむじ風さながら天空へと駆け上る。


 一羽が、おかみさんの頭上を旋回(せんかい)した。


 ピーピピピ、チチ、チチチィ!


「そうよ。あの子を探してちょうだい。さあ、おいき!」


 おかみさんが手を振ると、青い小鳥は小さな翼を羽ばたかせ、〈赤い冠島〉のほうへ飛んでいった。


「これですぐに情報が集まるわ」


 ふっ、と小鳥の声が聞こえなくなった。


「あれ、いなくなった?」


 乗員のだれかがつぶやいた。

 空に青い小鳥は一羽もいない。

 甲板に盛り上がっていた銀緑の花蔓もすっかり消えている。


「あれ? まぼろしだったのか」

「いや、俺たちみんなが見ていただろう?」


 ボルティ船長と乗員たちは、お互いの困惑した表情を確認し合っていると……。


――ピゥーイィー、ルールルル……!


 一羽の青い小鳥が、月を背にして飛んできて、おかみさんが突き出した右拳に留まった。


「おかえり。さあ、教えてちょうだい」


――ピチピチピチ、ピィーイ、チチチッ!


 おかみさんの目が、徐々に大きく見開かれた。


「なんですって――!?」

「で、ニザはどこにいるって?」


 マルセノ親方は横からおかみさんを覗き込んだが、


「――――いないって」


 おかみさんは呆然とつぶやいた。


「なんだって?」

「ここにニザは、もういない。……島のどこにもいないそうよ。あらゆる建物の中を、山裾の洞窟の奥まで、青い小鳥の目で探したけど、ニザは見つからなかったって……」

「おい、冗談じゃないぞ」


 マルセノ親方は青ざめた。


「まさか、海賊に殺されたのか!?」

「ちがうわ、生きているわ! 境海を隔てていたって、家族ですもの、そのくらいわかるわよ。でも、それ以上は、ここからでは――」


 青い小鳥はおかみさんの右手から飛び立ち、虚空へと消えた。

 おかみさんは青い小鳥が消えた空間を、じっと見つめていた。


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