その百一:おかみさんとマルセノ親方は、いかにして〈赤い冠島〉へいったのか?
大型ヨット〈疾風の海星号〉は冒険家たちの船だ。オーナーはヨウ・ボルティ船長。さきほどカンパイの音頭を取っていた青年である。彼らは若く、全員二十代半ばである。
彼らは後援者から集めた寄付金で冒険航海をするプロの冒険家チームだ。ときには船会社からの依頼で新しい船体材料を使った船のテスト航海や、海洋考古学の研究に協力して昔の航路の検証実験なども行うことで、関係者のあいだでは有名である。
今回の国際ヨットレースへの参加は、改造した船のテストを兼ねていた。
そして彼らは優勝した。あのテーブルに置いてある黄金のトロフィーを携え、別の大陸にある母国へと凱旋するのだ。
スポンサーである船会社へ報告をして報酬を受け取れば、契約は終了。次の冒険が待っている。
若い青年の給仕は彼らのファンらしく、なかなか熱心な口調で教えてくれた。
「なるほど、冒険家ねえ。そんな仕事の人もいるんだね」
「恐れ知らずの海の男というより、陽気な船乗り達ってかんじね」
マルセノ親方とおかみさんは感心した。
「次の冒険が決まっているかは知りませんが、冒険家達は常に次の冒険に出資してくれる後援者を募集していますよ。彼らを雇いたいなら、直接ご相談されてはいかがでしょう」
「そうしよう。仲介を頼めるかな?」
マルセノ親方は給仕にさっとチップを握らせ、ついでに冒険家チームのテーブルへ少しばかり上等なワインを一ダース差し入れるように頼んだ。
若い給仕は満面の笑顔で「おまかせください」と、いったん厨房へ引っ込んでワインの用意をしてから、ワインを積んだワゴンを押し、にぎやかにやっている冒険家の宴席へ運んできた。ワインの給仕をしながらさりげなく船長に近づいて、なにやら耳打ちしている。
船長はおや? と驚いた顔をしてから、マルセノ親方とおかみさんのほうへ顔を向け、にっこりうなずいた。
給仕が急ぎもどってきた。
「ボルティ船長から、勝利の宴へのお招きです。美味しいワインの御礼に、ぜひそちらのご相談にのりたいと申しております」
マルセノ親方とおかみさんは冒険家チームのテーブルへ移動した。
勝利の宴のテーブルは、長いテーブルを二つくっつけてあり、仲間達が詰めて開けた空間にマルセノ親方とおかみさんの椅子が追加された。
よく日焼けしたボルティ船長はワインのお礼を言い、歓迎してくれた。
「やあ、どうも。国際ヨットレースで優勝されたそうだね。おめでとう!」
「ありがとうございます!」
マルセノ親方とボルティ船長は握手した。それからマルセノ親方とおかみさんはボルティ船長の左隣へ並んで座った。
「お祝いを申し上げますわ。いまはお忙しいのではなくて?」
「いえいえ、後援者のお申し出はありがたいので、よほどでないかぎり断らない主義なんです。それであなた方は、僕らの船を雇いたいというお話ですが、ご旅行ですか? でも、僕らに頼みたいということは、通常の定期船が行かないような辺境の海でしょうか?」
嬉しげなボルティ船長。頭の中ではすでに大型ヨットに気前の良い金持ち客を乗せ、辺境の海を颯爽と進む光景を想像しているのだろう。
「〈赤い冠島〉へ行きたいのです」
マルセノ親方とおかみさんは、ストレートに切り出した。彼らは事情を聞いてから、拒否する権利がある。無関係な冒険家達を危険な目にあわせるつもりは毛頭無い。だが、目的地は境海世界でも指折りの危険地帯にちがいないのだ。
「〈赤い冠島〉への往復ですか!? しかもこっそり上陸もすると!?」
どんな大荒れの海にも怯まぬ冒険家たちも、さすがにこの申し出には驚愕したようだ。
「〈赤い冠島〉ってーと、あそこだろ? あの昔からある海賊と難破船の伝説の……」
「ああ、いにしえの海竜が棲むっていう海域の近くだ。ほら、赤い海賊の幽霊を乗せた海賊船が出るっていう気色悪い噂が……」
「おい、あまり変な話をするなよ」
ボルティ船長は仲間を軽くたしなめた。
「私たちが乗っていた旅客船が海賊に襲われて、息子が連れ去られましたの。一刻も早く息子を助けに行きたいのです。奪われた財産も取り戻したいのですわ」
冒険家達は口々にお気の毒に、と同情の言葉を述べた。マルセノ親方とおかみさんが危険地帯へ行きたい理由には大いに共感してもらえたようだ。
「息子さんがあの島の海賊に誘拐された経緯はわかりました。ご心痛お察しいたします」
若き冒険家ボルティ船長の言葉には誠実さといたわりが感じられた。
「それで足の速い船を雇って、一刻も早くあの島へ行きたいというお気持ちもよくわかります。ですが、あの島がどういう島なのか、ほんとうにご存じなのでしょうか?」
ボルティ船長は慎重に訊ねてきた。
「ええ。それは海軍基地の司令官から嫌というほど説明されたわ。まるごと海賊の王国ね」
民間船はけっして近づいてはならない危険地帯、個人で行くなどもってのほかと、基地司令官に何度も警告された。
けっきょく基地司令官との話し合いは話にもならないまま決裂したので、マルセノ親方とおかみさんはとっとと基地から出てきたのである。(すべておかみさん視点である)
「そうです。あの島国の人々は先祖代々、海賊を生業とする犯罪者集団なんです。どうしてまたあんなところへ、ご夫婦だけで乗り込みたいのですか?」
おかみさんは、自分が魔法使いであること、自ら島へ赴いて息子を取り返せば、そくざに海賊どもを壊滅状態へ追い込め、奪われた財産をすべて取り返せることも説明した。
「しかし、あの島へ上陸するのは危険です。近づくだけでも事前に入念な準備がいります。そのためのじゅうぶんな資金も必要です」
「必要経費なら喜んで、前払いしましてよ。まさか冒険家のあなたまでたくさんの護衛が必要とおっしゃるの?」
「〈赤い冠島〉の海賊は甘い相手ではありませんよ。最近のやつらは人質を殺さない方針だと噂がありますが、現実には、あの島の近くで消息を断った者が数えきれないほどいるんです。あの島は有名な危険地帯なんですよ」
「だったら、なおさら急いで息子を取りもどさないといけないわ」
「人質にされているなら、息子さんは丁重に扱われているでしょう。少なくとも今日明日に生命の心配をするようなことはないはずです」
「詳しいのですね、船長さん」
「〈赤い冠島〉といえば、境海世界でも有名な海賊の島。決して近づいてはいけない呪われた島だと、船乗りの間では有名です」
「では、あなたがたもあの島へ行くのは無理だと?」
マルセノ親方とおかみさんはあきらめかけたが、
「いえ、ちょっとお時間をいただけますか。仲間と相談したいので」
ボルティ船長たちはチームで〈冒険家〉だ。
船はオーナーであるボルティ船長名義だが、一存で勝手な航海はできない。頼もしい仲間が揃っているからこそ操帆の難しい大型ヨットを自由自在に操れ、最速を出せるのだから。
「第一級の危険地帯へ行くにひとしい、危険きわまりない冒険です。ほかの誰かがチャレンジした話は聞いたことがありません。僕らにとってどんなメリットがあってデメリットがあるか、ざっくりまとめてみますから!――というわけで、ワインでも飲みながら、ちょっと待っててください」
そういってボルティ船長はニヤリと不敵に笑ってみせた。




