十挺目 誘い
「俺はもう帰るけど、お前らは何処に行くんだ?」
クッキーのアソートを買い、洋菓子店を退店した俺は同じく退店した二人にそう聞いた。
「あ、私、アイスクリーム食べたいです。美味しくて高い奴」
突然、思い付いたようにそんなことを言うツインテちゃん。......高いアイスと聞いて思い出すのは今朝の歌姫だ。投げ銭で計4000円のアイス代を投げられていた。
「ツインテちゃん、歌歌うのとか好き?」
「突然、何ですか藪から棒に。好きですよ。私、かなり上手いです」
「自分で言うのか」
「あ? 何ですか秋也さんその言い草は。疑うなら今からカラオケでも行きましょうか?」
頬を膨らませながら鈴木にそう言うツインテちゃん。
「......俺は良いけど」
「あ、今、ちょっとラッキーと思ったでしょ秋也さん。こんな時間からカラオケとか行く訳ないじゃないですか。ばーか」
「たまむらあ」
虐められてメンタルがボロボロになった鈴木が縋り付くように俺の名前を呼んできた。俺はそっと顔を逸らす。
「お前らの特殊プレイに俺を巻き込むな」
「......行くなら今度、朝からフリータイムで行きましょうね」
「ああ!」
「うわ、単純。喜び方がキモい」
「たまむらあ」
「だから、巻き込むなって」
俺は苦笑しつつ、空を見上げた。フォス姫、今頃、アイス食べてんのかな。
「ほら、秋也さん、アイス食べに行きますよ」
......でも、ツインテちゃんの声、若干、フォス姫に似てる気がするんだよな。いや、きっと、気のせいだ。精々、二人で土曜日の昼下がりを楽しめ。
そう思いながら俺は彼らに別れを告げて、アパートへと急いだ。
202号室、不知火の家を訪ねた俺はインターフォンを押して暫し待った。すると、向こう側が応答ボタンを押してくれた音が聞こえて来る。
「ぬいもち、開けてー」
俺はその音を聞き逃さず、不知火にそう言った。これで扉の向こうにいるのが、訪問販売や新聞の勧誘ではなく、人畜無害な霊群さんだと分かるだろう。
「要りません」
「押し売りじゃねえって。お前は押し売りにぬいもち呼ばわりされてんのか」
「お引き取りください」
「マイネームイズ、タマムラソウ! クッジュウオープンザドアー?」
「Speak japanese.」
当たり強。
「霊群蒼です。開けてください」
「要りません」
ちゃんと名乗ってもまだ訪問販売だと思われている。どうしろって言うんだ。
「昨日のお礼がしたくてさ。頼むよ。開けてくれ」
真面目なトーンで俺が言ったその言葉に不知火が返してきたのは無言。てっきり、無視されたのかと思ったが、その数秒後、扉がガチャリと勢いよく開いた。
「しつこい。不退去罪で訴えられたいのかしら。んう......」
眠たそうに欠伸をする不知火。言葉にキレがない。相当、眠いのだろう。というか、最後の『んう......』妙に色気があったな。
「はいはい、直ぐに帰るって。だから、せめて、これだけは受け取ってくれ」
俺は先程、買ってきたクッキーのアソートの袋を手渡した。
「お前、私に初めて会った時、菓子折りを突き返されたの忘れたの? そんな人間に性懲りも無く菓子折りを渡すとか頭沸......」
「いいから、貰えるものは貰っておけ。本当に昨日はありがとうな。助かった」
俺は強引に不知火の手に菓子折りを持たせると、俺は軽く頭を下げた。
「......愚かね。完治したつもりらしいけれど、風邪が一日程度で治るわけないでしょう。顔色も悪いし。身の程を弁えて、家で死体みたいに転がってなさい。こんなもの買いに行く時間があるのなら」
吐き捨てるように不知火は言う。しかし、袋を俺に突き返そうとはしなかった。
「翻訳すると『病み上がりだし、心配だからゆっくり休んでて欲しい』ってところか」
「解釈は自由よ。精々、好きなように妄想の翼を広げなさい」
赤毛のアンみたいな言い回し止めろ。
「じゃあぬいちゃんに言われた通り、今日は安静にしとくから、その代わりに明日の日曜、俺が完治してたら一緒にお出掛けしない?」
「あ?」
相槌の当たりつよ。
「今日、知り合いのカップルと会ったんだよ。その二人が妙に羨ましてさ。それで、ぬいもちと出掛けられたら楽しそうだなあって」
「断る」
「即答ですか」
「お前と出掛けたところで私にメリットが無いし、時間の無駄。これでも私、忙しいのよ」
「というと?」
「勉強とか、色々あるのよ。人のプライベートにまで首を突っ込むな」
怒られてしまった。
「そっかあ。一緒に出かけてくれるなら今日の夕飯は豪華にしようと思ったんだけどなあ。駄目かあ」
俺がわざとらしくそんな独り言を言うと、彼女は眉を顰め、鋭い眼光で俺のことを睨み付けてきた。
「......具体的には」
「手作りコロッケとカレーでコロッケカレーにしようかなと」
俺の言葉に不知火はゴクリと唾を飲んだ。
「カレーはレトルト?」
「無論手作り。具材を一時間ほどじっくりコトコト」
「......不味かったら許さないから」
不知火はそう言い残すと、クッキーの袋を持って家に入り、扉を閉めた。どうやら、俺は不知火の胃をある程度掴むことに成功していたらしい。




