後編
夏休み。
私はステラを連れて実家に帰る。
屋敷に平民を連れていくこと、私の客人として扱うこと。
最初は両親に渋い顔をされたけど、アルファルドが手紙を出すと態度が一片した。
「婚約はせずとも、ハミルトン家とは今後とも長く良い付き合いをしていきたい。可憐に咲く百合を手折るような野暮な真似は、よもやすまいな?」
権力に弱い両親はあっさりステラの存在を認めた。
こうして私たちは心おきなく研究に没頭できることになった。
「原理は【魔力加熱器】と同じだけど、小型化して料理用にするとなると難しいわね」
「【魔力加熱器】の小型化と考えているからダメなのかもしれないよ。用途が違うのだから発想を転換してみたらどうかな? たとえばこんな風に――」
意見をぶつけ合い、試作品を重ねていく。
ずっと部屋に籠っていると煮詰まってしまうから、気分転換に湖に出かける。
「ステラ、あなた泳げないの?」
「う~……だって私が生まれ育った土地には、水場がなかったんだもん」
「拗ねないで。教えてあげる。ステラは物覚えが早いからすぐ覚えられるわ。ほら、私に掴まって。そう、いい感じよ」
「そ、そうかな? えへへ……」
水着に着替えた私たちは浅瀬で遊ぶ。
ステラは白のフリルワンピース、私は赤のパレオだ。
ステラは私にしがみついてバタ足を練習する。
物覚えがいいから半日も練習すると、簡単に習得してしまった。
「ね、私の言った通りだったでしょ?」
「そ、そうだね……」
「どうしたの?」
「えっと、その……」
腕の中でステラがもじもじと身をよじる。
見かけによらず、意外と豊満な胸が密着している。
……これは……色々とまずい気がする……。
「ひ、日が暮れる前に屋敷へ戻りましょうか!」
「う、うん!」
なんとなくギクシャクした雰囲気のまま、屋敷へ戻った。
***
それからも私たちの日々は魔力コンロの研究に費やされる。
幾度かの試作を経て、ようやくイメージに近いコンロが完成した。
試しに私が料理してみる。
……うん、熱加減の調整バッチリだからうまくできた!
ベーコンエッグに野菜炒め、ステーキ、シチュー、他にもいろんな料理を試してみる。
短時間でさっと炒める料理も、じっくり煮込む料理も、焼き加減に調整が必要な料理も、全部バッチリだ。
「ねえ、ステラも味見してみて!」
「うん! ……」
「? 口をぽかんと開けてどうしたの?」
「え? 食べさせてくれるんじゃないの?」
「はっ!? こ、子供じゃないんだからっ!」
「えー、食べさせてくれないの? 残念……」
「……一口だけだからね。はい、あーん」
「コーデリア優しい、大好き! あーん」
シチューを掬って、ふーふーして食べさせる。
ステラはこの上なく幸せそうな笑顔を浮かべて食べた。
***
それからの日々は、魔力コンロの発表と特許に向けて動き出した。
学会に発表し、試作品をいくつか商人ギルド経由で売りに出す。
評判はかなり良い。
魔力コンロで作れる簡単なレシピもセットにしたところ、試作品は飛ぶように売れた。
もちろん特許も取る。
魔力コンロには【C&S工房】のロゴを入れ、模倣できないようにする。
【C&S工房】のロゴが入っていない魔力コンロは違法品として摘発される。
ちなみに【C&S工房】は、コーデリアとステラの頭文字から取った名前だ。
「明日からまた魔法学院生活ね」
「うん……コーデリアとこんな風に枕を並べて寝るのも、しばらくお預けだね。寂しいな」
夜。ステラと私は、私の部屋のベッドで枕を並べていた。
カーテンを開けているから、窓から月と星の光が降り注ぐ。
幻想的な風景。私を信じ切っているステラの澄んだ瞳。
……不意に罪悪感が湧いてきた。とめどない罪悪感が。
「ねえステラ。私が……そうね、未来に起こり得る出来事を知っている、と言ったら信じる?」
「急にどうしたの?」
「あなたと出会った日に、これから先に起こる未来が垣間見えたの。
あなたはアルファルド様や……あるいはユミルやヴィル、マルクと結ばれて幸せな一生を過ごす。私はそんなあなたに嫉妬して苛める。その結果、私は破滅してしまう。そんな未来が見えたの」
「おかしな未来ね」
「いいえ、その未来の方が正しかったのよ。だけど私は、私は……破滅したくないばかりに、
あなたの運命を変えてしまった」
「……」
「私はあなたにひどいことをした。どんなに償っても償いきれないでしょう。
……だからせめて、あなたに何かを与えたくて。あなたの運命を変えてしまった代償に、何か……価値のある物を、財産になるような物を。
これから私は沢山の魔道具を作っていくつもりよ。それは全部【C&S工房】で特許を取るわ。そして【C&S工房】はすべてあなたにあげる。卒業後の財産にしてちょうだい」
「……コーデリア」
「そして――私との関係も、もう終わりにしましょう。私から振ったことにしましょう。
あなたはワガママ令嬢の遊びに振り回されたということにして。そうすればあなたは一切責められない。
それどころか同情が集まるでしょう。アルファルド殿下や、他の殿方たちとこれから仲良くなることもできるわ。
それがあなたにとって一番良い選択肢だと思うの。だから――っ!?」
一方的に捲し立てる口に、柔らかいものが重なった。
柔らかくて、温かくて、いい匂いで、気持ちのいい何か。
ステラの唇だと気付いた時には、顔が離れていた。
……え?
い、今の、何!?
ひょっとして、キス……!?
ファーストキスっ!?!?!?
「……その反応、コーデリア、キスは初めてだった?」
「あ、あ、あ、当たり前でしょうっ!? ステラは違うの!?」
「ううん、私も初めて。でも不意打ちでコーデリアの大切なファーストキスを奪っちゃったから。今ので帳消しにしてあげるね」
「え……!?」
「私はね、今の自分が好きだよ」
ステラは私の肩に手を回す。
胸と胸が密着する。ステラの鼓動が伝わってくる。私の鼓動もきっとステラに伝わっている。
……すごくドキドキしている。どっちの鼓動だか分からないぐらい。どちらの鼓動も混ざり合って、激しい心音を刻む。
「コーデリアの言うような未来も、あったのかもしれないね。
でも、こうなることを望んだのは私だから。あの日、コーデリアの気持ちに応えようと思ったのは私自身だから。
コーデリアと出会ってから、毎日がキラキラしていて楽しかったよ。
これからもずっと続いてほしいと思った。……ううん、続いてほしいと思ってる」
「ステラ……」
「コーデリアは私のこと、好き? 最初はどうだったか分からないけど、今はどうなの?」
「……好き、だと思う」
そう。いつからか、私はステラに本気で惹かれていた。
だからこそ自分の醜さに耐えきれなくなった。
自分本位な理由で、彼女の幸せを奪ってしまった自分に。
だから、もう身を引こうと思った。
ステラを弄んだと罵られて、破滅に向かってもいい。
そう思うぐらいに、彼女のことが好きになっていた。
でも――ステラは私の醜さを許してくれた。
私と一緒にいたいと言ってくれた。
なら、素直に気持ちを伝えないと。
信じてもらえるかどうか分からないけど。一度は嘘で振り回してしまったけど。
だからこそ……これ以上ステラに嘘を吐きたくなかった。
「うん、ありがと。私も好きだよ。コーデリアが大好き」
「ステラ……」
「きっかけなんて何でもいいの。最初は本物じゃなくても構わない。
私はコーデリアが好きで、今のコーデリアも私が好き。これ以上に望むものなんて、ある?」
「……ない、わ」
「ね」
ステラは目を瞑る。
またキスされるのかと身構えるけど、ステラは動かない。
……今度は私からしてほしい、という意志表示だ。
私は息を呑み、震える心臓に破裂するなと命じながら、そっと唇を重ねた。
「えへへへ……なんだかうっとりしちゃう、ね?」
「そう……ね」
いつか読んだ本のように、ステラの唇は柔らかくていい匂いがした。
そして甘かった。歯を磨いたばかりなのに、どうして甘い味がするんだろう?
確かめたくて、もう一度キスをする。……やっぱり、甘い。
「ステラ……あなた、こっそりお菓子を食べたでしょう?」
「な、なんのことかな〜??」
「とぼけても無駄よ。歯を磨いた後でお菓子を食べるのはやめなさいって何度も言っているのに」
「それ、今この状況で言う? ムード台無しだよ〜!」
「ステラのせいね。……これで完全に帳消しよ」
「え?」
「私たちの間には、もう何のわだかまりもない。……ということで、いいのよね?」
「当たり前だよ、コーデリアーっ!」
「わぅっ!?」
「えへへへ、大好き。ずっとずっと、ずーっと一緒にいようね!」
「……ええ、約束よ」
子犬のように私の胸へ飛び込むステラ。
彼女の髪を撫でながら、私の心は温かく満たされていた。
***
私たちは魔法学院での生活に戻る。
二学期になってからも、私たちの日常は変わらない。
「おはよう、コーデリア!」
「ええ、おはようステラ」
朝はステラが私の部屋まで迎えに来て、一緒に学び舎へ向かう。
お昼を一緒に食べて、放課後は図書館で勉強。あるいは新しい魔道具について意見を交わす。
そこまでは以前と同じ。
でも、二学期から追加された習慣がある。
それは――たまにこっそり、お互いの部屋に泊まるようになったこと。
週3のペースでどっちかの部屋に泊まっている。
「私としては週5でもいいんだけどねぇ」
「そ、そんな頻度で部屋を空けていたらすぐにバレるでしょうっ!」
「え~? それは困るなあ。在学中にもっと勉強して、魔道具開発に活かしたいもんね」
「そうでしょう! だから今夜は――」
「今夜は泊まりの日、だよね? 後でコーデリアの部屋に行くねっ♪」
「……」
「えへへ、真っ赤になっちゃって可愛い~」
「もう! 最近調子に乗りすぎよっ!」
「ごめんってば~!」
寮と学び舎を繋ぐ小道を、じゃれ合いながら歩く。
悪役令嬢に転生した私は、破滅フラグを回避する為に乙女ゲームのヒロインにトチ狂って告白してしまった。
最初はどうなることかと思ったけど、こんなに幸せな未来を私たちは手に入れた。
私たちの日々は、これから先も続いていく。
しっかりと手を繋ぎ、同じ道を歩んでいく。
これからも、ずっと――。
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