コーヒーブレイク12
俺の発した「ベンティ」の一言で、オーダーシートの厚みが半分以上も消失し何故だか輝き始めた。
本来なら、こんな不思議な状況に驚いて唱和を止めるのだろうが、なぜか俺は全く気にすることもなく逆に、どんどんと精神統一されていく様な物を感じていた。
(すごく安心する……もう俺一人じゃないってぞって誰かが呼んでいる気がする)
俺の目の前で、一人の狐男ティム・グレイは「ベンティだと! 神言語で神を意味する言葉だぞ」とか「やめさせろ、何が起きても知らんぞ」とか騒いでいる。だが、そんなティムに誰も構うことなく。皆が俺のオーダー唱和に聞き入っていた。
『オーダー! ベンティエクストラミルクエクストラクリームエクストラチョコレートソースエクストラホイップクワトロエスプレッソショットブラックモカエクストラチップクリームフラプレッソ』
(ふふふ。特大サイズでミルク、クリーム、チョコレートソース、ホイップ増し増しで、エスプレッソ四倍増しのブラックモカチップクリーム増しのエスプレッソフラッペだぜ!)
ドヤ顔でオーダーを唱和し終わった瞬間! 俺の手の中にあったオーダーシートがフワリと浮かび上がると――――――ゴウゴウと音を立てて燃え上がった。
同じくして、俺の意識が薄れていくのが分かる。なんだかとても眠いのだ。
だがそんな俺を無視するかのように、ゴゴゴゴーゴゴゴゴーと地鳴りが聞こえ建物が揺れる。
「だから危険だと言った! 第一召喚士団は各個に精霊召喚しろ、ウォールを展開させろ」
「「「了解であります!」」」
狐男のティムが指示を出していく。それに続くように、タン、アクア、アジュールも急いで指示を出した。
「騎士団は第一から第三まで各代表議席を護衛だ! 外にいる団員には適時警戒を指示しろ」
「「「かしこまりました! タン様」」」
「斥候団は各団長の判断で国内の情報収集、警戒、国民の保護だ。飛べ!」
「「「はい。アジュール様」」」
「えっと。うふふ~。シー助けて~」
「ロロン、ソフィアは『守護者』様の護衛をしなさい。ティムもそこに参加なさい」
「なっ! シー様。私は第一召喚士団の団長です。一人だけを守るなどと許されることではない」
「『守護者』様を最重要優先とします」
くっ。世界樹の巫女の命令なら仕方がないと、ティムが俺の傍についた。なんだかアクアが「わたくしは~」とか言っていたが、騎士団が護衛がついたようだ。
そんな混乱の中、シャキ―ンと強引に何かを切り裂くような音が響くと俺達のいる部屋が! まるでバターをナイフで斜めに切ったように剥き出しとなった。
壁が、天井が、窓が、ズルリと重力に引っ張られていく、だが落下することはなかった。
切り取られた部分が、ボフッと音をたてると真っ黒な砂に変わり……そして消滅した。
雰囲気が一変した大会議室には、個々の任務をこなしつつも呆然とする亜人達。
もうすぐ正午であろう時間であり、本来なら太陽が輝いているはずなのだが……。外の景色は真っ暗だ! 暗雲が立ち込めた空からは太陽の光は一切入ってこない。
俺はこんな状況の中でも襲い来る睡魔と戦っていた。兎に角ものすごい眠い。
「……ダメだ。瞼が重い」
俺は立っていることが厳しくてフラフラとしていた。
「フユノ様……なんかお辛そうですけど大丈夫ですか?」
ロロンが俺の体調の変化に気づき……「横になって下さい」と言ってくれた。
「ありが、と、う」
かろうじて開いている瞼と戦いながら、ロロンの柔らかい膝の上に頭を預けた。いくらなんでもこの状況でグーグーと寝るのは……そんな感情との戦いが続く。
一部を消滅された大会議室には屋外からの「「「ぎゃー」」」とか「「「助けてー」」」などの悲鳴や喧騒が聞こえてくる。
俺は気を強くもって、なんとか外を見ようとするが……そこは漆黒の闇の中だ。
まさに、闇夜の黒牛! 何かを探すなんて不可能かと思われた時だった。紅の玉? が二つ浮いている。二つの玉の間隔はかなり開いているのだが……紅玉といった名称がピタリとくる。
それは隙間から此方を覗いている目玉のようにも見えるのだった。
「……そちが、アオイか?」
唐突に俺に向かって発せられた声は、とても清々しくそれでいて神々しかった。
俺は、ロロンに膝枕をされたままで軽く右手を上げて答えた。
「ああ。俺が冬野葵だ」
「ふん。この隙間ではよく見えないのじゃ」
シャキ―ン、シャキ―ンとまた同じように切断される音が聞こえ……大会議室の天井が、ズルッと傾くと! ボフッという音とともに黒砂に変わり、またも消滅した。
どうも消滅したのは、この大会議室だけでなく。四尻尾議会議事堂の屋根が全て消滅したようだ。
まるでドールハウスと化した建物、上空から覗かれるようにある紅玉が二つ……あまりにも非現実的な出来事に、皆は動く事もできずにただ固まっていた。
そんな中、ロロンが俺を膝枕した状態で、水精霊を召喚したのだろう。薄い水の壁が俺とロロン、ソフィアを包んでいる。
「グルルル、グギャギャギャグオオオオオオオオオ」
耳をつんざくような物凄い咆哮が聞こえると、あたりを闇で包んでいたものがスッと晴れ今まで隠れていた何かが姿を現した。
バアーン! ここにいて、この瞬間を立ち会った者の全ての脳にドラの音が響いたことだろう。
そこに現れたのは、とてつもなく巨大な漆黒の竜だった。
(……ブラックドラゴン!?)
だが、俺はそんな巨大な漆黒竜を目前にしたまま深い眠りに落ちていったのだった。




