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 その後、息子との手合わせを終え、サッパリした気分で私は帰宅の途に着いた。


 キィッ。「あ、お邪魔しています小父様」「災難だったな、オッサン」「ああ、皆。済まない、ずっと待っていてくれたんだね」


 明かりの灯るリビングには三人の子供等に加え、本日最大の功労者である弁護士もひっそりと佇んでいた。

「最初は警察署へ迎えに行くつもりだったんですが、一足先にダイアン君が飛び込んで行くのが見えたので」

「ああ、それでわざわざ……ありがとう、皆。ビ・ジェイ君も」

 低体温の手を掴み、握り締めながら深々と頭を下げる。

「早くて正確な仕事だと、刑事さん達も大層褒めていたよ。本当に助かった。恐らくもう聴取は無いだろうから、今夜は帰ってゆっくり休むといい」

「そうか。なら十全」カクン、と首を横に倒し、「あなた方に何かあっては、Dr.メアリーに顔向け出来ないからな」

 元主治医への信頼の台詞の後、で、刑事は何と?冷静に尋ねる。同時に手を挙げたのはジョシュアだ。

「現場の状況は僕が説明しといたから、割愛してくれてOKだよ」

「頼もしい検死官で助かるよ。では、ここだけの話で頼む。実は―――」

 私は被害者の身元を皮切りに、生前彼がアダムと接触していた事。そして犯行が現在宇宙を震撼させている連続殺人犯の物である件を告げた。

「子供ばかり九人も、ですか……?何て酷い……」 

「アダム。君が脅かし付けた彼について、何か思い出せる事はあるかい?」

「はぁ?思い出すも何もあの餓鬼、俺が声掛ける前からチビってたぞ。警察署まで引き摺れる距離だったからいいものを、でなきゃあんたを呼び出して押し付けてた所だ」

 舌打ち。

「べ、別にキューと一緒だったから遠慮した、とかじゃねえぞ?くれぐれもそこの所誤解するなよな」

「はいはい。けど、そうなるとどう言う事?まさか中学生にもなって尿漏れとか、ねえ桜?」

「どうかしら。ストレスが高じての夜尿症もある位だし、ゼロとは言い切れないけれど……そんな繊細な子が、他人のバイクを盗んだりするのかしら。どうもちぐはぐな気がするわ」

「私もだよ。典型的不良のベー君が、そんなこれ以上無い程虐められる要素を持っていたとは思えない」

 それこそ獣人など霞む程のインパクトだ。

「うんこ垂れはともかく、問題は『同じ街で二人殺す』ってルールの方だよ。しかも何さ、黒髪で緑目って!絶対お兄ちゃん殺しにきてるじゃん!!」

 ブーブー!唇を尖らせ、怒りを爆発させる“紫”を宥める。

「落ち着きなさいジョシュア。ラブレ全体の生徒数を考えれば、流石に候補は彼一人ではないよ。とは言え珍しい組み合わせだ。確率はそれなりに……アダム?」

 話の途中にも関わらず、一人玄関へ向かおうとする“蒼”へ声を掛ける。

「まだ小父様のお話は終わっていないわ。何処へ行くつもり?」

「家に決まってるだろ。そいつがどんなに狂った極悪人だろうが、キューがターゲットでないなら俺には無関係だ」キッパリ。「と言う訳で一足先に帰る。明日は平日なんだ。お前等も遅くならない内に戻れよ」

「待ちなさい、アダム!」

 叫んだ瞬間、引き留めるためのプランが無い事に気付く。子供達の中でもとりわけ頑固で説得の通じない彼だ。生半可な言葉では聞きすらしないだろう。

「何だ、オッサン?」

「あ、いや……!?そうだ!殺害現場で鵺を見たんだよ!!」

 凄惨な光景の直前だったので、今の今まですっかり忘れていた。

 予想通り“蒼”は瞬時に振り返り、マジか!?見事に食い付いた。

「ああ。しかも他でもない彼が、私を遺体のあるトイレまで導いたのだよ。生憎本人はすぐに窓から逃げてしまったがね」

「ええっ!ちょっとオジサン、何で僕が行くまで捕まえといてくれなかったのさ!?あーあ、見たかったのに」

「御免御免。でも噂通りの大人しい獣だったし、きっとその内会え」

「コンラッド・ベイトソン」

 何時に無く頑なな口調で名を呼ぶ弁護士。

「先程から、あなた方は一体何の話をしているのだ?」

「ああ、悪いねビ・ジェイ君。ほら、最近ニュースで報道されている狐頭のUMAだよ。私達は内輪で彼を鵺と呼んでいるんだ」

 説明と同時に、ただでさえ余り良くない血の気が一気に引いた、ように見えた。

「……その奇形獣が、殺人現場に?」

「ああ。ひょっとすると血の臭いに引き寄せられたのかもしれないね。ラブレのような都会では滅多に嗅ぐ機会も」

「………」

「ビ・ジェイ君?」

「……帰る」

 くるっ、すたすたすた。突然の辞去に驚くアダムの脇を通り、脇目も振らず玄関へ。呼び止めようと口を開きかけたが、調書の疲労のためか一拍だけ遅れてしまった。


「ま」バタン。「あ……」


 硬直した私は、やがてそろそろと伸ばした片腕を下ろした。

「何だ、ありゃあ」 

「平気そうに見えて、実は凄く疲れていらしたとか」

 アダムと桜が首を捻る中、相変わらず変な人、最年長者が軽く手を叩く。

「ま、取り敢えず情報交換も済んだし、今夜の所は僕達もお開きにしようよ」

「だな。つーか明日は勿論早朝出勤だよな、オッサン?」

「ああ。頑張って早起きしておくれ、二人共」

「へーへー」

 若干釈然としない気分を抱きつつ、私は子供達を見送るため玄関ドアを開け放った。




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