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「―――心配要らないよ、ビ・ジェイ君。ちょっと発見状況を聞かれるだけさ」
通報から二時間後、ラブレ警察署ロビーにて。努めて明るい口調で事情を説明した私へ、そうか、電話口の弁護士は常通り平坦に返した。
「ただそう言う訳だから、例の手続きはまた後日にしておくれ」
「構わない、特に急ぎでもない事だ。ところで容疑を掛けられる可能性は」
「どうだろうね。一応昨日も登校はしていたんだが」
「充分だ。切る」
ガチャッ。ツー、ツー……。
(やれやれ、相変わらずだな。まあ彼にも何か考えがあるようだし、ここは任せておこうか)
「御連絡は終わりましたか?」
背後で待機中していた五十代の刑事、階級は警部だそうだ、がタイミングを見計らって声を掛けてきた。
「はい。済みません、お待たせしてしまって」
「いえ、お伺いするのはこちらの方ですから。では参りましょう、こちらへ」
バタバタと警官達が行き交う廊下を進み、奥の一室のドアノブへと手を掛けた。
ガチャッ、キィッ。「どうぞ、お掛け下さい」「ありがとうございます」
緊張しつつ取調室のパイプ椅子に腰を下ろす私へ、正面に着いた警部殿は一礼。彼の斜め後ろには三十代前後の若い刑事も着席済みで、何時でも調書を始められるようスタンバイしていた。
「これも規則でしてね、理事長先生。まずは自己紹介をお願いします」
「別に構いませんよ。―――コンラッド・ベイトソン。御存知の通り、ラブレ中央学園の理事長を勤める者です」
カツカツ、ボールペンが紙の上を走る音が響く。
「結構です。にしても街でも有数の名士が第一発見者とは。現場へは一体何の御用で?」
「休日の散歩中、休憩がてら立ち寄ったのですよ」
トイレの外に置き去りだった買い物袋は別れ際、ジョシュアが運んで行ってくれた。万が一を考え、子供達には我が家の合鍵を渡してある。今頃食材は無事冷蔵庫に収められている筈だ。
「木陰で少しの間ぼんやりしていた所、あの公衆トイレから着信音が聞こえて。一向に鳴り止む様子が無いので、誰かの落し物かと思い入ってみれば」
「遺体を発見した、と。それは災難でしたね」
カリカリカリ。
「あの、刑事さん。大変申し上げ難いのですが」
「構いませんよ、どうぞ」
「実は、お恥ずかしながら……余りの事に気が動転してしまい、一度遺体の脚を蹴飛ばしてしまったのです。それにその、故人の携帯も少しだけ閲覧を。勿論持っていたハンカチ越しにで、直接には触れていませんが」
小悪事の告白に、だが警部殿は鷹揚な態度で頷いた。
「正直に申告して頂き感謝します。それ以外に何か気になる事はありますか?」
「いえ、今は特には……ですが、もしかすると他にも不用意に触れてしまった物があるかもしれません。大の大人が情けない話ですが、あんな惨殺体を見るのは生まれて初めてでして……」
過去処理した“スカーレット・ロンド”実験の犠牲者は、全身発疹以外の外傷はほぼ皆無だった。加え、昼間の少年のように未来ある若者でも、
「無理もありません。駆け付けた我々も吐きそうになりました」後方を指差し、「こいつに至っては、その場で昼飯のうどんを戻す有様でしたから」
「警部!?」
「はは。ところで、被害者の身元は判明したのですか?制服は公立校の物でしたが」
同じ学ランながら学園とは微妙にデザインが異なるので、転校の際買い換えた記憶がある。そう……本来ならば、息子は今もあの制服を着ていた筈。
「流石、仰る通りです。それに財布の中にパスポートがありました。名前はジケイド・ベー、十三歳の中学一年生です」
しかも同い年とは……ますます気が重いな。
「でも、まさか『おまる君』がこんな形でまた警察署に来るなんて吃驚ですよ」
筆記を一旦中断し、刑事が顔を上げて呟く。
「『おまる君』?」
「こら、またそうやって変な渾名を!全く、これだから近頃の若者は……」
ブツブツ。
「そう言う先輩だって、ノリノリで『おむつ太郎』とか言っていたくせに。偉い先生の前だからって常識人ぶって、そっちの方がよっぽど恥ずかしいですよ」
「何応、若造が!?」
「まあまあ、お二人共落ち着いて下さい。ええと、ジケイド君はつまり、その……こちらで以前粗相を?」
「ええ。盗難バイクの無免許運転とかで、悪鬼修羅の形相の蒼髪の男性に引き摺られながらジャー、と」
まごう事無きうちのアダムだ。ああ、今思い出した。確か報告レポートに一人補導したと書いてあったな。
「確か理事長さんの所の先生ですよね、あのイケメンの男性。物凄くおっかなかったですけど、生活指導担当ですか?」
「いえ、れっきとした数学教師ですよ」クスッ。「あれでも一応は、ね」




