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「さて。そろそろ君は帰りなさい、ジョシュア。不憫なこの子を何時までもこのままにはしておけない。警察に通報しないと」

 言いつつ携帯を出そうとすると、待った!少年が制止した。

「ねえ、最後にこいつの携帯だけ調べさせてよ。オジサンだって、元々着信音に釣られて入って来たんでしょ。通話相手のお友達、気にならない?案外犯人かもよ」

「君、本当についさっき通り掛かったのかい?―――まぁそうだね。素人なりにここまで現場検証したんだ。物はついでだから軽く覗かせてもらおうか、小さな捜査官殿」

「そう来なくっちゃ♪じゃあはい、オジサンの分の手袋ね」

「ありがとう」

 透明なビニールにピッチリと包まれた右手で、早速折り畳み式の携帯電話を拾った。隣の少年に見え易いよう、気持ち右側へ傾けながら画面を開く。

「最新の着信は……自宅だね。留守電もその番号で三つ入っている」

「ケッ、つまらない奴」

「はは、私達だって人の事は言えないだろう?―――ふむ。メールの差出人は全て友人のようだね」

「最後の既読メールの受信時刻は、昨日の早朝か。やっぱり僕の見立ては間違っていなさそうだね。にしては返信の形跡、って言うか発信履歴自体疎らだ。ちょっとスクロールして」

 ピッピッ。

「どうやらここ二ヶ月程は、一週間に一回位しか送り返していなかったみたいだね。それ以前は一日に二、三通リプライしているのに」

 殺人犯に付き纏われていたなら、寧ろ連絡は増えそうな物だ。いや、持ち主は思春期の男子。友達に弱みは見せたくないと、敢えて接触を抑えていたのかもしれない。

「留守録の内容は想像するまでもないからさ、メールの方を読んでみようよ。そうだな……じゃ、まずはこれ」

 受信日時は二ヶ月前、件名「災難乙」を指差す。差出人はK・G。どうやら被害者は友人をイニシャルで登録していたようだ。


―――お勤め御苦労さん、ジケイド。にしても、お前ともあろう者がサツに捕まるとは情けねえ。俺が言い触らすまでもなく、明日は学校中その話題で持ち切りだろうな。

 取り敢えずテストも近い事だし、謹慎明けまで大人しく勉強でもしとけ。ま、お前みたいな馬鹿には土台無理だろうけどな(笑)。


 メールにリプライは行われていない。その無の履歴こそが、持ち主の受けたショックを雄弁に伝えていた。

「随分と冷たい友人だな。いいや、これは友とすら呼ぶ資格は……」

「類友って奴だよ。屑には屑しか寄って来ない典型的な例。って言うかこの年で前科持ちとか、人生終わってるよ」

 シニカルな笑み。

「却って殺されて良かったかもね。少なくとも家族は泣いてくれるだろうし、帳尻はギリギリ合う」

「………」

 ジョシュアの論理も尤もだ。寧ろ、私より長い時を生きてきた者の言。そこには若輩の教育者如きが掲げる綺麗事とは違う、重々しくも普遍的な真理が横たわっていた。

「納得しないで欲しいな、オジサン。反論する所だよ、今の」

「あ、ああ……そう、だな」

 逆に諭されてしまった。情けない。

「あのね。確かにちょーっと調べただけでもこいつの屑臭は半端無いし、ヒト科脛齧り族ゴキブリ属と呼んでも一向に差し支え無いよ。でもね、ここはハイネお兄ちゃんが真面目に学業に励んでいる街。そんな神聖な場所で殺された罪は重いんだ、万死に値する」

 レヴィアタ君云々はともかく、確かにこれは十五年前のルーシー・レイテッド夫妻事件以来の凶悪犯罪だ。恐らくしばらくは街中厳戒態勢が引かれ、生徒達の相当な動揺も予測される。彼や息子に限らず、外出を控える子も多いだろう。

「ん?今ふと思ったんだけど……まいっか。今度は最新の奴を見せて」

 偶然だが、一番上の受信も件のK・G君だった。顔も本名も知らない間柄だが、彼が二ヶ月の間に友人への思いやりに目覚めていて欲しい。そう願いつつボタンを押す。


―――何だ、まだビビってんのかよ?確かに噂じゃ『あいつ』はかなりヤバいらしいが、所詮は―――お前、最近頭おかしいぞ?


 無意識に零れ出た溜息。矢張りそう易々と人は変わらないか……。

「この文面を見るに、被害者は最近誰かに対し強い恐怖心を抱いていたようだね。殺人犯だろうか?」

「さぁね。可能性がゼロとは言えないけど、判断するには材料不足かな」

 この薄情な文面通りならば、最近の故人の行動パターンは変化していた。この後調査するであろう警察も、その点は留意するに違いない。

「さて、他に調べたいメールはあるかい?」

「取り敢えずは充分かな。ま、必要なら後日自分で調べるよ」

 暗に警察署への不法侵入と捜査情報の盗み見を仄めかし、民間検死官殿は首を縦へと振った。 




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