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やがて彼の足音が聞こえなくなり、改めて為すべき事に思考を巡らせる。
(兎にも角にも、まずは通報だな。いや。先に電話の相手へ、知人が亡くなった件を伝えるべきか?)
だがそうなると、一度は故人の携帯を貸与しなければならない。それは警察の仕事だ。一般人を装い生活する以上、不審を買うような行為は謹まな、
「おーじさん!」「わっ!!?」
危うく心臓が止まりかける。慌てて振り返ると驚かせた張本人、“紫”が後ろ手を組んだポーズで佇んでいた。
「な、何だ、ジョシュアか……ああ、驚かさないでおくれ」
胸を擦り、早鐘と化した動悸を抑える。
「こんな所で何をしているんだね?」
「この公園は僕のお散歩コースだよ。知らなかった?」にこにこ。「って、教えた事無いから当たり前か」
付き合いは長いものの、秘密主義な彼が日中何処で何をしているか、私達は殆ど知らなかった。見た目も幼子のままなので他の二人と違い、教師としては雇用出来ない。一応キューを見守る仕事もあるが、その役目も最近ではすっかり形骸化していた。そもそも彼女の傍には私達三人に加え、あのアンダースン一家もいる。しかも安全な街中でそうそう差し迫る危険、主に不慮の怪我に因る“スカーレット・ロンド”の発覚、がある筈も無かった。
「ところでさっき物凄い悲鳴上げてたけど、何か見つけたの?ケダモノの御隠居も慌てて出て来たし」
言うなりヒョイッ!と私の横を擦り抜ける。そして遺体を“イノセント・バイオレット”の宿った目で以って捉え、意外にも耳を劈く程の悲鳴を上げた。
「ぎゃあっ!!?は、ハイネおにーちゃん!!!?………ってああ、吃驚したー」
少年は安堵の息を吐いた後、実に彼らしい行動に出た。
「全く驚かさないでよね、たかが不良学生の分際でさ!」ゲシッ!「ジョシュア!?」
脛付近を思い切り蹴飛ばされた右脚が反対側へ乗り、両脚がクロスする。が、程無くずるっ……元の位置へと戻った。どうやら大分死後硬直が進行進しているようだ。となれば、少なくとも凶行はつい数時間前の出来事ではないか。
「あぁ、ここまでドキドキしたの久々だよ。大体、お兄ちゃんは昨日ケダモノにずた袋宜しく引き摺られたせいで、今日はダウンしているもの。こんな汚い場所で死んでいるなんて有り得ないよね」
「おや。まるで見ていたように言うんだね」
「だって年に一回のイベントだったもん。勿論特等席で見てたよ」
成程、校舎の屋上でか。常時立入禁止で施錠もされているが、彼の異能を以ってすれば鍵の拝借位朝飯前だろう。
(しかし、この子が自発的に関与するとは意外だな)
『ホーム』でも、常に彼は皆の一歩後ろで静観していた。基本的なスタンスとして、他人の干渉を避けている風ですらある。しかし、
(良い兆候だ。うちの息子を敵視している事を除けばだが)
案外、ロウと彼は似た者同士なのかもしれない。きっかけさえあれば意気投合の可能性もあるか。
「ふむ。確かに良く見てみると、この子は何処となくレヴィアタ君に似ているね」
「ええー!?いやいや、それは無いってオジサン!」
バタバタッ!激しく右手を振って否定。
「お兄ちゃんはこいつより五センチは身長が低いし、汚れ度MAXのスニーカーも履いてないよ。大体ズボンの裾をわざわざ折り込むなんて、ダサいの極みとしか言いようが無いね」
ああ、だから一目で不良だと断言したのか。相変わらず観察眼の鋭い子だ。
「それに左手。料理上手なお兄ちゃんが、包丁でこんなに沢山切り傷作る訳無いじゃん。ま、僕の予想じゃナイフの扱いもヘボかったに決まってるけど」
「ナイフ?」
「ほら、そこに転がってる奴。え。まさか百戦錬磨のオジサンともあろう人が、死体に目を奪われてて全然気付かなかったとか?」
指差す方に光源を向けると、キラッ!果たして彼の指摘通り、死体の頭部から約一メートル離れた場所にサバイバルナイフが落ちていた。刃に曇りは無い、新品だ。
「嘘でしょ?君、一体何年メアリーのスポンサーやってるのさ」
「面目無い。こんな酷い有様の死体を見るのは久々、それも突然だったからね……」
軽く頭を下げ、深呼吸を二、三回繰り返す。
「では君の見立てだと、あれは被害者の護身用だった、と?」
「だって刃が綺麗だし、犯人の物なら拾って帰るでしょ普通」
「ううむ、それもそうだな。なら肝心の凶器は……」
遺体周辺を隈無く照らしてみるが、他に武器は落ちていなかった。
「当然、犯人が回収済みだろうね」
「それも刃物かい?それとも錐状の、例えばアイスピックとか」
するとジョシュアは首を捻り、本来はその方が効率的な筈なんだけどね、不思議そうに首を捻る。
「少なくとも先端が鋭利でないのは確実だよ。瞼や頬の所に打撲痕があるでしょ?凶器を目一杯叩き付けて、外した時に出来た内出血さ」
少年の発言通り、致命傷周辺には痛々しい紫色が幾つも散っている。
「凄い。だとすると獲物は鈍器かい?小型のハンマーとか」
「うーん。そうなると今度は眼球の潰れ方がおかしくなるんだよね。圧迫を受けたら、普通目玉って奥に引っ込む筈だもん」
ミンチ状に粉砕され、乾燥の進んだコラーゲンの塊を覗き込む。
「こんな風にグチャグチャになった挙句、脳まで傷が達するなんて有り得ない。でも、あー……こいつ、瞳が緑だ。ますますヤな気分だよ」
「死因は脳の損壊で間違い無さそうだね」
「しかも失禁&脱糞だし、バッチいの四重奏だよ」
「!!?」
反射的に飛びずさる鼻腔に感じた、死臭やアンモニア臭とは違う悪臭。顔を顰める私を、やれやれと言った風に年上は見やる。
「そりゃ他殺なんだから漏らしもするよ。単なる自然現象さ」
溜息後、ポケットから医療用ビニール手袋を取り出し両手に嵌める。不法侵入用に常に持ち歩いている、のか?
疑問に思う間に、彼は徐に遺体の腕を掴み、ぐねぐねと揺さ振り始める。続いて取り出したペンライトを点灯し、襟口から背中を覗き込んだ。
「死斑は完全凝固した上、死後硬直も今がMAXレベルか……年齢と気温や湿度を考え合わせると、凡そ死後丸一日って所だね」
「パッと見でそこまで分かるのかい」まるでメアリーのようだ。
「まぁね。胃の内容物も調べれば更に正確に割り出せるだろうけど、概ね間違ってはない筈だよ」
三人の子供達の中でも、未だにジョシュアは謎だらけだ。一体何時何処で、彼はそれらの普通ではない知識を得たのだろう?
「でも運が良かったじゃん。昨日の日中ならオジサンは体育祭に出ていた。普段の授業の日と違って、れっきとしたアリバイがあるもんね」
「ううむ……それはどうだろうね」
私が出場したのは開会式と閉会式、それに職員競技が一つきりだ。殺害時間は充分あった、そう思われても仕方ない。
「いやいや。武芸を極めたオジサンが、まさかこんな無様な殺し方しないでしょ?頚椎を折るとか、心臓を一突きとか、もっとスマートな方法もスキルもあるし」
「随分と持ち上げてくれるね」苦笑。「まぁ結論から言えば、私は彼と初対面で、勿論殺してもいない訳だが」
私ことコンラッド・ベイトソンは、あくまでも不幸な第一発見者。どんなに疑われようと、それこそが真実だった。




