エピローグ これからよろしくな、姫さん
それからほどなく、デュラムとサーラが俺の後を追ってきた。
「どうしたのよ、メリック。あのラティって子と話してから、機嫌悪そうじゃない」
「メラルカの娘に、小声で何を話していた?」
「ん……まあ、ちょっとな」
デュラムの奴は、どんな話をしてたのか気になる様子だったが、サーラは俺が語りたくなさそうなのを見てとったようで、
「そう言えば、あの暗殺者もこの船に乗り込んでるみたいね。今、船尾の方へ歩いていったんだけど、あなたも見たんじゃない?」
と、さりげなく話をそらしてくれた。
「ああ、それなら俺も見たぜ」
話が変わったことに内心ほっとしながら、俺は相槌を打った。
「あの黒ずくめの蜘蛛仮面、よく怪しまれずに乗れたもんだ」
ってか、あんな不気味すぎる格好で船上を歩いてどうして怪しまれねえのか、そこが不思議でならねえ。やっぱり、船乗りたちに魔法をかけて、自分に疑いを持たねえようにでもしてるんだろうか。神の眷属なら、それくらいはできそうな気もするが……。
「この先、大変な船旅になりそうね。神様が四人もくっついてきてるし、ラティって子とあの暗殺者まで同じ船に乗ってるし――」
「へっ、大丈夫だって」
先行きが不安なのは俺も同じだが、ここで暗い顔してたって仕方ねえ。俺は笑って、明るい声を出した。
「何かあっても、三人で力を合わせりゃどうにかなるって。今まで、そうしてきただろ?」
デュラムとサーラに、すっと右手を――甲を上にして、差し出す。
「乗り越えてやろうじゃねえか、どんな荒波が来てもさ」
差し出された俺の手を見て、魔女っ子がくすっと笑い、
「ええ、そうね。あなた一人じゃ心配だけど、デュラム君も一緒だし、あたしもいるんだから、まあなんとかなるわよ、きっと♪」
そう言って自分の右手を、そっと俺の手に重ねた。
「ふん……メリックもサーラさんも、そこまで楽観できるとは呆れたものだ。私には、とても真似できん」
妖精の美青年は、不機嫌そうに目を閉じ、眉根を寄せてたが、やがてあきらめたように目を開けた。
「……もっとも、そこがうらやましくもあるのだが」
と言って、自分の右手をサーラの手にかぶせる。
ったく……デュラムの奴。
相変わらず素直じゃねえ言い方をする妖精に苦笑した後、俺は真顔になって、二人の仲間をじっと見た。
「絶対に止めような――イグニッサとフォレストラが、戦になるのを。メラルカのたくらみも、暴いてやろうぜ、必ず……」
「おいっ! 私を忘れるなっ、フランメリック!」
三人でいい雰囲気になりかけてたところへ、突然の乱入者が。
「姫さん?」
「途中までとはいえ、私もお前たちと一緒に旅をするのだからなっ! だからっ……その間は私も、お前たちの仲間だっ! 除け者にするなど、許さんぞっ!」
フォレストラの王女様はふくれっ面して、怒ったような口調でそう言ってから、三段重ねになってる俺たちの手に、さらに自分の右手を載せる。
「姫さん……」
王女様の強引な「仲間入り」に、俺はしばらくあっけにとられてたが、やがて自分の口許に、ふっと笑みが浮かぶのを感じた。デュラムとサーラの方を見てみると、二人とも肩をすくめて「仕方がない」「しょうがないわね」って顔してて、文句はなさそうだ。
それなら俺も、こう答えるぜ。
「……ああ。これからよろしくな、姫さん」
思えばこの人も、普段、寂しいのかもしれねえな。王女なんて地位にあると、周囲の連中は臣下としてへりくだったり、ご機嫌うかがいをしたりするばかりで、対等の立場で胸を割って話せる相手は少ないんじゃねえか。だったら……。
拒んだりせずに、温かく迎えてやらねえと。それが、礼儀ってもんだろう。
「フランメリック……」
「うぉい、お前らぁ!」
「おわっ?」
どうやら、俺たちの輪に加わりてえのは、姫さんだけじゃねえようで。森の神ガレッセオが突然、背後から陽気な声をかけてきた。
「さっきからお前らだけで、なにいい雰囲気になってやがるんだぁ? なんの話だか知らねぇが、俺たちも混ぜなぁ! そらそらぁ!」
「ぐえっ!」
森の神様は後ろから俺の首に腕を回して、ぐいぐい締め上げてくる。
「く、苦しい、苦しいって、ガレッセオ様」
「『様』はいらねぇって言っただろぉ、はっはっはぁ!」
神々ってのは本当に、何を考えてるのかさっぱりわからねえ。俺たちゃ先日から、この連中が定める運命に立ち向かうって公言してるのに、まるで気分を損ねる様子もなく、むしろ心底楽しそうに、俺たちにくっついてくる。
「ガルちゃ~ん、人間さん! チャパシャお腹空いちゃった。一緒にご飯食べようよ~♪」
「ぎゅええっ! チャパシャ様、あんたまで首っ玉に抱きつかねえでくれ! 息ができねえ、息が!」
「あはは~♪ 人間さん、面白~い! チャパシャ、ずっとずっと、大好きだよ~♪」
と、こんなふうに。
森の神と水の女神にもみくちゃにされながら、俺はふと、空をあおいだ。
そう言えば……見てるかな、あのおっさんは。
大地を覆う青い天蓋と、その頂へ昇りつつある太陽を見上げ、懐かしいあの神様の背中を、脳裏に思い描く。
……おっさん。俺たちゃ見つけたぜ、旅の大きな目的を。
青い外套が似合うあの神様は、これから俺たちがやろうとしてることを知ったら、どう思うだろうな。ゴドロムみてえに、怒るだろうか。神々が定める運命に、俺たち地上の種族が抗うなんざ身の程知らずだって。それとも……?
できることなら、直接会って聞いてみてえな。
神なのに――親父に死の運命を授けた、神様のはずなのに。俺たちを何度も助けてくれて、俺のことを親しげに「メリッ君」なんて呼んでくれたあの人とは、もう一度会って、とことん話がしてえんだ。冒険とか、神々と俺たち地上の種族のこととか、運命について。
だから……いつか、なんとかして行けねえかな、あの魔法の町へ。
おっさんたちフェルナース大陸の神々が住む都、ソランスカイアへ。
◆
……やれやれ。今回はなんの収穫もなかったね、まったく。
レオストロ皇子はフランに負けたし、〈攻城竜塔〉もトゥポラに壊されたし。ボクがつくり方を教えたあの攻城兵器で、サンドレオがコンスルミラを火の海にしてくれればよかったんだけどね……。
フランたちはボクのしもべになる気はなさそうだし、フォレストラとサンドレオは当分休戦を続けることになったみたいだし。それに何より、肝心の神授の武器――コンスルミラに隠された〈破魔の弓〉は、見つかるどころか、結局誰も探さずじまいだったじゃないか。まったくみんな、やる気があるのかい?
けどまあ、いいや。〈破魔の弓〉は、しばらく放っておこうかな。あれは少々、扱いが難しくて厄介なものだから、手に入れるのは後回しにしよう。
フランと仲間の二人は、ラティが自分に任せてほしい、必ずボクのしもべにしてみせるって言ってるから、しばらくはあの子の好きにさせておいて、様子を見よう。
それより、今一番問題なのはキミだよ――リュファト。
ボクを捕らえようと必死みたいだけど、これ以上邪魔をするなら容赦はしないよ?
キミならわかってると思うけど、〈樹海宮〉での戦いは、ほんのお遊び、手慰みさ。ボクが本気になったらどうなるか、今に思い知らせてあげるからね……!




