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第51話 出港

 翌日の朝、俺たちはフォレストラ王国の商都コンスルミラを発った。

 今まで陸路が多かった俺たちの旅だが、これからしばらくは船旅だ。コンスルミラの港で姫さんが手配してくれた船に乗って、めざすは俺の故郷、イグニッサの都フリンティス。そこで兄貴と会って、フォレストラに戦を仕掛けようとしてるってのは本当なのか確かめる。そして――もしそれが事実なら、どうにか説得して、やめさせるんだ。

 もちろん、上手くいくなんて保証はどこにもねえし、正直なところ、兄貴と会えるかどうかさえわからねえ。

 それでも――。


「メリック! 気をつけなさいよ、この石段。あなたって、よくこういうところでつまずいて転ぶんだから」

「へいへい。ちぇっ、サーラの奴、また姉貴ぶって世話焼きかよ……って、おわたたたぁ!」

「……間抜けめ。貴様、私に何度手間をかけさせる気だ?」

「うー、すまねえ、デュラム」

「んもう、何やってるのよ! 急がないと、また船に乗り遅れちゃうじゃない!」

「ううう……面目ねえ、サーラ」

「まったく。レオストロ皇子といい勝負したり、神様たちの前で啖呵切ったりして、ちょっといい男になったかと思ったけど、そういうところは相変わらず子供なんだから」


 早朝、港へ向かう途中、例によって転びかけたのをデュラムに助けられ、サーラに叱られて、思った。

 この二人が一緒なら、きっと大丈夫だって。

 姫さんが手配してくれた船は、コンスルミラとフリンティスの間を往来し、その途中、いくつもの港で荷を積み下ろしする商船だった。俺たちが乗り込む際にゃ、人間の商人(あきんど)たちが小鬼(ゴブリン)鬼人(トロール)の人足に小麦入りの麻袋とか葡萄酒(ワイン)が詰まった尖底壺(アンフォラ)を担がせ、船に運び込ませてる光景が見られた。反対に船から運び出されてたのは、海を越えて運ばれてきた(シルク)や陶磁器、香辛料(スパイス)だろう。


「道中お気をつけてぇ、冒険者殿ぉ!」


 いよいよ出港の刻限が来たところで、ナボン太守が桟橋まで俺たちを見送りに来てくれた。町の住人たちを、ぞろぞろと引き連れて。


「ちょいとそこの冒険者様たち! 噂で聞いたよ! あんたたちが、サンドレオの皇子に一泡吹かせてくれたんだってね!」

「おかげでまた戦にならずに済んだんや。わいら、あんた方には感謝しとるで!」

「戦が再開されりゃ、この町も無事じゃ済まんかっただろうからなあ。ありがとなあ、冒険者さんたちよお!」

「あんたたち……」


 コンスルミラの住人たちから、そんな温かい言葉をかけてもらえるとは思ってなくて、つい声を詰まらせちまう俺。

 ……のどから言葉が出てこねえくらい、嬉しかった。誰かに感謝されるのって、こんなにも嬉しいことなんだな……。


「皆の者、達者でなっ! ナボンも傷が癒えるまで、絶対に無理はするなっ!」


 俺の傍らに来て、町の住人たちと太守様に声をかけたのは、姫さんだ。


「お前は私の、大切な臣下だっ。体を大事になっ!」


 フォレストラの王女様ともここでお別れか――と思いきや、姫さんの奴「私も途中まで一緒に行くぞっ!」なんて言い出した。船が道中立ち寄るノイフェンって港町で降りて、そこから陸路を通りフォレストラの都へ帰るつもりらしい。

 姫さん曰く、



 ――お前には今回も、世話になったからなっ! せめてもの礼に、私がノイフェンまで護衛してやるから、ありがたく思えっ!



 とのことだ。

 俺と並んで立つ姫さんを見て、鬼人(トロール)の太守はちょいと複雑な表情を見せたが、すぐに笑って、豪快な声を張り上げた。


「冒険者殿ぉ! 戦いの神ウォーロにかけて、フェイナ様のこと、よろしく頼みますだぁ!」

「わかったぜ、太守様! 太陽神リュファトにかけて!」


 船の錨が上がり、もやい綱が解かれた。すでに帆は風神ヒューリオスの息吹を受け、そりゃもう、ぱんぱんにふくれ上がってる。

 出港を告げる角笛が三度、力強く吹き鳴らされ、船はゆっくりと大海原へ滑り出した。

 今日は空にゃ雲一つなく、海神ザバダの機嫌がいいのか、波も穏やか。船出にゃもってこいの日だ。

 ただ……道中、気がかりなことがいくつかある。

 遠ざかっていくコンスルミラの町をしばらく見つめた後、俺はくるりと背後を振り返った。

 そこにいたのは――。


「ねえねえポラちゃん、ガルちゃん、あれ見てよ! お魚だよお魚♪ ぴちぴち跳ねるときらきら光って、とってもきれい!」

「お、おいパシャ、俺様は船酔いしやすいんだよぉ。できればあんまり揺すらねぇでほしいんだが……うぇっ!」

「あ~っ、お魚さんまた跳ねた♪ ガルちゃん見て見て、ほらあそこ~!」

「だあぁっ! こらパシャ、人の話を聞きやがれぇ……おぇっぷ!」

「…………しっかりしなさい、ガル。神が船酔いなんて、するものじゃないわ」

「ポ、ポラ姐。んなこと言われてもよぉ……」


 ……そう、旅の道連れは姫さんだけじゃねえ。なんと、神々のうち何人かも、俺たちにくっついてきやがったんだ。

 ちなみに、その何人かってのは、大地の女神トゥポラと森の神ガレッセオ、水の女神チャパシャの三人。それから、もう一人――。


「あんたまでいるのかよ、ゴドロム……様」


 全身包帯ぐるぐる巻きで、その上に灰色の襤褸をまとった禿頭の巨人、雷神ゴドロムだ。


「無論だ、人間の小僧。先日はわしらの前で、あれだけの大口を叩きおったのだ。貴様の決意とやらが本心か、それとも口先だけの大法螺か、この目でしかと見極めてくれるわ。よって、この雷神ゴドロム、当面は貴様らにつきまとうゆえ、そう心得るがよい」

「へいへい……」


 こりゃ船旅の間、ひょっとしたらその先も、枕を高くして眠れそうにねえぜ。

 言いてえことだけ言って、大股に歩み去っていく神の背中を見送りながら、俺はそっと溜め息をついた。

 先日将棋(チェス)で勝負して以来、何かと横暴なところが目立つ雷神ゴドロムだが、元から俺たちに対してこんなふうだったわけじゃねえ。半年前、俺たちが〈樹海宮〉でカリコー・ルカリコンと戦い、勝利したときは「よい見物であった」って賞賛の言葉をくれたし、その後、疲労困憊して動けねえ俺たちに代わって、〈樹海宮〉から出てきた強大な魔物――(ドラゴン)を迎え撃ってくれたりもした。

 それなのに、今は――。

 この先、いつかまた戦うことになるんだろうか、あの雷神様と。


「それはそうと、だな」


 気がかりなのは、神々がついてきてるってことだけじゃねえ。俺は気を取り直して、肩越しにそーっと背後を見やった。さっきからずっと、背中に誰かの視線を感じてたからだ。


「……やっぱりあんたかよ」


 本人は隠れてるつもりなのか、積み荷の陰から顔だけ出してこっちを見てるのは、火の神(メラルカ)の娘、ラティさんだ。あの様子じゃ、どうやらゴドロムと同様、俺たちの旅についてくるつもりらしい。

 そう言えばあの人、先日コンスルミラの町外れの神殿で会ったとき、別れ際にこんなことを言ってたっけ。



 ――あんたは絶対、(パパ)様のしもべにしてやるんだからね! あたいから逃げられるなんて、思わないことさ!



 ったく……しょうがねえ人だぜ。


「こそこそ隠れてねえで、あんたもこっちへ来たらどうだよ、ラティさん」


 気づいてねえふりをするのも面倒なんで、思い切って声をかけてみる。


「――っ! 気づいてたのかい、坊や!」


 驚いた顔して、ラティさんが積み荷の陰から出てきた。

 ばれてねえと思ってたのかよ、この人は。


「生まれつき、他人の視線にゃ敏感なんだよ。ってか、そんな隠れ方じゃ『気づいてください!』って言ってるようなもんだぜ? もっと上手く隠れねえと、見つかっちまうって」

「ふん、余計なお世話だよ!」


 ラティさんはこっちへずんずん歩いてくると、俺たちのすぐ前で立ち止まった。デュラムとサーラにそれぞれ一瞥をくれると、俺の方を食い入るようにじっと見て、びしっと人差し指を突きつけてくる。


「大事なことだから、この際もう一度言っとくけどね! あたしはあんたを絶対――」

(パパ)様のしもべにするんだろ? へいへい、そうですかっと」

「――っ!」


 俺にせりふを取られて、メラルカの娘さんは、息を呑んで真っ赤になった。

 言葉を失ってるところを見ると、動揺してるようだ。わかりやすい人だぜ。俺もだんだん、この人のあしらい方がわかってきた。


「ふ、ふん! なにさあんた、坊やのくせに生意気なこと言って! 今に見てなよ――(パパ)様に頼んで、お仕置きしてもらうんだから!」

「気に障ったなら、謝るぜ。すまねえ」


 人差し指で、こめかみをぽりぽりと引っかきながら、俺はわびた。


「……けどさ。俺からもあんたに一つだけ言わせてくれよ。いくら神の娘さんだからって、他人(ひと)のもんを泥棒するのはよくねえと思うぜ」


 俺は一歩踏み出すと、ラティさんにずいっと顔を近づけた。そばにいる妖精(エルフ)の美青年と魔女っ子に聞こえねえよう、そっと小声で耳打ちする。


「あんたがつけてる耳飾り(ピアス)留め針(ブローチ)。この前、俺から盗った財布に入ってたもんだろ? そいつぁ元々、俺がコンスルミラの装身具(アクセサリー)屋で買った品なんだけどな……」


 そう。ラティさんの奴、俺がデュラムとサーラに贈るつもりで購入した装身具(アクセサリー)を、これ見よがしに身につけてやがるんだ。

 虹色に輝く硝子(ガラス)(はね)がきれいな、小妖精(フェアリー)の形をした錫の耳飾り(ピアス)はデュラムに。黒瑪瑙(オニキス)を嵌め込んだ三角形の目と鼻、ギザギザの口が愛嬌たっぷりな、かぼちゃ頭の角灯魔(ジャック・オ・ランタン)をかたどった銅の飾りつき留め針(ブローチ)はサーラに、それぞれ渡すはずだった。

 その二つを、ラティさんはさも自分のもんだって主張するかのように、耳と胸元につけてる。そんなことをされるのは……やっぱり面白くねえ。二人の仲間のために、こつこつ貯めた金をはたいて買った俺としちゃ、いい気分じゃねえ。


「大した値打ちもんじゃねえけどさ、俺にとっちゃ大切なもんなんだ。できれば返してほしいんだが、嫌ならせめて大事に使ってくれよな、頼むから」


 粗末にしたら、承知しねえ。心の中でそう言い足すと、さっとラティさんに背を向け、その場を離れた。


「な……なにさ、なにさ! あたいは(パパ)様の……火の神の娘なんだからね! 火の力を使ってつくられたものは、みんな(パパ)様のものなんだよ? それを娘のあたしがどうしようが、あんたにとやかく言われる筋合いなんてないんだから!」


 駄々っ子みてえに地団駄踏んで、勝手な理屈を並べるラティさんにゃそれ以上取り合わず、足早に船首の方へ向かう。


「あ! ちょいと待ちなよ坊や! まだ話は終わってないんだからね!」

「すまねえ、また今度な!」


 正直、気分が悪い。潮風にあたって、もやもやした気持ちをすっきりさせたかった。

 途中、俺とは反対の方向へ――船尾の方へ歩いてきた、黒い長衣(ローブ)の男と擦れ違った。互いの肩がわずかに擦れ合った、その瞬間。


「……っ!」


 一瞬だが、確かに見た。男が目深にかぶる頭巾(フード)の下からのぞいたのは、顔の上半分を隠す、鉛色の(マスク)。蜘蛛を模した、不気味な仮面だ。

 驚きの女神(ラプサ)にかけて、なんてこった。


「この船、ラティさんだけじゃなくて、あいつまで乗ってるのかよ!」


 思わずそんな独り言が、口からこぼれる。

 俺たちがコンスルミラで何度か戦った、あの暗殺者(アサシン)だ。先日のレオストロ皇子との戦いにも介入してきて、デュラムとサーラを苦しめた。皇子様が負けを認めた後はどこへともなく姿を消してたが、この船に乗り込んでやがったのか。

 幸い黒ずくめの暗殺者(アサシン)は、今は襲ってくる様子もなく、ラティさんの方へと歩いていく。


「あの蜘蛛仮面……!」


 あいつもラティさんと同様、火の神メラルカの命を受けて動いてるってこと以外は謎だらけの奴だが、危険な存在にゃ違いねえ。

 間違いなく前途多難だぜ、この航海は。


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