第43話 英雄の定義
黒ずくめの暗殺者と戦うデュラムへの助太刀をサーラに頼み、俺は急いだ。レオストロ皇子に苦戦を強いられてる、姫さんとナボン太守の許へ。
「姫さん、太守様!」
俺が二人にそう声をかけたのは、ちょうどフォレストラの王女様が弓を引き、サンドレオの皇子様に狙いを定めたときだった。
首が失われた石像を背に、姫さんが構えた弓から、矢が撃ち出される。弓弦に別れを告げて宙へと躍り出た矢は、俊足の風神も目を見張る速さで突き進み、
「くどいぞ、フェイナ」
そう吐き捨てた皇子様に、真っ向から叩き落とされた。
「お前が矢を何十本射掛けようと、俺にはかすりもしない。たとえ何百本射掛けたとしても、無駄なことだ。俺は神々の血を引く英雄だからな」
と、自らの血統を誇る皇子様。それに対して、負けじと姫さんが言い返す。
「それを言うなら、我が王国の始祖は森の神の御子。その末裔である私もまた、神々の血脈に連なる者だっ!」
「え~っ? あの王女様、ガルちゃんの子孫なの~?」
「はっはっはぁ、どうやらそうみてぇだなぁ。昔のことなんざ、あんまり覚えてねぇけどよぉ」
城壁の上で、姫さんの血筋について知った水の女神が驚き、森の神が能天気に笑ってる。
「姫さん……あんたも神様の血を引いてるのかよ」
〈樹海宮〉で戦ったときも、大弓を軽々と引き絞ったり、尋常じゃねえ速さで立て続けに矢を放ったりと、人間離れした芸当を披露してくれたもんだが、それも神々の血がなせる業だったのか。
だが、姫さんの話を、レオストロ皇子は鼻で笑い飛ばした。
「ガレッセオの末裔、か。我が帝国の始祖は、太陽神の御子だ。一介の神と神々の王とでは、格が違うぞ」
「地上の種族の強さってのは、血で決まるもんじゃねえだろう」
皇子様の血統自慢に鼻持ちならねえもんを感じて、俺は口を挟んだ。
「生まれてから、どれだけ強くなろうと努力してきたかってことでも、違ってくるんじゃねえのかよ?」
「ああ……フランメリックか」
と、皇子様。姫さんから離した目を、今度はこっちへ向けてくる。
「先程、お前が雷神の頭に一太刀入れるところを見たが、やるじゃないか。やはりお前こそ、俺の遊び相手にふさわしいようだ」
「冗談じゃねえ。あんたのくだらねえお遊びに、これ以上つき合ってられるかってんだ!」
「そうつれないことを言うな。さあ俺と……」
「下がってくだせぇ、冒険者殿ぉ!」
右手から、緑色の肌した鬼人が、皇子様めがけて突っ込んできた。ナボン太守だ。手にした鎖つきの鉄球を、頭上でジャランと一回転させ、勢いつけて皇子様に叩きつける。
「ふん……」
頭に当たれば頭蓋を粉砕すること間違いなしの鉄塊を、レオストロ皇子はその場から一歩も動かず、軽く上半身を揺らして避けた。耳元でジャララッと鎖が鳴るのを聞きながら、すっと剣を構え、
「お前は引っ込んでいろ、ナボン!」
と、言うが早いか地面を一蹴。ナボン太守の懐に飛び込み、〈斬魔の剣〉を一閃させる。
「がはあぁッ!」
まさに一瞬の出来事で、俺にゃ身動き一つできなかった。
灼熱を帯びた魔法の剣で、右脇から左肩まで一息に切り裂かれ、鬼人の太守は血飛沫上げてのけ反った。そのまま背中から、大の字になってぶっ倒れちまう。
さらに皇子様が追い討ちをかけようとしたところで、俺が前に回り込んで、立ち塞がった。
「間違えるんじゃねえよ。あんたの相手は俺だぜ、皇子様!」
太陽神リュファトにかけて、これ以上この皇子様の好きにはさせねえ。
「ふん、どうやら俺の遊びにつき合う気になったようだな、フランメリック」
「遊び、遊びって、あんたいい加減にしろよ!」
そうやって俺が皇子様を足止めしてる間に、姫さんがナボン太守の許へ駆け寄った。
「ナボン! しっかりしろ、ナボン!」
「ひ、姫様ぁ……」
姫さんの必死の呼びかけに、太守様が弱々しい、かすれた声で答える。
「申し訳ありませんですだぁ、とんだ役立たずで」
「いいから黙っていろっ! 誰か、血止めの薬と包帯を持てっ!」
姫さんはナボン太守の傷口を毛皮の外套で押さえ、あふれ出る血を止めようと必死だ。
「姫様、太守様!」
と、そこへ駆けつけたのは、城壁の上にいたはずの、この町の住人たちだ。すぐそばで雷神様とリアルナさんが戦ってるから危険なんだが、そんなことにゃまるでお構いなく、姫さんとナボン太守の許へ集まってきてるじゃねえか。
「太守様、しっかりしておくんなせえ!」
「姫様、こちらの亜麻布をお使いください! とにかくきつく押さえて、血を止めませんと!」
「おいらの家は薬屋なんだ。今、父ちゃんと母ちゃんが店へ薬を取りに行ったから、もう少し我慢して、太守様!」
その数、ざっと五十人ってところか。ついさっきまで見物してるだけだった連中だが、太守様がばっさり斬られるのを見て、いても立ってもいられなくなったみてえだ。
「へえ……結構慕われてるんだな、あの人」
確か、元はこの町で起こった反乱の首領だったっけ。どういう経緯で今の地位に就いたのか知らねえが、町の住人たちにゃ慕われてるみてえだ。
……いいもんだな、人望があるってのは。
「姫さん、こっちは俺が引き受ける。あんたは町の連中と一緒に、太守様を頼むぜ!」
俺もナボン太守にゃ、一昨日から世話になってるからな。大丈夫なのか気がかりだが、今は目の前の相手に集中しねえと。
自分自身にそう言い聞かせ、俺はレオストロ皇子と一対一で向き合った。
「一人で勝てるつもりか? どこの馬の骨とも知れないお前が、英雄であるこの俺に」
「何が英雄だ。あんたは絶対、そんなもんじゃねえぜ」
「何……?」
俺の言葉を聞いて、皇子様がぴくりと眉を動かした。
「英雄ってのはもっとこう、何かを守ったり、誰かを助けたりするために戦うもんじゃねえのかよ? あんたが今その剣を振るってるのは、一体なんのためだ? 自分の愉しみのためじゃねえか。そんな奴に、英雄を名乗る資格なんかねえって!」
この皇子様が昨日からやってきたことといったら、どうだ? 話し合いの場で無理難題吹っかけて姫さんを困らせたり、いきなり物騒な攻城兵器なんざ持ち出してきて、せっかくの和平を結ぶ機会をぶち壊したり……。
それが、英雄のやることかよ。
「何か勘違いをしているようだな。英雄とは正義の味方でもなければ、善の体現者でもないぞ」
「じゃあ、なんだってんだよ?」
「神々も驚く偉業をなし遂げ、神話や伝説にその名を刻む者だ!」
それを聞いて、愕然とした。この人の言う「偉業」ってやつに、善悪はまったく関係ねえのかよ。
俺の考えと皇子様の考え、両者の間に横たわる溝の深さに絶句させられた、そのとき。本日九度目か、十度目になるかの轟音が聞こえ、胸一拍分遅れて歓声が響き渡った。
「時間切れだ――お前たちにとっては、残念なことにな」
と、勝ち誇る皇子様。
どうやら〈攻城竜塔〉が、コンスルミラの東門を打ち破ったみてえだ。向こうで、それまで閉ざされてた門の扉が、ど真ん中に大きな風穴を開けられ、閂もへし折られて、左右に開いていくのが見えるぜ。
「話し合いは決裂だ。フォレストラとサンドレオの間で戦いが再開され、俺はまた英雄として戦場へ赴くことになるだろう。そうなれば、今度こそフォレストラを滅ぼし、その領土をサンドレオの版図に加えてやる。そして、ゆくゆくは俺が父上から皇帝の宝冠を継承し、このフェルナース大陸に覇を唱える大帝国の主となるのだ」
「また戦になりゃ、姫さんの王国でもあんたの帝国でも、たくさん犠牲が出るんだぜ! 国は乱れるし、民も苦しむことになるってのが、わからねえのかよ!」
俺は冒険者であって戦士じゃねえから、戦場で人を――自分と同じ地上の種族を殺めた経験はねえ。その俺が、こんなきれいごとを語ったところで、どれだけの重みを持って相手の心に響くだろうか。
それでも、言わずにゃいられねえ。この皇子様は、間違ってるって!
「そんなに戦が嫌か。それならフェイナに代わって、お前が俺の要求に応えるというのはどうだ?」
案の定、というべきか。俺の言葉なんざにゃ大して心を動かされた様子もなく、サンドレオの皇子様は口を開いた。頭を右にちょいと傾け、左の眉をくいっとつり上げて。
「昨夜、お前に頼んだだろう。この町のどこかに隠された神授の武器を見つけ出し、俺に引き渡せ。そうすれば報酬は弾むし、考え直してやってもいいぞ――フォレストラとサンドレオの和平についてな」
そう言えばこの皇子様、昨日の夜も、本来フォレストラへの贈り物になるはずのお宝を俺にやるとか言って、同じ話を持ちかけてきたな。俺が断ると、確かこう言いやがったはずだ。
――まあ、いいだろう。夜が明ければ、お前の気も変わる。
ちくしょう……! 皇子様の奴、和平の話を駆け引きの材料にして、俺の気が変わるようにしようってのか。そこまでして、俺に神授の武器を探させてえのかよ。
「断るというなら、そのときはとことんつき合え、俺の遊びにな!」
「おわっ!」
俺に考える時間もくれずに、皇子様は打ちかかってきた。灼熱の魔剣が四方八方から、俺の命を刈ろうと飛んでくる。
「くっ……! ぐッ!」
レオストロ皇子の剣は、一撃一撃が今までとは段違いに速く、しかもずっしりと重みを増してるもんだから、かわしても防いでも冷や汗をかかされる。
のど元狙いの一太刀を後ずさって避けると、革の胸当てをすっぱりと切り裂かれた。大上段から額めがけて打ち込まれた一撃を受け止めりゃ、踏ん張った足が深々と地面にめり込んだ。
皇子様の奴、どうやら本気を出してきたみてえだ。こっちも負けちゃいられねえ……!
戦いながら、ちらりと頭上を――天空に輝く太陽を、あおぎ見た。
もう朝飯の時間はとっくに過ぎて、昼の世界を照らす灯火は天高く昇ってる。その持ち主は――あの神様は今、どうしてるんだろうか。
見てくれてると、いいんだけどな。この戦いを。




