第36話 あなた、寂しいんでしょ?
それにしても、困ったことになったぜ。ラティさんの奴、さっきからずっと、めそめそ泣き続けてる。
確か〈樹海宮〉での冒険でも、姫さんに泣かれて困ったときがあったっけ。俺は剣術馬鹿だから、こういうときはどうすりゃいいんだか、さっぱりわからねえ。
しかも、この状況に輪をかけてまずいことに――俺がラティさんを泣かせたことで、何やら怒り出した奴らがいる。他でもねえ、この中庭に居着いてる神々だ。
「なんと、人間の小僧! 貴様、ラティを泣かせるとは何事ぞ!」
「ラティはメラルカの娘、私たち神々の眷属です。それを悲しませるとは、許せませんねえ」
「ええい、そこに直れ小僧! このわし直々に、白熱の撥で打ちすえてくれるわ!」
おかんむりな神々の先頭に立つのは、やっぱりと言うべきか、雷神ゴドロムだ。神話や伝説で語られる通り、とにかく怒りっぽい神様だぜ。
「昨日の屈辱、思ったより早く晴らせそうだわい。のう、小僧?」
どうやらこの雷神様、単に俺が自分たちの眷属を泣かせたってだけで怒ってるわけじゃなさそうだ。こんなことを言うからにゃ、昨日将棋の勝負で負けたことを根に持ってて、これを好機とばかりに、俺に復讐してやろうなんて考えてるんだろう。
おっかねえもんだぜ、神の恨みってのは。
ただ、俺にとって幸いだったのは、何人かの神様がこっちの肩を持ってくれたことだ。
「まあ待て、しばらく。皆の者、しばらくじゃ」
と、片手を挙げて、俺と他の神々の間に割って入ったのは、軍神ウォーロだ。
「皆、忘れたかの? 昨夜この場で、我らが女王に命じられたばかりではないか。この者たちに対して軽率な行いは、厳に慎むようにとのう」
「リアルナさんが、そんなことを?」
「しかり。誰ぞ、女王の命に異議ある者がおるならば、このわしが聞くとしよう」
戦いの神が、手にした戦斧をおもむろに持ち上げ、その柄で肩をトントン叩いてみせりゃ、他の神々はとまどったように顔を見合わせた。雷神ゴドロムものどの奥で唸り、一歩、二歩と退く。縄張りの主の座を狙う二番手の雄獅子みてえに、不満げに歯を剥きながら。
神話や伝説じゃ、ウォーロは神々の中で最強と謳われる豪傑だ。さしもの雷神も、この神様にゃ一目置いてると見えるぜ。
ゴドロムや他の神々の返事を待たず、戦いの神は重ねて告げた。
「虎の威を借る狐のような真似はしとうないがの。我らが王のみならず女王も不在の今、この場を預かるわしは、おぬしらがあまり勝手をせぬよう気を配らねばならぬ。ゆえに、できれば面倒をかけさせんでほしいのだがのう……」
その言葉が、巨鳥の一声となった。ウォーロのとりなしのおかげで、ほとんどの神々は気を静めてくれたみてえだ。
唯一ゴドロムだけは、まだ怒りの矛を納めかねてる感じだったが、
「ゴドちゃ~ん♪ ちょ~っと頭冷やした方がいいよ! はい、お水~♪」
「ぶわはっ? うぉのれチャパシャ、いきなり何をするか、冷たいではないか!」
と、突然背後に現れた水の女神に瓶の中身をぶっかけられ、矛先向ける相手を俺からそっちへと切り替えた。
「あはは♪ ゴドちゃん、ほらこっちこっち! 人間さんなんか放っておいて~、チャパシャと一緒に鬼人ごっこしようよ♪ よかったら~、ガルちゃんもどう?」
「おうパシャ、俺様もまぜなぁ! まずはゴドロムが鬼人だろぉ? そら、逃げるぜぇ!」
ゴドロムとチャパシャ、それに森の神ガレッセオが加わって、暇を持て余した神々の遊びが始まる。
「おのれ! 逃がさぬぞこわっぱども、待て、待てい!」
「あはは♪ 捕まらないよ~だ! 鬼人さんこ~ちら~♪」
「待てと言うておろうが、ぬおぉおぉおぉッ!」
どったん、ばったん。つい今ほど、俺に怒りを向けてたことなんざ、すっかり忘れちまったかのように、中庭をところ狭しと暴れ回る……もとい、はしゃぎ回る天上の権力者たち。
やれやれ……ったく。よくも悪くも、気まぐれな連中だぜ。
とはいえ、戦いの神と水の女神が助けてくれなきゃ、俺は今頃どうなってたことか。チャパシャは鬼人ごっこに夢中みてえだから、今はウォーロにだけでも礼を言っておこう。
「あの……すまねえウォーロ、じゃなくてウォーロ様」
本人のそばへ行って、おずおずと声をかける。
「あんたとチャパシャ様のおかげで助かった。恩に着るぜ」
そう言って頭を下げると、戦いの神は黙って背中に右手を回し――一体どんな魔法のなせる業か、何もねえはずの背後から特大の骨つき肉を取り出した。かぶりついて肉を噛みちぎり、左手に持った杯の中身で、豪快にのどへと流し込む。
「礼には及ばんわい。我らが王と女王が両方ともおられぬときは、わしが皆の目つけ役をするのが常なのじゃ。わしらが地上であまり羽目を外しては、おぬしらに迷惑がかかるでな」
むしゃむしゃと美味そうに肉を頬張りながら、小人の姿をした軍神はそう語る。
「羽目ならもう、外しまくってると思うんだが……」
「何か言うたかの、人間の小僧?」
「な、なんでもねえって!」
そう言えば、リアルナさんはどこへ行ったんだろうか。昨日、フォレストラとサンドレオの話し合いを盗み聞きしたとき以来、姿が見えねえんだが。
ウォーロにも聞いてみたが、戦いの神は「わしも知らぬわい」とだけ答え、話を変えた。
「それより早く、ラティのところへ行ってやるがよい。ほれ、ちょうどおぬしの仲間が慰めにかかるところじゃ」
「え……?」
そう言われて、いまだに泣いてるラティさんの方を見てみると、魔女っ子が傍らにしゃがみ込んで、話しかけてるじゃねえか。
俺も、何ができるかわからねえが、そばへ行ってみよう。
「ちょっとあなた、いつまで泣いてるのよ? ほら、い加減泣き止みなさい」
「うぅー、だって、だって!」
「だってじゃないの。ほら、涙ぬぐって鼻かんで。きれいな女の子がいつまでも泣いてちゃ、みっともないでしょ? もう、しょうがないわね……」
サーラは元々、世話焼きな奴だ。迷子の子猫みてえに泣いてばかりいるラティさんを見て、放っておけなくなったに違いねえ。亜麻布持った手を差し伸べて、涙でぐしょぐしょになった目許やほっぺたを、優しく丁寧にふいてやってる。
「――あなた、寂しいんでしょ?」
サーラがそんなことを言い出したのは、その最中だった。
ひっく、ひっくとしゃくり上げてたラティさんが「ふえ?」って顔を上げ、泣き腫らした目でサーラを見つめる。
「な……んで? なんで、そんなこと、えぐ……あんたにわかるのさ?」
俺も今、ラティさんと同じことを考えた。サーラの奴、魔法で心を読みでもしたのかよ?
本人にたずねてみたが、魔女っ子は「違うわよ」って否定した。
「ほら、さっきの歌。始めのあたりは明るくて軽快な感じだけど、先へ進むにつれてだんだん寂しげな歌になっていったでしょ? かまってくれないお父さん、メラルカ様に自分を愛してほしいって、最後はそんなふうな歌になってたじゃない」
「あ……」
言われてみりゃ、そんな気もするぜ。あの歌、最後のあたりは、えっと……そうだ。確か、こんな歌詞じゃなかったか?
――お願い父様、愛してよ! あたいを愛して、ねえお願い……。
「……なんてこった」
ラティさんの楽しい踊りや神々の笑い声に気をとられて、歌詞に込められた歌い手の気持ちまでは考えてなかったぜ。
それにしても、だ。
「なあ、ラティさん。あんた親父さんに、何か不満でもあるのかよ?」
メラルカは、俺たちにとっちゃ何たくらんでるのかわからねえ危険な神様だが、ラティさんには蜂蜜酒のように甘いみたいじゃねえか。少なくとも……俺の親父よりは優しい、いい親父さんだと思うんだがな。
そんなことをたずねてみた途端――カポーン!
「あいてッ!」
サーラの杖が、俺の頭を一撃した。
「もう、馬鹿。そういうことを軽々しく聞かないの! 単純な男と違って、女の子は繊細なんだから」
「う、すまねえ……」
ちぇっ。サーラの奴、女同士ってこともあってか、すっかりラティさんの味方じゃねえか。相変わらず俺が悪者扱いされてるようで、どうもすっきりしねえ。叩かれた頭をさすりつつ、つい唇を尖らせちまうぜ。
……まあ、俺が悪者、サーラが味方になることで、ラティさんが元気を出してくれるなら、それでもいいけどさ。




