第32話 待ってろよ、皇子様
神々の長老、時の神クレオルタの歩みは早い。火の神が俺たちの許を訪れてから、瞬く間に時間は流れ、夜が来た。
麦の穂刈り取る大鎌のように鋭い三日月が星空に昇り、人気が絶えたコンスルミラの通りに冷ややかな光を落とす。
そんな夜景を窓から眺めながら、靴紐を結んでた俺は、
「――どこへ行くつもりだ?」
背後からかけられたその一声を聞いて、手を止めた。
「レオストロ皇子が泊まってる部屋だよ。サンドレオの皇子様に、会ってくるぜ」
相棒の問いかけに答えながら、昼間のことを脳裏に思い浮かべる。
あの皇子様、いきなり俺に斬りかかってきたり、デュラムに怪我させたりしやがって。一体何考えてやがるんだって、問い質してやらねえと。
……やっぱり、あんなことをされて黙ってるなんざ、俺にゃできねえよ。
答えてからしばらく経って、背後であいつが身動きする気配がした。
「私も行こう」
「何言ってやがる、お前はおとなしく寝てろって!」
振り返って、寝台の上で身を起こそうとしてる手負いの妖精を押し留める。
「背中の傷が開いちゃいけねえだろ?」
「だが、貴様一人で行くなど無謀すぎる。せめて、サーラさんと二人で……」
デュラムはそう食い下がったが、魔女っ子は今日一日いろいろあって疲れたらしく、卓の上に突っ伏しちまってる。くう、すうって、愛らしい寝息を立てながら。
ったく、あんな水着みてえな格好で寝て……風邪引いたらどうするんだよ。
寝台から毛布を取ってきて、サーラにかけてやった。目を覚まさねえよう、そっと。
「ん……」
毛布をかけた瞬間、魔女っ子がちょいと身じろぎし、何やらむにゃむにゃ寝言をつぶやいた。
「……姉、さん……今、どこ……?」
「お前の手当てとかで疲れてるんだ。寝かせておいてやってくれ」
笑って、デュラムにそう頼む。
「どうあっても、一人で行くつもりか」
「大丈夫だって。またあの皇子様と剣を交えようなんて、これっぽっちも思ってねえからさ」
そんなことすりゃ、姫さんやナボン太守に迷惑がかかるだけだろう。ここは剣なんざ抜かずに、言葉で勝負だ。
和平の話し合いの最中にあんな騒動起こして、どういうつもりなのか。サンドレオにゃ本当にフォレストラと手を取り合って、戦を終わらせる意思があるのか。そんな疑問をあの皇子
様にぶつけてやるんだ。あの皇子様が素直に答えてくれるとも思えねえが、表情や口調から何かつかめるかもしれねえ。
もちろん、話をするどころか門前払いをくらう可能性もあるけどさ。ものは試しだ、やってみよう。
そんな胸中を妖精に打ち明けると、デュラムはあきらめの表情を浮かべて、嘆息した。
「貴様という男は……止めても無駄なようだな」
毎度のごとく、ぷいとそっぽを向いて、こうつけ加える。
「気をつけて行け。森の神と風神の加護が貴様にあるよう、祈っておいてやる」
「ああ、わかったぜ」
右手を目の高さに挙げて笑ってみせ、俺は部屋を出た。扉を閉めたところで、一度大きく深呼吸。緩んでた表情を、ぐっと引き締める。
……待ってろよ、皇子様。今、そっちへ行ってやるぜ!




