第31話 神々の末裔
レオストロ皇子が去ってから、ろうそく一本が燃え尽きるくらいの時間が過ぎた頃――俺とサーラは手負いの仲間を、昨晩から寝泊りしてる部屋へと運び込み、寝台に寝かせて手当てをしてた。
部屋にいるのは、俺たち三人だけ。姫さんは、皇子様の気まぐれで中断された話し合いを、明日にはどうにか上手い方向へ持っていけるよう、他の使者たちにかけ合ってるところだそうだ。ナボン太守も一度、俺たちの晩飯と妖精の手当てに必要な薬草や包帯を差し入れてくれたとき以外は、使者たちの接待やらなんやらで忙しいらしく、姿を見せなかった。
そんなわけで、訪ねてくる奴もほとんどなく、デュラムのために薬草を擦り潰したり、包帯を取り替えたりと、忙しい時を過ごしてた俺とサーラの許へ――突然、招かれざる客がやってきた。
「やあフラン、調子はどうだい?」
まるで友達にでも話しかけるような、気安い口調。扉に降ろしてあった閂をあっさりと外し、部屋に入り込んできたのは、燃え立つ赤毛の少年。その背後にゃ、黒髪に浅黒い肌、踊り子風の身なりをした女の子と、不気味な蜘蛛の仮面で顔を隠した暗殺者の姿もある。
「あんたは――!」
「メラルカ様?」
「『様』はいらないよ、魔女のお嬢さん」
扉を閉めるよう、暗殺者に手振りで命じてから、火の神様はこっちを振り返って、白い歯を見せた。
「仲間の具合はどうだい? さっき妖精が斬られたんだろう? サンドレオの皇子にさ」
なんでそれを知ってるんだ――そうたずねかけて、やめた。
確か神々にゃ、目にしたもんの過去と現在を知る、魔法の力があるんだっけ。それなら、俺たちがさっきどんな目に遭って、今どういう状況にあるかもお見通しなんだろう。
「ふん……見ての通りだ。冥界から死神が迎えにくるほどの深手ではない」
「ちょっとデュラム君、まだ起きちゃだめよ!」
サーラが止めるのも聞かず、デュラムが寝台の上で身を起こした。立ち上がって、壁に立てかけてあった槍を取る。けど、めまいでもしたのかふらっとよろめき、そのままぶっ倒れ――そうになったところで、俺が駆け寄り肩を貸した。
「無理するんじゃねえよ、デュラム!」
「私としたことが、不覚だ……貴様に助けられるとは」
「強がり言ってねえで、今はおとなしく寝てろって」
もっともこの状況じゃ、おちおち寝てなんざいられねえだろうけどさ。あの皇子様に背中をばっさり斬られてるんだ。せめて横になって、安静にしてた方がいいだろう。
「なんの用なの? メラルカ様」
俺がデュラムを寝台に寝かせてる間に、サーラが杖を構えた。その先端を油断なくメラルカに向け、奴がやってきた目的を探る。
「妖精の見舞いに来た――と言っても、君たちには信じてもらえないだろうね」
剥き出しの胸元に突きつけられた杖を見てもまるで動じることなく、火の神は肩をすくめてみせた。それから、右手を挙げて指を鳴らし、ぱっと炎の花を咲かせる。
この町へ来てから、神々の魔法を見るのはこれで何回目だろうな? メラルカの指先で花開いた灼熱の蓮は、ボワッと一瞬部屋中を照らした後、真っ赤な色はそのままに、熱を持たねえ本物の花と化した。
見舞いの品、なんだろうか。魔法で炎から生み出した真紅の花一輪を手近な卓の上に置き、神は「ボクからの贈り物さ」って、気取った口調で言った。
「君たちがどうしているか、気になったんだ。それで、退屈しのぎも兼ねて、足を運んできたってわけさ」
「誰にも気づかれずに、かよ」
今この館にゃ、フォレストラの戦士たちが大勢いて、あちこちで見張りをしてる。先日から中庭に神々が居座ってたり、昨日は暗殺者が忍び込んできたり、今日は今日でサンドレオ帝国の使節団たちが来てたりと、気が抜けねえ状況が続いてるからだ。
連中にまったく気づかれずここまでたどり着くなんざ、やっぱり神様だからできることなんだろうな……。
「父様が、わざわざ会いにきてくれたんだからね! ありがたく思いなよ、坊や!」
神の背後で、黒髪と褐色の肌持つ踊り子さんが腰に手を当てて、こっちをにらむ。
「えっと……あんた、誰だっけ?」
その一言を聞いた途端、踊り子さんの眉がピンと逆立った。「もう我慢の限界なんだから!」とでも言わんばかりの剣幕で、メラルカの脇を擦り抜け、俺の前までずんずん進み出てくる。
「呆れたね、坊や! あたいのこと、もう忘れたのかい!」
身を乗り出し、前かがみの姿勢になって、ビシビシ、ビシ! 喧嘩腰で、こっちに人差し指を突きつけてくる踊り子さん。
「あたいはラティルケ、メラルカ父様の娘さ! 今度忘れたら、絶対承知しないんだからね!」
そう言ってこっちをにらむ仕草ときたら、まるでしゃーっと口を開け、牙を剥いて威嚇する猫みてえだ。
「あ、ああ……すまねえ」
その剣幕に押されて、思わずわびを入れちまう俺……って、おい。ちょっと待てよ。
確か俺、昨日この人に、大事なもんを盗まれなかったか?
「……! そう言えば、あんた――!」
俺が身構えたときにゃもう、踊り子ラティルケさん――略してラティさんは、素早く後ろへ跳びすさり、魚をくわえた泥棒猫さながら、不敵な笑みを浮かべてた。
「ふふん! やっと思い出したかい、やっぱり鈍い奴!」
昨日からいろんなことがありすぎて、すっかり忘れてたぜ。この踊り子さん、昨日俺の財布を盗みやがったんだ。俺が装身具店で買った、デュラムとサーラへの贈り物が入ってる革財布を!
「二人で仲良く盛り上がってるところ悪いけど、話を続けてもいいかな?」
「仲良くねえよ!」
「盛り上がってないんだから!」
すっと間に滑り込んできたメラルカに、声をそろえて怒鳴りつける、俺とラティさん。声が重なったことに一瞬きょとんとして、互いに束の間見つめ合い――それから双方、慌てて目をそらした。
……俺は別に、この人のことは憎いとか嫌いとか、そんなふうに思ってるわけじゃねえんだ。ただ、財布とその中身さえ返してくれりゃ、それ以上どうこう言うつもりはねえのに……。
それっきり、黙り込んじまった俺とラティさんを交互に見やり、メラルカは「こほん!」と一つ咳払いした。
「ああ、ところでフラン。昨日セフィーヌにも忠告されたんだろう? サンドレオの使節団に気をつけろってさ。特にあの皇子には注意した方がいい。なにしろ彼は――ボクら神々の末裔だからね」
最後の言葉に、俺やサーラはもちろん、寝台の上でおとなしくしてたデュラムまでもが目を見開いた。
「神々の――末裔?」
どういう意味だよ、そりゃ?
「そのままの意味さ。サンドレオ帝国の皇族は皆、多かれ少なかれ、神の血を引いてるんだ。昔、あの国最初の皇帝とボクらの間でいろいろあって……それが原因でね」
「本当かよ?」
地上の権力者たち――王や皇帝が自らを神の末裔と称するのは、フェルナース大陸じゃよくあることだ。たとえば、建国の英雄が人間の男と女神の間に生まれた半神で、自分はその子孫なのだ――とかってさ。その手の神話や伝説は、俺の故郷でも耳にしたことがある。
けど、そんな話は大方、権力者たちが国を治める正統性を主張するためにでっちあげた嘘っぱちで、本当は神様の血なんざ一滴も引いてないんじゃねえか。俺は今まで、そう思ってたんだがな。
メラルカに話の真偽を問うと、火の神は「本当さ」って請け合った。
「特にあの皇子――レオストロは、ボクらの血を色濃く引いててね。彼の武勇伝を聞いたことはあるかい?」
「噂で聞いたことがあるわ。十二歳で魔物を退治した英雄だって」
と、サーラが言う。
「そう。他にも、最近まで続いてたフォレストラとサンドレオの戦で、彼が立てた武勲は枚挙に暇がない。それもこれも、すべては彼の体を流れる神の血がなせる業さ。けどね……」
笑みを浮かべてた神の顔が、すっと引き締まる。
「ボクらの血を引くっていうのは、いいことばかりじゃない。そのせいで心が歪んだり、ねじ曲がっちゃったりすることもよくあるんだ」
「あの皇子様みてえに、ってことか?」
「その通り。さっき、彼と手合わせしたんだろう? そのとき、何か感じなかったかい?」
「……ああ、確かに」
あの人に似てるって思った以外にも、気になったことはいくつかあった。
輝きのねえ、どんよりと曇った目。他人様の館でいきなり剣を抜いて振り回した挙句、刃傷沙汰に及ぶなんて常軌を逸した行い。それに、俺と剣を交えたときの豹変ぶり――まるで戦いを渇望してるかのようなあの口調や表情からは、確かに普通じゃねえもんを感じた。
けど、今気になるのは、それよりも――だ。
「なんで俺たちに、そんなことを教えるんだよ?」
油断なくメラルカを見すえたまま、俺は疑問を口にした。
「今の話を俺たちにして、あんたになんの得があるってんだ? あんたと俺たちは――」
「敵同士だろう、って言いたいのかい? とんでもない」
炎の王は、大仰にかぶりを振ってみせた。
「ボクにとって、キミたちは未来のしもべ。いずれはボクの忠実な下僕として、存分に働いてもらうことになるんだ。だからこの町もろとも、灰になったりされちゃ困るんだよ。わざわざこうして忠告に来てるのは、キミたちがそうならないようにするためさ」
天井に向けて開いた両手を頭の左右に掲げ、俺たちを将来、下僕化するなんて宣言しやがる火の神様。
「昨日はこの町が『火の海になる』って言ってたわね。今日は『灰になる』だなんて……これから一体、何が起こるっていうのよ?」
神の思わせぶりな口調にじれてきたらしく、魔女っ子の声がちょいとばかりいら立たしげになった。
「それに、その話とレオストロ皇子は、やっぱり何か関係があるのかしら?」
「さあ? 気になるなら自分で調べてみたらどうだい? 魔女のお嬢さん。手遅れにならないうちに、今晩でもさ」
サーラの問いを、炎の王は軽やかにかわした。これ以上、答えをくれるつもりはねえらしい。
「ここへ来る途中、侍女たちが話してるのを聞いたんだけど……サンドレオ帝国の使者たちは皆、今夜はこの館に泊まるそうだよ。ちなみにあの皇子は、一番奥まったところにある豪華な部屋に入ったって話だ」
「豪華な部屋……」
それを聞いて思い出したのは、昨日この館の敷居をまたいだ後、最初に案内された一室だ。コンスルミラの先代太守が集めたいろんな調度品が飾られてて、目を見張ったのを覚えてる。
「こっそり忍び込んで、彼の荷物を調べてみれば、何か手がかりが見つかるかもしれないよ? たとえば、他人に知られたくないたくらみが記された、羊皮紙とかさ」
そんなもんが、果たして都合よく見つかるかどうか。それに、第一――。
「俺たちは冒険者だ。そんな泥棒みてえな真似、できねえよ……!」
そりゃ、時には古の王が眠る墳墓に入って、金銀宝石が詰まった宝箱を探したりすることもあるけどさ。今生きてる奴の荷物を勝手に開けて、中をごそごそ引っかき回すなんて、そんなことはしたくねえ。
それより……あの皇子様と直接会って、腹を探ってみることはできねえかな?
「ねえ父様、もう行こうよ!」
しばらく黙ってたラティさんが、こらえかねたかのように、また小生意気な口を挟んできた。燃え立つ炎の刺青が入ったメラルカの腕をつかんで、ぐいぐい引っ張る。
「こんな奴にこれ以上忠告してやったって、時間の無駄だって!」
「ああ……まあ、ボクは別に命令してるわけじゃないからね。あとはどうしようとキミたちの自由さ」
投げやり気味にそう言い捨てて、メラルカはくるりときびすを返した。
「キミたちには、この町もろとも火焙りになってほしくはないんだけどね……まあ、そうなったらそのときはそのとき、代わりのしもべを探すだけさ」
こっちの不安をあおるような言葉をつけ加え、炎の王は去っていく。後ろにラティさんと、始終無言の暗殺者を従えて。
火の神が右手を挙げると、それまで閉まってた扉が音もなく開き――奴と二人の眷族が出ていった後で、また閉められた。パタンと、小さな音を立てて。
「おい……! ちょっと待てよ!」
俺が慌てて後を追い、扉を開けたときにはもう、部屋の外にゃ奴らの影も形もなかった。
「ちくしょう……!」
昨日と同様、思わせぶりなせりふを吐くだけ吐いて、退散しやがって。
俺たちゃこの先も、神出鬼没な神様や、その眷属たちに翻弄されるのかよ……?




