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第9話 魔法の飲み物、茶は苦い

 ナボン太守の館に入った俺たちは、姫さんの後に続いて、長い廊下を進んだ。


「皆の者おぉ、仕事だあぁ~! 客人がおいでになったぞおぉ! 姫様の客人、ナボンの客人だあぁ! 皆でがんばって、もてなしの準備するぞおぉ~!」

「……お前たち、こっちだっ」


 一足先に入った太守様の騒々しい声が響き、召し使いたちのあわただしい足音が聞こえる中、姫さんは自ら先頭に立って、俺たちを館の奥へと案内した。

 そしてたどり着いたのは、あまり人気(ひとけ)がねえ、最も奥まったところにある一室。姫さん曰く「ナボンの前に太守をしていた男が使っていた部屋だっ」とのこと。


「ナボンは純朴で裏表のない男だが、あの通り騒がしくてな。実は少し、苦手なんだっ」


 俺たち三人を中へ招き入れた後、扉をそっと閉めつつ、姫さんは苦笑した。


「ここなら静かで、落ち着くだろう? ナボンがもてなしの準備をしている間、ゆるりとしてくれっ」


 そう言われて、俺は部屋の中をぐるっと見回してみた。

 確かに一見派手なところはなく、くつろぐのにちょうどよさそうな部屋だ。けど、さすがに町一つ預かる太守が暮らす館の一室だけあって、よく見りゃ相当金がかかってる。あちこちに置かれてるのは東方の国々――サンドレオ帝国やその周辺諸国からもたらされたらしい高価な品だ。


「すげえな……床に敷かれてるこの絨毯、ペシアル産の上物じゃねえか」

「そのようだな……む? 棚の上に飾られているあの壺は、まさかチャナタイの陶磁器か?」

「チャナタイ? あの、東の彼方にあるっていう伝説の国か? 本当かよ!」

「見てメリック、デュラム君! この机、レヴァン杉でできてるわ。象牙の象嵌細工が施されてて、とってもきれい♪ けどこれ、市場に売り出されたら一体いくらくらいするのかしら?」


 物珍しさのあまり、部屋の調度品をあれこれと見て回っちまう俺たち。かれこれ三年半の時を冒険者として生きてきて、その間、それなりに価値あるお宝を見てきたつもりだが……これだけ高価な品々にゃ、そうそうお目にかかれるもんじゃねえ。


「皆、先代の太守が集めさせたものだそうだ。正直言って、私はあまり興味がないのだが……どうだ、気に入ったかっ?」


 しばらく俺たちの様子を見てた姫さんが、手近にあった椅子を引き寄せ、腰かけた。「じきに(チャイ)が出るからなっ」と言って、俺たちにも適当な席に座るよう勧める。


 さっきは俺たちに相談があるとか言ってた姫さんだが、どうもいきなりそれを持ち出す気はねえようだ。席に着いてしばらくは、俺が姫さんに請われるままに、この半年間の話をした。時々、デュラムやサーラの突っ込みを挟みながら。


 シルヴァルトの森で姫さんと別れてから、俺たちが旅を続けて訪れた、いろんな地方の話。そこで挑戦した、いくつもの冒険――賞金首の魔物退治や、遺跡でのお宝探しの話。


 姫さんは初め、それらを嬉しげに、興味津々な様子で聞いてたが、やがて昨日の話になると、急に顔色を変えた。


「この町に火の神メラルカが現れただとっ? 森の神ガレッセオにかけて、それは事実かっ?」

「太陽神リュファトにかけて本当だぜ、姫さん」


 話の最中に、この館で働いてるらしい侍女さんが入ってきて、(チャイ)を淹れてくれた。俺は軽く礼を言って陶杯(カップ)を手に取り、話を続ける。


「カリコー・ルカリコンの代わりに神授の武器を集めてくれる、新しいしもべを探してるとか言ってたぜ。それで、ラティルケっていう娘さんと一緒に現れて、俺たちに誘いをかけてきたみてえだが……」

「断ったのかっ?」

「ええ。この子はなんとか返事を引き延ばせないかって考えてたみたいだけど、あたしがきっぱり拒否したわ」


 俺の後を引き継いで、サーラが語る。


「だって、神様のお誘いなんて引き受けたらどうなるか、わかったものじゃないもの。その後は、じゃあ力ずくでってメラルカ様が襲ってきて、戦いになったわ」

「俺は手も足も出なかったが、サーラの魔法のおかげで助かった。その後、デュラムもその場に駆けつけて、メラルカにゃどうにかお帰りいただけたってわけだ」


 そこまで話したところでのどの渇きを覚えた俺は、一休みついでに、陶杯(カップ)の中身をくいっと一口。

 ……に、苦いぜ。

 思わず顔をしかめそうになるのを、どうにかこらえた。

 今朝も食後に飲んだが、俺はこの、東方渡りの(チャイ)ってやつがどうも苦手なんだよな。疲れや眠気を取り去り、心身を癒す魔法の飲み物らしいが、この苦さは何度飲んでも慣れねえ。

 けど、せっかく姫さんが出してくれたもんに嫌な顔をするのも無礼だし、ここは我慢、我慢。黙って頂戴することにしよう。

 ずずずずーっ……。


「ちょっとメリック、なに下品な音立てて飲んでるのよ、行儀悪い!」

「ぶおっ!」


 いきなりサーラに背中をべしっと叩かれ、口一杯に含んだ(チャイ)を吹き出しちまった。全部吹いちゃいけねえと、慌てて飲み込んだが……げほっ! なんと、今度はむせる羽目になった。


「げほ、ごほ。サーラ、てめえ何しやがる、けほっ」

「あ、あらごめんなさい、大丈夫? ちょっと強く叩きすぎたかしら?」


 サーラとしちゃ、姉貴ぶって俺の無作法を咎めたつもりだったんだろうが、何度も咳き込む「弟分」を見て、さすがに悪いことをしたかって思ったらしい。


「ほらメリック、じっとして。口許ぬれてるから、ふいてあげる」


 そう言ってずいっと身を乗り出し、荷袋から取り出した亜麻(リネン)の布で、俺の口許を丁寧にぬぐってくれる。

「う……」


 サーラの愛らしい顔がいきなり目前に迫ってきて、どきっとした。突然のことに体が固まっちまい、目だけを左右に落ち着きなく動かしながら、魔女っ子に世話を焼かれる俺。

 ちょいとばかり、ほっぺたが熱い。ひょっとしたら、赤くなってるかもしれねえ。そのうえどぎまぎして舌も回らず、


「あ……ありがとな」


 と一言、礼を言うのがやっとだった。


「どういたしまして。はい、これでよしっと♪」


 ふき終えた後で、サーラは片目をぱちっと瞬かせ、「いきなり叩いて悪かったわ」って、俺にささやいた。


「べ、別にいいって。俺が無作法な飲み方してたのがいけねえんだからさ」


 それにしても……ふう、やれやれ。一息入れようと思って(チャイ)を飲んだのに、かえって疲れちまった気がするぜ。


「仲がいいのだな、お前たち」


 俺とサーラのやり取りを黙って見てた姫さんが、不意にぽつりとつぶやいた。寂しいようなうらやましいような、それにちょっぴりねたましいような、そんな口調で。


「私にもお前たちのように気の置けない、信頼できる者がいるといいのだが」

「姫さん……」


 この人にゃ半年前、俺たちと出会った〈樹海宮〉で、信じてた男に裏切られ、危うく殺されそうになったって過去がある。あのときは、ずっと腹心だと思ってた奴にいきなり信頼を踏みにじられて、相当衝撃(ショック)を受けたみてえだった。この半年間で立ち直ったかと思ってたんだが、今の様子を見る限り、そうでもねえようだ。

 ちなみに、そのとき姫さんを裏切った奴ってのが他でもねえ、当時火の神メラルカのしもべだった魔法使い――俺にとっちゃ親父を殺した仇敵であるカリコー・ルカリコンだ。あいつが姫さんの心に負わせた傷は、どうやら思った以上に深いらしい。

 ……俺に何か、できることがあるといいんだが。


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