第10話 先客たち
「――ところで、ずっと気になっていたのだが」
と、それまでほとんどしゃべらずにいたデュラムが、口を開いた。
「先程から聞こえてくる、あの声はなんだ? うるさくて仕方がないのだが」
どうやらこいつが言ってるのは、俺たちがこの館に着いたとき、中から聞こえてきた陽気な歌声、笑い声のことらしい。館の中でも奥まったところにあるこの部屋に来てからは、俺にゃあまり聞こえなくなってたが、デュラムは妖精だ。人間よりずっと耳がいいからな。俺や魔女っ子に聞こえねえような声でも、こいつにとっちゃよく聞こえる分、耳障りなんだろう。
「確か姫さん、少し前からこの館に滞在してる連中がいるんだよな。あの声、その先客たちのもんなんだろ? そいつらのことで相談があるとか、言ってなかったか?」
もうそろそろ、話してくれてもいいんじゃねえか。そう促すと、姫さんはしばらくためらう様子を見せた後、意を決したようにうなずいた。
「いつ話そうか迷っていたのだが……来てくれっ! 見せたいものがあるっ!」
そんなわけで部屋を出て、再び姫さんの後を追う俺とデュラム、サーラの三人。例の声は廊下を進めば進むほど大きく、俺の耳にもはっきり聞こえるようになってきた。
先客たちの、賑々しく楽しげな笑い声。その中にまじって聞こえるのは……歌声だ。豪快で生き生きとした、歌声。
「驚け、おののけ、ひざまずけ♪ 大地にひれ伏し、あおぎ見よ!
おぬしらか弱き地上の種族♪ 妖精に小人、巨人! 死すべき定めの人間ども♪」
その歌詞を聞いてるうちに、なんだか懐かしさ半分、嫌な予感半分といった、妙な気持ちになってきた。
この歌……どこかで聞いたことがあるような気がするぜ。
「汝ら知るや、我らが力? 日照りに稲妻、大噴火♪ 竜巻、吹雪に大洪水!
すべてが我らの意のままに、起こりて敵を打ち倒す♪」
……間違いねえ。こいつは、あのときの……。
明らかに聞き覚えのある歌を耳にしながら、ひたすら姫さんの後についていく。
案内された先にゃ、太い丸太を並べて鉄で補強した、重厚な両開きの扉があった。先客たちの声は、その向こうから響いてくる。
「この先は、中庭だ。これから見るものは、くれぐれも他言無用に」
「――わかってるぜ、姫さん」
向かって左の扉に手を当て、声をひそめて告げる姫さんに、俺は神妙な面持ちでうなずいた。
「あんたが見せたいものってはなんなのか、予想はついてる」
「あたしもなんとなく、わかる気がするわ」
サーラが俺の傍らに来て、寄り添うように、左腕に触れてきた。緊張してるのか、その手がかすかに震えてる。顔も心なしか、青ざめてるようだ。
それを見た俺は――少し迷った後で右手を伸ばし、サーラの手にそっと重ねた。断りもなく女の子の手に触れるなんざ無礼かもしれねえが、今はそうした方がいいって思ったからな。
――心配するなって。デュラムもいるし、それに……俺もついてるからさ。
口にゃ出さなかったが、俺が言いてえことは伝わったらしく、サーラは強張った表情をふっと和らげた。目尻を下げ、口許にかすかな笑みを浮かべて、こっちを見る。
その笑顔に、またどきっとしちまったことは、太陽神にかけて、サーラにゃ内緒だ。
「もったいぶらずにさっさと開けてもらおうか、フォレストラの〈狼姫〉」
デュラムの奴が、いつものすまし顔でそう促すと、
「そうか。では――開けるぞっ!」
姫さんが、ぐっと手に力を込め、左の扉を押し開けにかかった。
以前に一戦交えて知ったことだが、この王女様はほっそりとした見かけによらず、かなりの力持ちだ。大の男でも引けるかどうか怪しい大弓を軽々と引き絞り、しかも尋常じゃねえ速さで立て続けに矢を放つなんて魔法じみた芸当もできたりする。
けど、今回は扉がよっぽど重いのか、それとも蝶番が錆びついてるのか、さすがの姫さんも開けるのに苦労してるようだ。扉はギギギッと不快な軋みを立てるばかりで、なかなか開こうとしねえ。
こんなときは、女の子一人に任せて、ぼーっと見てちゃいけねえよな。
「手を貸すぜ、姫さん。デュラム、お前とサーラはそっちを頼む!」
「ふん……」
「いいわ、任せて」
俺は姫さんを手伝って左の扉に肩を押し当て、妖精の美青年と魔女っ子も、右の扉を両手で押した。
「「「「せーのっ!」」」」
四人で力を合わせて、一気に――押し開ける!
大きく広がった扉と扉の間から、光があふれ出してくる。
姫さんの言葉通り、開かれた扉の先は、中庭だった。真ん中には石を刻んでつくった十二の獅子像に支えられた水盤があり、玉の滴を噴き上げながら心地よい響きを立ててる。
噴水の周囲には、十文字の水路とみずみずしい芝生、咲き乱れる花々の彩りも豊かな花壇が配され、その様はさながら地上の楽園のよう。四方を囲む回廊にゃ、大理石を磨き上げた細く優美な円柱が立ち並び、柱頭には砂漠の民が使う装飾めいた不思議な文字が、びっしりと刻み込まれてる。
そして――そこには思った通り、奴らがいた。
「――ほう? 扉の向こうで話し声がすると思うておったが……貴様らか」
中庭にいたいくつもの人影が、俺たちの気配を察して、こっちを見る。その中でも一際でっかい禿頭の巨人が、黒雲の上をごろごろ転げ回る稲妻の猛々しさを秘めた声で、こう言った。
「以前に会うたな、人間の小僧。我らの神々しき顔、よもや見忘れたとは言うまいのう?」
そう――そこにいたのは、世界の創造者にして支配者。天空に浮かぶ魔法の城塞都市ソランスカイアに住み、地上に恵みと災いをもたらす全知全能の種族。俺の親父に死の運命を与え、俺を二人の仲間――デュラムやサーラと出会わせた絶対者たち。
俺たち地上の種族は、時に畏れと敬いの気持ちを、時に憎しみと呪いの念を舌に載せ、天上の権力者である奴らを指して、こう呼んでる。
――神々、と。




