ver.035
なるべく高い場所が良いな。
そんなことを思っていると、私の乗った小さな脱出用ポッドは、引力に捕まって自由落下した。スピードがある程度まで上がったけど、それ以上は伸びない。でも、速度は下がらない。
――嘘、地面に激突するッ。
と、地面へあと十メートルほどの距離で、ポッドは炎のような何かを噴射すると、それだけで速度は消えた。衝撃も無い。
リンクの力だ。このポッドにかかる抵抗や重力加速などを、別の平行世界へ送り込んだ。おかげで、私は無事に着陸出来た。着地の音すら、無かった。
勝手に扉が開いた。
外に出る。
途端に、むっとする香りが、鼻をつく。どこかで火事が起きた時みたいな、木材の焼けた匂いが、空気に混ざっていた。まぁ、実際に、火事はそこら辺で起きているみたいだけど。
私は、我が家の近くにある、小さな山の展望台に落下していた。そこから、私の住んでいる街を眺望できるんだけど、景色が一変している。住宅街からは黒い煙がモクモクと空に伸び、高層ビルが並ぶ区域は、そのうちのいくつかが派手に倒壊していた。
そして、先ほどカラスに見せてもらった、蟻の体にタコの細い触手を何本も生やしたような、全長五百メートルは超えている兵器が、遥か遠くの街で、縦横無尽に歩を進めていた。時折、黒い触手を地面に這わせている。カラス曰く、あれで人間を捕まえているんだろう。
てっきり、あの兵器に対して、地球の拙い軍隊が立ち向かってボコボコにされていると思ったんだけど、その光景は見られなかった。いや、もしかしたら、既に負けているのかもしれない。ってか、私の国の軍隊は、いざという時、自分からは動けないので、国会で話し合いをしている間に、やられてしまったのかもしれない。
――そういえば、湊が二階の観覧車で有野間強の話題が出た時、今日は、全世界同時軍事訓練、だとか言っていたな。全世界が平和のために、訓練するみたいだけど、それとこの宇宙人侵略のタイミングが合いすぎている。……ような気がした。宇宙人が来襲に対しての、防衛のような。いや、考え過ぎかな。あ、でも、有野間強は、首相の時、自分の提唱した政策を、悉く成功させていたらしい。それも、こじつけみたいな気がするけど、まるで、成功する未来を知っているかのように……。
あ、でも、未来予知を使える人はもう死んだし、何より女性だ。何も関係が無い、とは言い切れないけど、今はそんなこと考えている暇が、私にはもう存在しないんだ。
ケータイを開く。
セセラギ
11931193
残り、二十二時間
DP SP
300/300 20/20 ◎◎
①閃光 ②ビルドレ ③瞑想ギガドレ ④守る→加速 ⑤ト・リ・パ
⑥万魔の暁
× インフォメーション
……あれ、私の名前の隣に、新しい項目がある。それに気づくと、突然ケータイの画面が切り替わり、なんと着信がかかってきた。友達かと思ったけど、電話番号が【11931193】と見たことの無い数字の羅列だった。嫌な予感を受けつつ、電話に出た。
『無事だったかな?』
果たせるかな、カラスの声が聞こえてきた。微妙な震えが耳に障る。
「何か、用?」私はそっけなく返した。
『君のケータイに改良を加えたので、その報告だよ。君も、自身の残り時間くらいは知りたいだろう、と思ってね、少し改良を加えておいた』
「おかげで、死ぬまでの時間の使い方がわかりやすくなったどうもありがとうございました。で、まぁ、この街の様子から、カラスさんの言う通り、ケーキ屋は閉まっているだろうね。いやもうマジでありがたいよ」
カラスは電話の先で笑った。
『そう言うな。それに、ケーキ屋どころか、全ての店が閉まっている』
「そうだね。はぁ、じゃ、もう電話しないでね。カラスさんと喋るの、話を聞くのがめんどうで、疲れるから」
『私も、君に電話を掛けることは、もう二度と無いよ。これで……と、一つ忘れていた。君を、一応兵器のレーダーから外れるように設定しておいたよ。最後に邪魔されず有意義に過ごせる。文明の壊れゆく地球でね』
そこで電話は切れてしまった。
私はポケットにケータイをねじ込むと、展望台を後にして、山を下りる。舗装された道を通り抜けると、そのまま商店街へと続く道が見えた。そこを、目指した。
商店街に、人間の姿は無かった。あの兵器来襲があったのだから、もっとコテンパンに破壊されていると思ったけど、天井の雨避けにいくつか穴が空いているだけで、それほど被害は見られない。多分、あの隙間から触手だけを伸ばして人間を捕まえたんだろう。でも、さっき見たビルは半壊していたので、これが大都会なら、街はボロボロに壊れていたのかもしれない。ここは田舎に近いから、深刻な被害にはならなかったのかも。
一応、この商店街にある、私がよく通っていたケーキ屋に向かった。人はいない。その反対側にある和菓子屋、カラオケ、ファーストフード、喫茶店、呉服屋、どれを見ても、人間の気配を感じられない。しかも、どの店にも、食べ物は置いていなかった。兵器に襲われて形振り構わず逃げたはずなんだから、残っていてもおかしくないのに、火事場泥棒みたいな奴――この量を持ち去るのだから奴らが、食糧を片っ端から奪い去っていったの? うぅ、おかげでお腹が減ってきたのに、何も食べられない。カラスが差し出してくれた、あのパンを思い出し、涎が出てきた。ケーキの一つくらい、残しといてよ、コナクソ……。
商店街にこれ以上居座っても時間の無駄だと判断した私は、一端外に出た。
が、すぐに立ち止まる。
どこに行こうか、と考えた。
ケータイを見ると、あと二十二時間以下の命だ。本来なら、何か私が心残りにしている問題に、真正面から挑んでみたいところだけど、生憎そんなモノは無い。
行きたい場所は無いし、そもそも電車やタクシーなど足が無い。
――我が家へ一度、戻ってみようかな。特に理由は無いけどね。
ここから我が家まで、平坦な住宅街を抜ければその先にある。帰り道の道路には、足跡のような凹みがあり、付近の家は壊れている。燃え尽きて炭の骨組みだけ残った一軒家もあったけど、それ以外は、あまりダメージを負ってはいない。
喉が渇いたので、自動販売機を見つけると、ジュースを買うことにした。財布を出して、小銭を入れて、はい反応しません。停電しているからか、電気が通っていない。
ガンッ
と蹴った。クソ、小銭を無駄にした……まぁ、もう通貨に意味は無いだろうし、別に問題は無いけど。
「【ビルドレ】」を使った。近くにあった巨大な瓦礫を拾うと、それを持ち上げて、自動販売機にある、防犯用の鎖に叩きつけた。何度か叩くと、変な音がして、外れた。指を差し込み、力づくで引き剥がして、ジュースを取り出す。中のジュースは少し温くなっていたけど、飲めなくは無い。
つーか、この力、地球上でも使えちゃうんだ。そういえば、いくつか使っていないスキルがあった。きっと三階のボス戦で使用するはずだったんだろうなぁ。もう使うことは無いと思うと、不憫でたまらない。飲み終わった空き缶は、道路に捨てた。
我が家は無事だった。傷は一つも無い。だけど、祖父と祖母は居なかった。いつもなら、可愛い孫娘が返ってくるのを心待ちにしているはずなのに、誰も居ない。がらーんとしている。
まぁ、当たり前か。宇宙人に誘われたか、逃げ遅れて転んで長寿を全うしたよね。合掌! 二階に上がり、鞄を見つけると、台所にあった食パンを食べながら、他にお菓子とジュースを押し込んだ。あと、携帯ゲーム機も。多分やらないと思うけど、一応ね。
玄関に戻り、私は律儀にも靴を脱いで上がっていることに気づいた。習慣ってやっぱ恐い。もう靴で家の中をうろついても、怒る人間はいないのに。玄関の縁に座り、私は靴を吐きなおす。
靴紐を結びながら、今後の目的を考えることにした。
なにしろ、今の私には、やりたいことが皆無なんだ。
彼氏はいないし、最後の時を、仲の良い友達と楽しく過ごそうにも、皆連れて行かれたと思うし、そもそもこの状況で会いたいと思うほどの親友は私にはいない。皆、グループになって集まるけど、それは上辺だけだ。男子ならともかく、女子って基本そんなもの。適当に顔を合わせて、笑うだけ。本当に危ない時、一緒に居てくれる人間なんていないし、必要が無いと思っていた。いやだって、普通、本当に危ない時が訪れることなんて絶対にありえないのに。
そうなると、湊を“事故”で亡くしてしまったことを、だんだんと後悔してきた。あの子なら、もっともっと精神をズタズタに引き裂いて、私の言葉を妄信的に信じるようにしたのに。ってか、イジメられて苦しいとか言っていたけど、本心は違っていたよ。私はそのつどあの子の心を読み取っていたんだけどさ、マゾ体質があるのか、湊は私にイジメられることを、心のどこかで、切望している時があった。はぁ、今、私の横に湊が居たら、あーあ、私が死ぬまで、楽しく遊んであげようと思っていたのに。なんてこったい。
と、そこで、あることを思い出した。
湊が教えてくれた有野間強についてだ。確か、彼の実家が、この街の中にあると、湊さんは何気無く言っていた気がする。私の幼い記憶に(これは本物だよね?)選挙運動などのポスターが貼られていたのが、存在している。
カラスは、……会川奈々が、有野間強の妹だと言っていた。
繋がっているのか? 何か、細い糸のようなモノで、有野間強と会川奈々、それに廻る世界が、微かに触合っているのかもしれない。
でも、それが何なの?
だって私はあと二十四時間も経たずに死んでしまう。もう残された時間が少なくて、限られた選択肢しか進めないのに、その謎に挑んじゃうの?
そんな私が可哀想に思えてきたけど、他にやりたいことが無い。だから、まるで皆が進学するから自分の進学しよう、と何も考えていない学生のように想いを馳せると、勢いよく、扉を抜けた。
途端に、勢いは消えてしまったや。
だって、場所がわからない。いくらこの街のどこかに実家が存在するといっても、ここはド田舎ではない程度の田舎だ。それなりに広い。簡単に見つかるとは考えられない。この街で有野間強の家を探索している最中に命が果ててしまうかもしれない。
つまらない妄想が脳を駆ける。あ、そうだ、警察に行って場所を聞く……いやだから、人がいないっての。
ため息をついて、何気なくケータイを覗いた。
瞳に映るのは、【インフォメーション】という文字だ。
……そうだよ、この力があった。【インフォメーション】を簡単に説明すると、私が超幸運になるということ。つまり、私が有野間強の家に行きたいと願っていれば、向こうから私を見つけてくれるかもしれない。
「【インフォメーション】」
ケータイが真っ白に光り、その光が私に降りかかった。
多分、この力は、三十分程度しか持たない。私の【ビルドアップ】や【瞑想】と違い、効果時間は長いけど、これを会川奈々は無意識のうちに常時発動していた。それに比べたら、足元にも及ばない。
凄い人だ。
――という想いと、それでも母と友達が恋しくて、そこを利用されて殺されたと聞いて、私は落胆していた。だってダサいもん。さっきのアレも、母親に嫌われたから、その程度で能力発動しちゃうんだなんて、ちょっと無理やりな気がする。比べて、怒りで覚醒しちゃう少年漫画のほうが、正当な展開に思えるよ。




