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黒之戦記  作者: 双子亭
間章
27/33

『マルク・ブラント政務補佐官』

良いお年をお迎え下さい。

    クレヴァー城市、南大門ーーーー








「それじゃあ、フウカ、マルク。行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

「閣下、お気をつけて」



 ユウキが護衛を引き連れて、手綱を取って南大門から出て行く姿を臣下の2人が深々と頭を下げながら見送った。1人は言わずもがな、ユウキの秘書官である金狐族のフウカである。そしてその隣りで腰を折っているのが新たにユウキの家臣団に入った『マルク・ブラント』と言う20代後半の人間族で水の民である男だった。役職は政務を司っており、フウカとは仕事が一緒になることが多く、お互い年が離れているが良き友人関係を築いていた。



「マルクさん、戻りましょうか」

「そうですね」



 フウカの言葉で一緒に城へと帰る途中、フウカは新天地での生活について尋ねた。



「マルクさん、もうここの生活には慣れましたか?」

「えぇ、おかげ様で。ユウキ様やフウカさんのお陰でやっと慣れてきました」

「よかった。なにか不都合があったら言ってくださいね」

「その時はどうぞよろしくお願いします」



 マルクは例え10以上年下の少女に対しても敬語で話し、誰に対しても丁寧な物腰は変わらなかった。



「おぉ、マルクさんじゃないですか!」



 通りを歩いていると、不意に職人風の男に声をかけられた。フウカにとっては見知らぬ男だが、どうやらマルクの知り合いらしい。



「ジョシュさんですか。息子さんは元気になりましたか?」

「おかげさんで。マルクさんに紹介してもらったお陰でお医者様に見てもらうことができて本当にありがとうございました」

「いえ、息子さんの命が助かって何よりです」



 その後も帰路の途中で何人もの人々に声をかけられたが、それらはすべて感謝の言葉や親しみを込めた挨拶ばかりだった。



「マルクさんってホントに人気者なんですね」

「いえいえ、そんな、私は………」



 照れるマルクを見ながら、フウカはその理由が彼の性格にあると考える。彼はどうやら天性の世話好きなようで困っている人間を見かけると見捨てられない性格のようだ。なので、城下に出れば、暫く帰って来ないことも時々あり、捜索隊を出して探してみれば、子供の飼い猫を一緒になって探していたりだとか、あるいは一人暮らしの病んだ老人の看病をしていたりだとか、とにかく人助けが好きなのだ。他にも挙げるとすると、人の話しをよく聞くことだった。あらゆる訴えをしてくる農民や職人、商人たちの話しを静かに聞き入っている姿は多くの人に好感を与え、中にはただマルクに話しを聞いて貰いたいだけの為に、彼の下に訪れる者もいた。



「そう言えば、マルクさんはジークリンデさんと一緒にこのクレヴァーに来たんですよね」

「えぇ、そうですよ」

「あの流民達ってハーフエルフを中心とした集団だったと思うんですけど、マルクさんは人間族なのにどうして流民達の中にいたんですか?」

「あぁ、それはですね………」





 マルク・ブラントは商家の息子だった。正確には帝国の大商家の側女の子供であり、マルクは幼い頃から文字や算用に明るく、そのせいか父の商いを手伝っていた。最初は商店の隅で帳簿の整理をしていたが、店主が急病で倒れてしまい、店主代理としてブラントの血を引くマルクが選ばれ、店員に対する指揮能力や商いの技量を十二分に発揮し、売上げを上げていった。その実績を実父に認められ、齢20を過ぎると商家の取り仕切る幹部クラスの役職を与えられ、いずれ商家の次期後継者となるのではという話が商家の中で出ていた。



 しかしそれをよく思わない者がいて、それがブラント家の正妻だった。有力な商家に嫁いだにも関わらず、息子が跡継ぎに選ばれなければ自分の地位が危ういと、自分の息子を後継者にするために裏で手をまわし、マルクの母である側女を毒殺、マルク自身に母殺しの嫌疑がかかるように仕向けた。マルクは正妻の思惑通り、あらゆる役職から解任され、華やかな生活から一転し牢獄生活となってしまった。



 投獄されてから月日が流れたそんなある日、牢の番兵がマルクを牢から出し、頭から袋を被せて荷馬車に乗せた。マルクはこれから処刑されるのかと恐怖に駆られながら馬車を降り、頭から袋を取られた。そこはどうやら帝都から程なく離れた森の脇にある小屋のようで、遠くを見れば帝都の明かりが見えた。馬車はマルクを降ろすと早々に帝都に帰ってしまったようで、さてどうしたものかと悩んでいると、小屋に明かりが付き、中からマルクの父が現れた。小屋に招かれたマルクは父から自分が正妻によって冤罪を掛けられたこと、そして父があらゆる方面に助力を求め、結果今日の処刑日に助け出すことが出来たと語った。そしてこれからは流民達を率いるジークリンデの下で生きるようにと一通の手紙を手渡した。馬と旅支度と少なくない金をマルクに渡したマルクの父は泣く泣く息子と別れを告げて帝都へと戻っていった。マルクも父の姿が見えなくなるまで見送ると自身も馬に乗り、帝都から離れていった。



 父の言うとおりに流民を統率するジークリンデの下を訪れると、彼女は快くマルクを受け入れ、難なく流民達の一員となった。



「そうしてジークリンデさんとともに旅をしてここまで流れてきた訳です」

「そうだったんですか……… お父様と離れて寂しくはないですか?」

「そうですね。父は最後まで自分のことを大事に思ってくれたみたいで、離れ離れになりましたが風の噂だとまだ元気にやっているようなのでそれ程でもありません」



 にこやかに答えるマルクに、フウカはそれ以上に言うことは出来なかった。









    クレヴァー城、マルクの執務室ーーーー









 フウカとエントランスホールで別れ、自分の執務室に戻ったマルクは机の上に残っていた書類の処理にかかった。書類の主な内容は城下における商業に関する規則の設定に関するものだった。城市として産声を上げたばかりのクレヴァー城市では、まだ商業が発展していない。クレヴァーは交通の要所。将来、多くの人が通る城市になると考えるマルクは、未熟なクレヴァーに外部から大商人が入ってきて勝手に仕切っていってしまえば不利益となると考え、城下におけるどのような商人もなるべく公平に商いができるよう法制度を整えていった。



 また、『バザール』と呼ばれる自由市場を主君であるユウキから聞いており、元商人であるマルクはその言葉に非常に興味をもった。なぜならその市場は商人だけでなく、登録した者であれば、あらゆる者が物資の売買を行うことができるということである。今はまだすぐには実現できそうにないが、この市場が出来れば、さらに人は集まってくるだろう。人が集まれば金も集まる。この城市も豊かになるだろう。



(しかし、我が主には困ったものです)



 マルクはバザールの話しを聞いた時のことを思い返していた。バザールの概要を聞いたマルクはその話しに非常に興味をもった。そしてその詳細をユウキに聞いたところ、



「え、あぁ…… その、詳細はよく分からないんだ」



 そう言われてしまったのだ。物を売るのは商人のすること。そんな常識が覆されたにも関わらず、本人は分からないという。マルクはその時の自分がポカンと口を開けていたことを思い出し、小さく笑った。それからのマルクはユウキの言葉と自身の経験からバザールを実現させる為に動きまわった。



 マルクは机の脇においてある水差しからカップに水を注ぎ、一息ついた。



「あの逃亡戦から、もうどれくらい経ったか………」



 ジークリンデ率いる流民がユウキと初めて会ったのが廃村であり、もちろんマルクもこのクレヴァーまでの逃亡戦を体験していた。廃村で出会ってから今日に至るまで、ユウキ・サイトウという人物を見た感想は、



(非常に危うい)



 マルクが見てもユウキ・サイトウという人物は誠実であり、弱きものには優しさを、強き外敵には果敢に立ち向かう所に好感をもてると感じていた。ただ、その過程が危うかった。逃亡戦においてもこのクレヴァー城が無ければ、今頃我らは土の中だし、バザールに関しても、自分がいなければ、未熟な知識の為大きな損害を被っているかもしれない。要するに、今まで生きていられたのはただ運気が良かっただけである。そこにマルクは危機感を感じていた。



(だから、か)



 恩人であるジークリンデの下を離れてユウキ・サイトウに仕えたのは、そんな危うさから彼を守りたいと感じていたからだと、マルクは改めてそう感じた。人助けは好きだということは、もう20年も生きていれば、人に言われなくても十分に理解していた。自分の性格である世話好きの延長線上でユウキに仕えていることも、仕官した時から分かっていた。だからかもしれないが、マルクはユウキの補佐をすることに充実性を見出していた。



 我が主君は南へ向かった。話しを聞くとヘルムフリートに町を作るということだ。一朝一夕で町は出来るとは思っていないが、今度はどんなことをしてくれるか、窓から外を、南の方角を眺めながら期待に胸を膨らませた。

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