第1話 苺ショートと『幸せの始め方』
土曜日。
午後八時。
「お疲れさまでしたー!」
河合菜々子、33歳。
本日の仕事。
終了。
スーパーの従業員用出入口を抜ける。
外の空気。
「ん~~っ!」
両腕を上げて。
ぐーっと伸びる。
終わった。
そして。
明日は休み。
つまり。
今から。
私の時間。
「さて」
菜々子には。
休み前の楽しみがある。
スイーツ。
そして。
それに合いそうなお酒。
甘いものだけでもいい。
お酒だけでもいい。
でも。
二つ合わせたら。
もっといい。
それを探す時間も。
楽しみの一つ。
今日のスイーツは。
もう決まっている。
仕事へ向かう途中。
いつも前を通る小さな洋菓子店。
ショーケースの中に。
ずっと気になっていたものがある。
苺のショートケーキ。
真っ白な生クリーム。
赤い苺。
ふわっとしたスポンジ。
王道。
だからこそ。
食べたい。
「まだあるかな」
少しだけ。
足が速くなる。
店に入る。
ショーケース。
見る。
「…………」
いた。
残り。
二つ。
「苺のショートケーキ、一つください」
確保。
「よし」
次。
お酒。
近くの酒屋へ。
棚を見る。
赤。
白。
ロゼ。
スパークリング。
「うーん……」
今日の相手は。
苺。
生クリーム。
スポンジ。
甘い。
でも。
苺の酸味もある。
「だったら……」
手に取る。
小さめのボトル。
辛口のスパークリングワイン。
「これ」
決定。
帰宅。
「ただいまー」
もちろん。
返事はない。
一人暮らし。
靴を脱ぐ。
バッグを置く。
上着を脱ぐ。
ケーキ。
冷蔵庫へ。
スパークリングワインも。
冷蔵庫へ。
「…………」
今すぐ。
食べたい。
でも。
まだ。
菜々子は部屋の隅を見る。
丸めて置いてある。
エクササイズマット。
――バサッ。
床に広げる。
仕事から帰ってきた服。
そのまま。
着替えない。
どうせ。
これから。
汗をかく。
だったら。
このままでいい。
洗濯物は。
少ない方がいい。
首に。
タオル。
そして。
もう一枚。
頭へ。
キュッ。
タオルバンダナ。
鏡を見る。
「…………よし」
準備。
完了。
スマホを手に取る。
お気に入りのプレイリスト。
もちろん。
推し。
タップ。
――♪
イントロ。
菜々子の口元が上がる。
「エクササイズ、スイッチオン!」
スタート。
腕。
上。
横。
ステップ。
ステップ。
身体をひねる。
「いち、にっ!」
リズムに合わせる。
腕を伸ばす。
脚を上げる。
「ふっ!」
別に。
スイーツを食べるためだけじゃない。
推しの曲で。
身体を動かす。
楽しい。
それに。
33歳。
若く見られたいわけじゃない。
無理して。
若い子みたいにしたいわけでもない。
でも。
「いつまでも可愛く見られたいもん」
それくらい。
いいでしょ。
――♪
曲が変わる。
汗。
じわっ。
首のタオルで拭く。
「ふぅー!」
頭に浮かぶ。
冷蔵庫。
その中には。
苺ショート。
スパークリングワイン。
「…………」
もう一曲。
――♪
「よしっ!」
動く。
踊る。
汗をかく。
食べたいものを。
我慢する?
そんな選択肢。
最初から。
ない。
食べたい。
飲みたい。
だったら。
動く。
それだけ。
――♪
曲。
終了。
「はぁーっ!」
両手を膝につく。
汗。
びっしょり。
「頑張った!」
タオルバンダナを外す。
首のタオルも取る。
そのまま。
お風呂へ。
シャワー。
汗を流す。
髪を乾かす。
お気に入りの部屋着。
形は。
シンプル。
でも。
色は。
少しだけ可愛い。
鏡を見る。
「うん」
これくらいが。
ちょうどいい。
そして。
夕飯。
ちゃんと食べる。
スイーツがあるから。
夕飯を抜く?
それは。
違う。
普通に食べる。
でも。
お腹いっぱいには。
しない。
食べ終わる。
片付ける。
「ごちそうさま」
お腹。
いい感じ。
でも。
「…………」
まだ。
終わりじゃない。
むしろ。
ここから。
私の幸せは。
さらに。
高まる。
冷蔵庫。
オープン。
「お待たせ」
誰に?
決まっている。
苺ショート。
そして。
スパークリングワイン。
箱を取り出す。
ボトルも。
テーブルへ。
箱。
オープン。
「…………!」
苺。
生クリーム。
スポンジ。
白と赤。
やっぱり。
可愛い。
「いいねぇ」
次。
スパークリングワイン。
栓を開ける。
――ポンッ!
「おっ」
グラスへ。
シュワァァァ……。
細かな泡が。
上がっていく。
「いいじゃん」
座る。
まずは。
スパークリングワイン。
グラスを持つ。
「今日もお疲れ。私」
キュッ。
「んっ!」
辛口。
炭酸。
すっきり。
仕事終わり。
エクササイズ終わり。
お風呂上がり。
夕飯も食べた。
そして。
明日は休み。
ここからが。
私の。
ご褒美時間。
フォーク。
苺ショートへ。
上から。
すっ。
生クリーム。
スポンジ。
そして。
苺。
全部。
一緒に。
持ち上げる。
「…………」
パクッ。
一瞬。
止まる。
次の瞬間。
「ん~~~~っ!」
両腕。
ぐーーーーっと。
上へ。
脚も。
ぴーーーーん。
身体いっぱい。
伸びる。
「しあわせぇ……」
生クリーム。
ふわっ。
甘い。
でも。
重くない。
スポンジ。
しっとり。
そこへ。
苺。
甘酸っぱい。
「これ好き!」
もう一口。
パクッ。
「ん~~っ!」
また。
伸びる。
そして。
スパークリングワイン。
キュッ。
「…………!」
合う。
ケーキの甘さ。
生クリームの余韻。
そこへ。
辛口。
炭酸。
すっと。
流してくれる。
そして。
口の中が。
もう一度。
ケーキを欲しがる。
「なるほどね」
パクッ。
キュッ。
「ん~~っ!」
パクッ。
キュッ。
止まらない。
菜々子はフォークを置く。
グラスを持つ。
今日も。
働いた。
身体も動かした。
汗もかいた。
お風呂にも入った。
夕飯も。
ちゃんと食べた。
そして。
今。
大好きなスイーツ。
それに合わせて選んだ。
お酒。
一人。
33歳。
独身。
「…………」
だから?
菜々子は笑う。
仕事して。
好きなものを買って。
推しの曲で身体を動かして。
ちゃんとご飯も食べて。
好きなスイーツを食べて。
好きなお酒を飲む。
今。
こんなに。
幸せなのに。
最後。
苺。
フォークで。
持ち上げる。
パクッ。
「ん~~~~っ!」
両腕。
ぐーっと。
上へ。
脚も。
ぴーん。
身体いっぱい。
幸せを。
伸ばす。
そして。
笑う。
「甘いは幸せ」
スパークリングワイン。
キュッ。
河合菜々子。
33歳。
至福の休日。
始まります。




