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第一話:始まりの合図は、大爆発とともに

剣と魔法が支配する広大な世界、サンズグリーズ。その歴史に深く刻まれた人類と魔王軍の果てしない戦争は、唐突な結末を迎えていた。

人類側の希望であった『勇者』と、世界を恐怖で包んでいた『魔王』が、激闘の末に共倒れになったのだ。

主戦力を失い、戦い続ける体力を無くした両軍は、呆気ないほど静かに終戦と世界復興を宣言した。


それから数年。世界は今、猛烈な人手不足に悩みながらも、少しずつ確実に復興への歩みを進めている。

戦火に怯える日々を終えた人々は、まだ暗い影を落としながらも、前を向こうと必死にもがいていた。


だがそんな復興の熱気から、完全に置き去りにされた場所がある。

サンズグリーズ東方の最果てに位置する辺境の村、マルグリット。

世界復興委員会が総力を挙げて敷設を進めている『サンズグリーズ鉄道』の線路さえ、影も形も見えない。

ただただ、のどかで、そして少し寂れただけの田舎村だった。

その村の外れに佇む、古びた一軒のアトリエ。

そこが、エリン・アーケインの家であり、彼女

の世界のすべてだった。


「よしっ、これで準備は完璧!」


鏡の前でエリンは満足げに声をあげた。自慢の茶髪をきっちりと二つの三つ編みに結い、お気に入りの焦げ茶色のベレー帽を頭に乗せる。手にするのは自分の身の丈ほどもある、細かな彫刻が施された木製の杖。

それは、数年前に亡くなった、育ての祖母の形見にして高名な錬金術師の証でもあった。

親の顔を知らないエリンにとって、祖母が遺してくれた膨大な錬金術の知識だけが、生きる糧であり唯一の誇りだった。


「今日で私もついに十六歳。もう立派な大人だし、一人前の錬金術師なんだから!」


エリンは胸を張り、誰もいない部屋でポーズを決めてみせる。今日という日は彼女の誕生日だった。


そして、この記念すべき日にふさわしい、ささやかな。いや、彼女にとっては全財産をはたいた最高の贅沢が、机の上に置かれていた。


一枚の古びた羊皮紙。そこに書かれているのは風変わりな錬金術のレシピだ。


数日前、この退屈な村に珍しくやってきた、怪しげな旅人を名乗る行商人。

彼はエリンが錬金術師だと知ると、言葉巧みにその羊皮紙を売りつけてきたのだった。


『お嬢ちゃん、これはね。かつて中央の王宮錬金術師が極秘裏に開発したという伝説の果実酒のレシピさ。これを使えば、どんな枯れた土地でも一瞬で豊かな実りをもたらす聖なる雫が作れる。


どうだい、村の復興のために、奮発してみないかい?』


怪しさ満点だったが、提示された土地を豊かにするという言葉に、エリンは完全に釣られてしまった。


この村の役に立ちたい、祖母のように皆に認められたい。その一心で、これまで貯めていた小銭をすべて叩いて買い取ったのだ。


「これを成功させて、村長やみんなを驚かせてあげるんだから。エリン・アーケイン、調合始めま

す!」





アトリエの奥にある調合室には、ずっしりとした鉄製の大釜が鎮座している。その下では、薪がパチパチと音を立てて燃え、釜の中の液体を適温に保っていた。


エリンはレシピをイーゼルに立てかけ、真剣な眼差しで内容を読み上げる。


「ええっと、まずは乾燥させた魔力の草を三グラム、均一にすり潰して……。


次に、裏山で汲んできた清らかな湧き水を加えて、時計回りに三回、反時計回りに二回。


うん、ここまでは基本通りね」


彼女の手際に一切の迷いはなかった。祖母の厳しい教育のおかげで、ハーブの計量から火加減の微調整、魔力の注入コントロールに至るまで、エリンの技術は若さに似合わず一流だった。


大釜の中の液体はレシピの記述通り、美しいエメラルドグリーンへと色を変えていく。


「うん、完璧。やっぱり私って才能あるかも」


調子に乗りやすいのは彼女の悪い癖だったが、実際、作業は非の打ち所がないほど完璧に進んでいた。そして、いよいよ最終工程へと移る。


「最後は……旅人さんが『これぞ秘伝のコア』って言ってた、この輝く赤い粉末を一つまみね」


小さな小瓶から、ガラス細工のようにきらめく真紅の粉を指先でつまむ。何の成分かは判然としなかったが、魔力の波動は極めて安定しているように見えた。


エリンは躊躇なく、それを大釜の中心へと落とした。


ポチャン、と小さな音が響く。直後、大釜の中のエメラルドグリーンが、一瞬で禍々しい漆黒へと反転した。


「……へ?」


エリンの思考が停止する。レシピには『粉末を投入すると、黄金の光を放ち完成する』と書かれていたはずだ。しかし、目の前の現実はあまりにも違っていた。


黒い液体はぐつぐつと沸騰し、部屋中に焦げ臭い硫黄のような匂いが立ち込める。


それだけではない。

大釜を中心に、すさまじい濃度の魔力が急速に圧縮され始めていた。それは、エリンがこれまでの人生で一度も体感したことのない、狂暴な火属性の臨界反応だった。


「う、嘘……反応が臨界点を突破してる!?逆流が止まらない……!待って、レシピ通りにやっ

たのに、なんで――!?」


エリンの額から冷や汗が吹き出す。

杖を構えて魔力を抑え込もうとしたが、すでに一介の少女が制御できる規模を遥かに超えていた。


釜の表面にバキバキと亀裂が走り、眩いほどの赤黒い光がアトリエの壁を透過して溢れ出す。


錬金術師としての生存本能が、彼女の脳内で警報を大音量で鳴り響かせた。


これは、絶対に死ぬ。


「おばあちゃん、助けてぇーーー!!」


エリンは形見の杖を抱きしめ、床に全力で伏せた。その瞬間、世界のすべてが真っ白な光に包

まれた。



ドガアアアアアアアアアアアアアン!!!!



地響きどころではない。大気が悲鳴を上げ、大地が跳ね上がるような、凄まじい大爆発の音が轟いた。

それは、かつての人類と魔王軍の決戦時でも早々お目にかかれないレベルの超巨大なエネルギーの解放だった。


立ち上るキノコ雲は、何キロメートルも離れた隣村からでもはっきりと視認できるほど巨大だったという。


……数分後。モウモウと立ち込める黒煙が、風に吹かれてゆっくりと晴れていった。そこに広がっていたのは、言葉を失うほどの、見事な更地だった。


エリンのアトリエがあった場所を中心に、周囲の家屋、村役場、共同倉庫に至るまで、マルグリット村の建物のほぼ九割が、木っ端微塵に吹き飛んでいた。

地面には巨大なクレーターが穿たれ、ところどころから小さく煙が上がっている。


「ゲホッ、ゴホッ!!……うぅ、頭が痛い……」


クレーターの中心で、煤まみれになったベレー帽をのぞかせ、エリンがのそのそと這い出してきた。

彼女が身につけていた衣服はボロボロに裂けていたが、肌にはかすり傷一つない。奇跡が起きたわけではなかった。彼女が抱きしめていた祖母の杖、その内部に仕込まれていた、最高位の自動防衛結界が発動し、爆風から主を完全に守り抜いたのだ。


しかし、エリンが顔を上げて周囲を見渡した瞬間、その血の気が一気に引いた。


「あれ……私の家は?っていうか、お隣のトムさんちも、村長さんの家も……どこに行っちゃったの?」


見渡す限りの地平線。遮るもののない、抜群のパノラマビューが広がっている。


幸いなことに、この日は誕生日であるエリンを除き、村人全員が総出で遠くの畑の開墾と、終戦後の復興作業に出払っていた。


そのため、奇跡的に死傷者は一人もいなかった。本当に、それだけが唯一の救いだった。


だが、背後から聞こえてきた無数の足音と、地獄の底から響くような低い声が、エリンにさらなる絶望を突きつける。


「……エ、リ、ン……。お前は、一体全体、何をやらかしてくれたんだぁぁぁぁぁぁッ!!」


クレーターの縁に立っていたのは、鍬やシャベルを握りしめたまま、白目を剥いて震えている村長を筆頭とした、怒髪天を突いた村人たちだった。


せっかく戦争が終わり、これから希望を持って村を立て直そうとしていた矢先、一瞬にして全財産と帰るべき家を失った人々の怒りは、まさに魔王軍の襲撃をも凌駕する恐ろしさだった。



当然のごとく、エリンは臨時の村審判にかけられた。


「弁解の余地はありません……本当にごめんなさい……」


正座をし、頭が地面にめり込むほどの土下座を繰り返すエリン。

しかし、家も、調合器具も、数少ない貯金もすべて爆風で文字通り塵となって消えた彼女には、村人たちの家を弁償する能力など1グラムも残されていなかった。


「死人が出なかったのは不幸中の幸いだが……エリン、お前をこれ以上、この村に置いておくわけにはいかない」


村長は涙を呑んで、彼女に冷酷な宣告を下した。これ以上の被害を出さないための、当然の処置だった。

こうしてエリンは、十六歳の誕生日当日に、身一つで村を追い出されることになったのだった。






トボトボと、寂しげな足取りで辺境の街道を歩く少女が一人。

背中には身の丈ほどの杖、頭には少し焦げたベレー帽。ポケットの中身は完全に空っぽ。路頭

に迷うとはまさにこのことだった。

しかし、歩みを進めるうちに、エリンの涙は引っ込み、代わりにその瞳に冷徹な光が戻ってきた。彼女の天才的な頭脳が、事態を冷静に分析し始めたのだ。


「……おかしい。やっぱり、絶対におかしいわ」


エリンは立ち止まり、拳をぎゅっと握りしめた。


「私の調合にミスはなかった。ハーブの分量も、火加減も、魔力の循環も、おばあちゃんの名に

かけて完璧だった。それなのに、あの赤い粉を入れた瞬間、あんな規格外の爆発が起きたっていうことは……」


導き出される結論は、ただ一つ。


「あのレシピと素材……最初から、調合した瞬間に大爆発を起こすように設計された『悪意ある罠』だったんだわ!!」


あの、優しげな笑みを浮かべていた詐欺師の旅人の顔が脳裏に蘇る。土地を豊かにするどころ

か、村一つを更地にする大量破壊兵器のレシピを、全財産で買わせたのだ。


「なんなのよあいつ!人の純情と誕生日を弄びやがって!許せない、絶対に許さないんだか

ら!!」


悔しさと怒りが頂点に達し、エリンが街道の真ん中で地団駄を踏んだ、その時だった。



ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~。



静まり返った街道に、情けないほど大きな音が響き渡った。

エリンのお腹の虫の鳴き声だった。朝から調合に没頭し、昼食を食べる前にすべてが吹き飛んだため、彼女の胃袋は限界を迎えていたのだ。


「ひぅ……。は、腹が減っては、戦はできぬ、よね……」


がっくりと膝をつきかけるエリン。だが、彼女はすぐに形見の杖を力強く地面に突いて立ち上がった。

一文無しで、家も失い、お腹もペコペコ。最悪のスタートライン。だが、彼女の手にはまだ、祖母譲りの錬金術の知識と、この頑丈な杖がある。


「こうなったら意地でもあの詐欺師の旅人をサンズグリーズの果てまで追いかけてやるわ!


見つけ出して、胸ぐら掴んで、村のみんなの家と私のアトリエの弁償代を、一ゴールド残さず毟り

取ってやるんだから!!」


遠くの空から、まだ見ぬ『サンズグリーズ鉄道』の試運転のものだろうか、微かに汽笛の音が響いてきた。

それはまるで、新しい世界の幕開けを告げる合図のようでもあった。


エリンは焦げたベレー帽をきゅっと被り直し、お腹の音を響かせながらも、力強い足取りで広大な世界へと歩き出した。


錬金術師エリン・アーケインの、波乱万丈すぎる旅が、今ここに始まったのである。


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