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小さくて大きな恋物語シリーズ

被害者ならば何をしても良いと思っているのですか?

作者: 宝月 蓮
掲載日:2026/06/01

「バルトロメア・ドミツィアナ・ディ・マラテスタ! お前との婚約を破棄する!」

 紳士淑女が集う夜会にて、突然その宣言が響き渡る。

 夜会に相応(ふさわ)しくないその宣言に、音楽や会話を楽しんでいた者達は眉を(ひそ)めながら声の主へと目を向ける。


 そこにいたのはジャコモ・ミロ・ディ・モンカダ。

 モンカダ侯爵家の次男である。

 ジャコモはマラテスタ侯爵家に婿入り予定である。しかしそれにも関わらず、婚約者であるバルトロメアではない令嬢の肩を抱き、婚約破棄宣言をしたのだ。要するに立派な不貞である。


 ジャコモに肩を抱かれている令嬢は、マウラ・ピエラ・ディ・ルッフォ。男爵令嬢だ。


「そしてこのマウラを新たな婚約者にする!」

「きゃあ、ジャコモ様素敵」

 ジャコモの宣言に、肩を抱かれていたマウラは砂糖菓子のような甘ったるい声を響かせる。

「それは今この場で宣言することなのでしょうか? 婚約は家同士のことですので父を通してくださらないと困りますわ。それに、夜会に参加している皆様のご迷惑になります」

 バルトロメアは取り乱すことなく落ち着いていた。

 プラチナブロンドの髪は、シャンデリアの光を浴びて艶やかに輝いている。そして、バルトロメアのサファイアの目は、凛としていた。

「煩い! 本当にお前は可愛げがないな! 少しはマウラを見習ったらどうだ! この出来損ないが!」

 失礼な言葉を喚きまくるジャコモ。

「聞き捨てならないな」

 そこへ、別の令息の声が響き渡る。

 ブロンドの髪にムーンストーンのようなグレーの目の、端正な顔立ちの令息だ。

「あら、デメートリオ様」

 バルトロメアからデメートリオと呼ばれた令息は、彼女の隣に並ぶ。


 デメートリオ・フェルモ・ディ・キアラモンテ。彼はキアラモンテ公爵家の次男だ。

 バルトロメアとデメートリオが親しいことは、このアリティー王国の社交界ではよく知られている。

 しかしジャコモとマウラの関係とは違い、不貞ではない。


「バルトロメア嬢が出来損ない……ね。全く、君達はどこに目が付いているんだ? 淑女としての完璧な所作、語学も堪能、領地経営の心得だってある。素晴らしい令嬢じゃないか。それを出来損ないだなんて」

「あら、デメートリオ様、そんな風に仰っていただけるなんて」

 デメートリオの言葉に、バルトロメアはほんのりと頬を赤く染めてふふっと花が咲いたような笑みになった。

 そして、ジャコモとマウラに目を向ける。

「婚約破棄に関しましては、承知いたしましたわ。このことは父にも伝えておきます。もちろん、そちらの有責ですわね。このような公の場で(わたくし)を侮辱したこと、後悔させてあげますわ」

 先程の花のような笑みとは一変し、バルトロメアのサファイアの目は絶対零度よりも冷たくなっていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 そこから約一月(ひとつき)程経過した日のこと。

 アリティー王国王都エモルにある貴族達行きつけのカフェにて、個室席に一組の男女がいた。

 浮かない表情の令息と、気の強そうな表情の令嬢である。


「すまない、チェーリア……。僕も父上や兄上達と色々頑張ってみたけれど、これ以上は持たないかも」


 ため息をついて俯くのは、アルバーノ・レリオ・ディ・パルテノ。黒褐色の髪にアンバーの目の穏やかな顔立ち。パルテノ伯爵家次男である。


「パルテノ、諦めてはいけないわ。まだきっと出来ることがあるはずよ」


 俯いているアルバーノを励ますのは、チェーリア・エリアナ・ディ・タリアヴィア。艶やかな赤毛にマラカイトのような緑の目で、気が強そうな美人である。


「パルテノ伯爵家は、モンカダ侯爵家との取り引きを完全にやめたら困窮してしまう。でも、モンカダ侯爵家との取り引きを続けたら、マラテスタ侯爵家からの圧力がかかる」

 アルバーノのアンバーの目が曇る。

「困窮して爵位を国に返却するか、マラテスタ侯爵家によってパルテノ伯爵家が取り潰しになる。どちらにしても、このままだときっと僕は平民になるしかない。チェーリアとの婚約も、きっと不可能になってしまう……」

「そんなの駄目よ!」

 アルバーノの弱々しい言葉に、チェーリアは首を横に振る。


 チェーリアとアルバーノは幼馴染で婚約者同士である。

 チェーリアはアルバーノのことを愛しており、自分の夫はアルバーノしかあり得ないと考えているのだ。


「確かに、一ヶ月前の夜会でマラテスタ侯爵家のバルトロメア様がモンカダ侯爵家のジャコモ様から身勝手な婚約破棄を告げられた騒動の後、マラテスタ侯爵家がモンカダ侯爵家を追い詰める為にこんなことをするとは思わなかったわ。私も予想外よ」

 チェーリアは軽くため息をつく。


 ジャコモがルッフォ男爵令嬢マウラと不貞し、夜会でバルトロメアに婚約破棄を告げた。

 そしてバルトロメアとジャコモの婚約はジャコモの有責で破棄されたのだ。

 もちろん、モンカダ侯爵家とルッフォ男爵家はバルトロメアに莫大な額の賠償金を支払うことになった。

 そしてバルトロメアは新たにキアラモンテ公爵令息デメートリオと婚約したそうだ。

 これだけ聞くと、ロマンス小説のネタになりそうだ。

 しかし、その後バルトロメアはジャコモやマウラを含めたモンカダ侯爵家とルッフォ男爵家に苛烈な制裁を与えた。

 何と、モンカダ侯爵家やルッフォ男爵家と取り引きがある家に圧力をかけて取り引きをやめさせたのだ。

 それによりモンカダ侯爵家とルッフォ男爵家は困窮しており、それぞれの領地経営はままならず、次々と領民が餓死しているのだ。

 ジャコモとマウラはそれにより家からも領民達からも責められて苦しんでいる。


「バルトロメア様の復讐の快楽で、モンカダ侯爵領とルッフォ男爵領だけでも、もう何百人もの死者が出ているのよ。それに、無理矢理その二家と取り引きをやめさせられた家も、パルテノ伯爵家みたいに困窮し始めているのよ。いくら何でも、バルトロメア様はやり過ぎだわ」

 チェーリアはギュッと拳を握りしめた。

「僕もそう思う。ただ……マラテスタ侯爵家の力は僕達にとって大き過ぎる。チェーリア、君が関わってタリアヴィア伯爵家まで巻き込まれたら、僕は嫌だよ。君に危険な目に遭って欲しくない」

 アルバーノのアンバーの目が、真っ直ぐチェーリアに向けられる。

「チェーリア、僕達、婚約を解消し」

「嫌よ!」

 アルバーノから婚約解消を持ちかけられ、チェーリアは強く彼の言葉を遮った。

 チェーリアは前のめりになり、アルバーノの手をしっかりと握る。

「私が愛する貴方を手放すと思う? それに、タリアヴィア伯爵領のことを熟知した頼れる婿を、手放すわけにはいかないわ! どんな手を使ってでも、私はアルバーノを手放さないんだから!」

「チェーリア……。気持ちは嬉しい。僕も君を愛しているし、僕の妻になる相手は君しか考えていなかった。ただ、パルテノ伯爵家はいずれ爵位を返上するか、マラテスタ侯爵家に潰されるかの二択しか残っていないんだ……」

 再び俯くアルバーノ。

「そうならない道を、一緒に考えましょうよ。アルバーノ、貴方と一緒にいられるのなら、私、何だってするわ」

 チェーリアはマラカイトの目を真っ直ぐアルバーノに向けた。

「ありがとう。チェーリア、君はいつでも強くて頼もしい。そんな君を見ていると、僕も前を向いて諦めずに頑張ってみようと思えるよ」

 アルバーノの表情は少し明るくなっていた。

 チェーリアはそんなアルバーノを見てホッと安心するのであった。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 そこから数週間後。

 アリティー王国王宮にて、王女ビアンカ・ディアノラ・フォルトゥナータ・ディ・サヴォイアが中規模なサロンを開催していた。

 次世代を担う令嬢令息達を呼び込んだサロンである。

 チェーリアとアルバーノはそのサロンに参加していた。

 ちなみに、そのサロンにはバルトロメアとデメートリオも参加している。


「さて、次はどなたの発表かしら?」

 王女ビアンカはおっとりとした上品な笑みを浮かべている。


 サヴォイア王家の特徴である、夕日に染まったようなストロベリーブロンドの髪に、エメラルドのような緑の目を持つ王女である。


 ビアンカの言葉に、チェーリアとアルバーノが立ち上がった。

「私達でございます。タリアヴィア伯爵家長女チェーリアと」

「パルテノ伯爵家次男アルバーノでございます」

「こちらはタリアヴィア伯爵家とパルテノ伯爵家共同で作り上げたレース編みでございますわ。ビアンカ王女殿下にお気に召していただけたらと存じます」

 チェーリアはビアンカにレース編みを差し出した。


 細やかで上品なレース編みである。

 様々な色の糸を使っているのでカラフルだ。


「まあ、素敵ね。見ていて華やぐわ。こんなレース編み、初めてだわ」

 ビアンカはエメラルドの目をキラキラと輝かせた。

 他の令嬢令息達も、チェーリアとアルバーノが差し出したレース編みを見て感心している。

「王女殿下にそう仰っていただけて大変光栄ですわ」

 チェーリアはホッと胸を撫で下ろした。

「王女殿下、こちらはタリアヴィア伯爵領の綿糸と、パルテノ伯爵領の網作りの技術を応用して作り上げた品でございます」

 アルバーノは少し緊張で声が掠れていたが、しっかりと説明した。

「タリアヴィア伯爵領は綿糸の産地であることは知っているわ。でも、パルテノ伯爵領の網作り技術は知らなかったわね。海に面しているから、漁が盛んなことは知っているけれど。色々と詳しく教えてちょうだい」

「はい。我がパルテノ伯爵領は、王女殿下の仰る通り、海に面しているので漁が盛んです。それ(ゆえ)に、漁に使用する網が必要になります。我が領地では、その網も作っております。その網作りの技術を今回、このレース編みに応用いたしました」

「まあ、そうだったのね」

 ビアンカはアルバーノの説明に納得したようだ。レース編みを手に取り、うっとりとエメラルドの目を輝かせている。

「とても素敵。気に入ったわ。きっと妹のヴァレンティーナも気に入るはずよ」

「ありがとうございます、王女殿下。ですが、一つ問題が生じているのです」

 チェーリアは少しだけ緊張しながらそう切り出した。

 ここからが本番なのである。

 チェーリアの隣で、アルバーノがゴクリと唾を飲む。

「問題? 何かしら? 教えてちょうだい」

「はい、殿下。このレース編みは、我がタリアヴィア伯爵家だけでは作ることが出来ません。パルテノ伯爵家の力があってこそ出来上がるものなのです。ですが今、パルテノ伯爵家は危機に陥っています。マラテスタ侯爵家からの圧力により、モンカダ侯爵家との取り引きを停止させられそうなのです」

 そこから、アルバーノにバトンタッチする。

「そうなってしまえば、我がパルテノ伯爵家はなくなり、このレース編みは作ることが出来なくなってしまいます」

「王女殿下、どうかお願いです。王家の力でマラテスタ侯爵家を何とかしていただけないでしょうか?」

「以前の夜会の婚約破棄騒動後、マラテスタ侯爵家の圧力で複数の家が潰れ、モンカダ侯爵領とルッフォ男爵領でも餓死者が数百人以上出ています。これ以上被害が大きくなると、アリティー王国全体が混乱に陥るかと存じます」

 チェーリアとアルバーノは、ビアンカにそう懇願した。


 これがチェーリアとアルバーノの作戦なのだ。

 王女ビアンカの気に入る品を作り出し、王家の力でバルトロメアの過剰制裁を何とかしてもらおうとしていた。


「お待ちになって」

 しかし、もちろんバルトロメアは黙っていない。

 バルトロメアは席を立ち、チェーリア達の所へやって来る。彼女を守るかのように、デメートリオもやって来た。

「王女殿下、失礼致します。マラテスタ侯爵家長女バルトロメアでございます。チェーリア様とアルバーノ様の発表の途中ですが、発言の許可をお願いします」

「キアラモンテ公爵家次男デメートリオです。発言の許可を求めます」

「……良いでしょう」

 ビアンカは少し考える素振りをして頷いた。


「チェーリア様、アルバーノ様、(わたくし)がジャコモから侮辱されたのはご存知でしょう? (わたくし)は被害者なのよ。ジャコモ達を徹底的に追い詰める権利があるの。どうしてそれを無関係の貴女達が止めるの?」

 バルトロメアは困ったような笑みを浮かべている。

「無関係ではありませんわ。私の婚約者アルバーノは、バルトロメア様マラテスタ侯爵家の圧力で苦しんでいますのよ」

「僕の家は、モンカダ侯爵家との取り引きで成り立っているようなものですので。これ以上圧力をかけられると、パルテノ伯爵領でも餓死者が出てしまいます」

「バルトロメア様、貴女が復讐による快楽を得ることで、多くの方々が苦しみますのよ」

 チェーリアはそこで一呼吸置く。


「被害者ならば何をしても良いと思っているのですか?」


 すると、バルトロメアはそのサファイアの目を吊り上げる。

「チェーリア様、貴女いくら何でも失礼過ぎるわ! (わたくし)はジャコモ達に傷付けられたのよ!」

「チェーリア嬢、アルバーノ殿、君達がどうこう言う権利はないはずだ」

 デメートリオはバルトロメアを庇うように前に出る。

 その時、パンパンと手を叩く音が響く。

 ビアンカである。

「そこまでよ。一旦落ち着きなさい」

 ビアンカは呆れたような視線をバルトロメアとデメートリオに向けている。

「マラテスタ侯爵家による制裁で餓死者が出ていることは王家としても把握しているわ。チェーリアやアルバーノが言った通り、そろそろ、アリティー王国全体に混乱が及びそうではある。そろそろ王家としても動くべきだと国王陛下(お父様)は言っていたわ」

 ビアンカは軽くため息をつき、言葉を続ける。

「バルトロメア、チェーリアの言う通りよ。貴女が夜会で身勝手な婚約破棄や侮辱されたことは知っているわ。でも、被害者だからと言って何をしても良いわけではないのよ。せめてジャコモやマウラ個人に留めておけば良かったものの、復讐による快楽が得たい貴女のせいで、大きな被害が出たの。今の貴女は、立派な加害者よ」

 そこで一呼吸置き、ビアンカは再び口を開く。

「バルトロメア、これ以上貴女の横暴を、サヴォイア王家は許さないわ。デメートリオ、貴方もよ」

 ピシッとそう言い放ったビアンカ。

「そんな……。加害者だなんて……。(わたくし)は、被害者なのに……」

 バルトロメアは膝から崩れ落ちた。

 そんなバルトロメアを、デメートリオが支える。

「チェーリア、アルバーノ」

 ビアンカのエメラルドの目が、再びチェーリアとアルバーノに向けられる。

「タリアヴィア伯爵家とパルテノ伯爵家によるレース編み、これからも楽しみにしているわ」

 その言葉により、チェーリアはマラカイトの目を輝かせた。

 王女であるビアンカに認められたのだ。

 これでパルテノ伯爵家はもうバルトロメアに手出しはされずに済む。

「ありがとうございます、王女殿下」

「チェーリアと共に精一杯アリティー王国の為に尽くして参ります」

 アルバーノも明るい表情だ。

 チェーリアはアルバーノと手を取り合った。

 こうして、チェーリアはアルバーノを諦めずに済んだのである。


 その後、バルトロメアの苛烈な復讐は収まった。しかし彼女はずっと被害者面をするので周囲からデメートリオ以外の人が離れてしまった。

 一方チェーリアとアルバーノはお互いに尊重し合い、末永く幸せに過ごすのであった。

読んでくださりありがとうございます!

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ビアンカの妹ヴァレンティーナは『好きな人に対して素直になれず意地悪してしまう幼馴染に辟易しているので、陰謀に巻き込んでやりました』(https://ncode.syosetu.com/n9302ma/)に登場します。


ちなみに過去作『このパーティーは国民の血税で開催しています。それを婚約破棄という個人的な理由で台無しにした責任は取ってもらいますわ。』(https://ncode.syosetu.com/n7603id/)や『毒蜘蛛は可憐な蝶を欲する』(https://ncode.syosetu.com/n2614io/)はこの物語に登場した世代の孫世代になっております。


レースの起源はイタリアのブラーノ島らしいです。漁師が使う網を作る技術から発展したらしいです。

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― 新着の感想 ―
え、これやりすぎになりますか…? 婚約破棄、それも衆前での行為。家同士の契約なんてのを何もかも無視してる時点で個人に対してではなく家に対する侮辱行為でしょう。 何より名誉や誇りを大事とする貴族で、家…
優れた指導者に必要なのは能力だけではない。感情を律し、私怨と公的責任を切り分ける自制心である。バルトロメアには能力はあったが、その自制心が欠けていた。その欠点こそが、彼女の最大の敗因だった。
リアルでも、やり過ぎれば正当防衛と見なされず、過剰防衛になってしまいますよね( ̄▽ ̄;) 力がある者なら復讐も……と思ってしまいました。
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