指輪の秘密と、招かれざる影
「……なんだ、これは」
新宿ダンジョン地上、探索者ギルドの査定カウンター。
いつもは事務的に魔石を捌くベテラン査定員の男が、湊の差し出した「魔石の欠片」を手に取ったまま、石のように固まっていた。
隣のブースで談笑していた他の探索者たちも、その異様な空気に気づき、一人、また一人と視線を向けてくる。
「おい、どうしたんだよ。早く計算してくれ。腹が減って倒れそうなんだ」
剛が気圧されるように声をかけるが、査定員はそれを無視し、震える手でルーペを覗き込んだ。
「ありえない。……6層の魔石なら、通常は紫がかった半透明だ。だが、これは……中身が『層』になっている。まるで数千年の年月をかけて圧縮されたような、異常な魔力密度だ。世界中のデータベースを照合しても、6層付近でこんな魔物が記録された例はないぞ」
「……記録にない? 6層のボスじゃないのか」
湊の問いに、周囲がざわついた。
ダンジョンは全世界共通の法則に縛られている。どの国の迷宮でも、同じ階層には似た強度の魔物が現れるのが常識だ。それが「記録にない」など、本来はあり得ない話だった。
「しかも、この指輪……」
査定員が、魔石の横に置かれた漆黒の指輪に手を伸ばそうとして――弾かれた。
指先が触れる直前、指輪から放たれた黒い衝撃波が、厚いアクリル板をミシリと鳴らしたのだ。
「鑑定不能だ。……いや、私の鑑定レベルでは、中身を読み取ることすら拒否される。おい、すぐに上層部の特別鑑定官を呼べ! 6層で何かが起きているぞ!」
騒然とするカウンター。
湊は、自分に向けられる視線が「尊敬」から、得体の知れないものを見る「恐怖」に近いものへ変わっていくのを感じた。
かつての「ゴミ拾い」を見る蔑みの目は、もうどこにもない。そこにあるのは、理解できない現象を前にした時の、本能的な拒絶だ。
「……湊、これちょっとヤバい空気じゃないか?」
剛が小声で囁く。湊は無言で頷いた。
目立ちすぎることは、この世界ではリスクでしかない。
だが、あの騎士との死闘で得たこの対価は、今の自分たちにはどうしても必要なものだった。
「湊さん、ですよね?」
背後から、落ち着いた、だがよく通る声がした。
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
漆黒の法衣を纏い、腰には年代物の魔導書を提げた女性。その瞳に宿る知性は、彼女がただの探索者ではないことを示していた。
「ギルド専属鑑定士の氷室です。……その指輪、少し見せてもらってもいいかしら?」
氷室と呼ばれた彼女は、湊の返事を待たずに指輪に手をかざした。
彼女の指先から淡い光が放たれ、漆黒の指輪と干渉し合う。数秒の沈黙の後、彼女は驚愕に目を見開いた。
「……信じられない。迷宮の遺物の反応。しかも、これ……本当に6層で手に入れたの? 少なくとも、この指輪の主は81層以下の、いわゆる『人類未踏領域』の存在よ」
周囲の探索者たちが息を呑む。
81層。それは世界でも数人しか足を踏み入れたことのない、生きた伝説たちが挑む領域だ。
そこにあるはずの物が、なぜ、わずか6層に。
「湊さん。あなた、一体あそこで『何と』戦ってきたの?」
氷室の問いに、湊は少しの沈黙の後、静かに答えた。
「ただ必死だっただけですよ。邪魔な壁と、それを操ってた変な騎士を片付けてきただけです」
氷室は一瞬呆然とした後、くすりと笑った。
「面白い人ね。ゴミ拾いから上がってきたって聞いてたけど、その落ち着きはベテラン並みだわ。……でも気をつけて。その指輪は、ただのお宝じゃない。それは、遥か深淵に住む主たちからの、招かざる招待状でもあるんだから」
湊が指輪を回収し、ギルドを後にしようとした時、氷室が最後にこう付け加えた。
「それと……掲示板の噂だけじゃないわよ。最大手ギルド『グングニル』が、あなたたちのことを調べ始めてる。彼らは自分たちの利権を脅かすイレギュラーを嫌うわ」
湊は立ち止まることなく、出口へ向かった。
背中越しに、剛が「グングニルかよ、面倒くせえな」とぼやくのが聞こえる。
外に出ると、新宿のネオンが目に刺さった。
湊はポケットの中で、まだ冷たい指輪を強く握りしめた。
「グングニルだろうが何だろうが、邪魔するなら受けて立つだけだ」
夜風が、湊の決意を静かに新宿の街へ運んでいった。
【第12話:後書き】
第12話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
【12話終了時点:ステータス】
名前:佐藤 湊
レベル:9
スキル:【極・剣術】熟練度:2.20%
装備:黒鋼の重剣、深淵の指輪(81層級遺物・未鑑定)
協力者:氷室(ギルド鑑定士)
次回、第13話「グングニルの勧誘、あるいは警告」。
巨大ギルドの影が、湊たちの日常を侵食し始めます。
お楽しみに!




