第一章③ マクシミリアン隊
廊下を抜けると、玄関ホールには仲間たちが待っていた。
マクシムは入り口で振り返り、ソフィーたちににこりと微笑む。
外は冬の夕暮れ。西に傾く太陽が地中海の水面を黄金色に染め、港の波に反射して穏やかに揺れている。
「今日はこのまま出発だね」
ジョルジュが少し寂しそうに言った。
「ええ、でも時間が限られてるから……」
ソフィーが応える。
そのとき、メリッサの両親が玄関に現れ、温かく見送った。
グウェナエルとペネロペは深く頭を下げ、ソフィーも一礼する。
「気をつけてね。次に会うときも、元気な顔を見せてほしい」
父親と母親の言葉に、ソフィーは小さく頷いた。
港に向かう道すがら、冬の海風が顔に当たり、仲間たちは沈みゆく夕日を背にしながら船へと急いだ。
船上に乗り込むとグウェナエルが舵を握り、帆に風を受けさせる。波間に船体が静かに揺れ、地中海の冷たい空気が胸にすっと入る。
出港の号令と共にいつもの船は滑るように港を離れ、冬の海へと進み出した。黄金に染まる水面が、彼らの航路をほんのり照らしている。
静かな余韻の中、仲間たちは互いに顔を見合わせ、今日の別れと新たな旅路を心に刻んだ。
仲間たちは甲板に集まり、それぞれが冬の海風に顔をさらしながら思いを巡らせる。
ソフィーは潮の匂いと波の音に耳を澄ませながら、今日の墓参りや実家訪問の余韻をかみしめる。
「メリッサの正確さの秘密、少しわかった気がするね」
潮風に短い髪を靡かせ、ペネロペが呟いた。
ダヴィットは帆を確認しながら仲間たちに向けて軽く声をかける。
「次の寄港地までの航路は順調そうだ。まあ、冬の地中海だから油断はできないが」
グウェナエルは舵を握り、沈む夕日を背に仲間たちを見回した。
「今日は長い一日だった。だが、ここからの航海も大事だ。ゆっくり休みつつ、次の任務に備えよう」
ジョルジュは風を切る音に耳を澄ましながら、ほのかな期待を胸に抱く。
「海の神も、今日の別れと出発を見守ってくれている気がする」
ロザリーやリゼーヌ、アニータもそれぞれに短い会話を交わしながら夕日で染まる水面を眺めた。沈みゆく光が彼らの背中をそっと押してくれるようだった。
船は静かに進む。冬の海の冷たさが心を引き締め、仲間たちの心は次の目的地に向かう意志で満ちていた。遠く地平線に沈む夕日が彼らの航路を黄金色に照らし、今日の思い出と明日の希望をそっとつなぐ。夜の帳がゆっくりと海を覆い、冬の空は澄み切った深い藍色に染まった。
甲板の上では波が船底を静かに打ち、冷たい風が帆を揺らす音が微かに響く。
ソフィーは上着を深く羽織り、夜空に瞬く星々を見上げた。冬の星はひときわ明るく、海の闇に映えて凛とした光を放つ。
グウェナエルが甲板で舵を握り、穏やかな口調で仲間たちに指示を出した。
「帆の張りを少し緩める。夜露で滑りやすくなっているから注意してくれ」
ジョルジュは甲板の端で帆索を確かめながら呟く。
「星がこんなに見えるの、久しぶりだな」
ペネロペがすぐ隣で笑いながら応じた。
「こんな夜は、ちょっと冒険してる気分になれるね」
ロザリーは静かに航海日誌を覗き込みながら説明した。
「風向きは夜間に変わりやすいわ。帆の角度を微調整して進路を維持しましょう」
彼女の声は柔らかくも的確で船上に安心感をもたらす。
夜は静かだった。その静けさは一夜では終わらず、幾度も同じ星空に消えていった。星だけが進むべき道を示すように瞬いている。
やがて港の灯りがかすかに見え、ブレストの街並みが海面に揺れる光となって映る。
船はゆっくりと岸壁に寄せられ、仲間たちは自分たちの宿舎へと散っていったが、マクシムとソフィーは船を降りるとそのまま司令部へと足を向けた。
二人は重厚な司令部の扉をくぐり、用件を告げるとすぐに通された。
「海賊フェルナンドの処刑の件で、正式に報告を……」
冷たい空気の中、二人はこれから伝える重い事実に胸を引き締めつつブレスト司令部の奥深くへ進む。
大元帥の執務室は重厚な木製の書棚と革張りの椅子で整えられ、静かな緊張感が漂っていた。窓の外には冬の灰色の光が差し込み、机の上には書類と作戦図が整然と並んでいる。
ソフィーとマクシムは深呼吸をひとつずつしてから、机の向こうに座るアルフォンスとイザベルに報告を始めた。
マクシムはまず口を開く。
「大元帥の勧めに従い、私たちはフェルナンドとともにトゥーロンへ向かいました。到着して三日後、フェルナンドの処刑は無事に執行され、私たちはその全てを見届けています」
ソフィーが続ける。
「計画通り、混乱もなく執り行われました。部隊や民間人への影響も最小限に抑えられています。必要な書類や記録も全て整っております」
アルフォンスは書類を手に取り、目を細めて確認する。
「なるほど。経緯も、手続きも報告通りですね。記録に漏れはなく、手順も適切に行われています」
イザベルは静かに頷き、代理としての責任を示す。
「この内容で問題ありません。フェルナンドの処遇については、今後関係各所への連絡と処理も順調に進められるでしょう」
マクシムとソフィーは互いに軽く肩を緩め、任務を全うした安堵を胸に感じる。室内の空気は報告の重みと緊張感に包まれたまま、静かに流れていた。
アルフォンスが慎重に言葉を添える。
「二人とも、よく見届けましたね。任務を全うしたことは評価に値します」
ソフィーは小さく息を吐き、机の向こうの二人を見つめながら心の中で思った。
この報告を終えたことで、戦いの最前線だけでなく記録と責任の世界でも自分たちは役目を果たせたのだ、と。




