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第七章① エリオット

 ブレスト城の重厚な扉の奥、エリオットの執務室。

 書類や地図が整然と並ぶ室内には淡い燭光が揺れ、外の風とは違う重苦しい空気が漂っていた。

 エリオットは執務机の背に立ち、窓の外の庭をぼんやりと見つめる。そこへ、息を切らせたイザベルとルソーが踏み込んできた。

「エリオット、いい加減パリに戻らないのですか? あの隊を放置したままで!」

 イザベルの声は冷静だが、瞳は鋭く理知的な非難が張り詰めている。

「いいや。今は戻れん。私は、自分の罪に向き合う時を待っているんだ」

 エリオットの言葉にルソーは額に汗を滲ませ、声を荒げる。

「はあ!? 理屈じゃねえだろ! 隊が暴走したらどうするんだ! オレたちだって黙っちゃいられねえ!」

 エリオットは静かに振り返った。執務室の重い空気に、二人の言葉が重くのしかかる。それでも口元には微かな微笑が浮かぶ。

「分かっている。だが、今こそ自分の罪に向き合う時だ。逃げずに、向き合う。それが私の選んだ道だ」

 ルソーは眉をひそめ、さらに声を荒げる。

「向き合うだと!? どう向き合うんだ、言ってみろ! 隊が危険にさらされるのを分かってんのか!」

 イザベルは腕を組み、鋭い視線を投げかける。

「私たちはあなたの行動をただ見守るだけの立場ではありません。隊員たち、そして民衆に対して責任を持つ立場として、行動の判断を示す必要があります。覚悟があるなら説明していただけますね?」

 エリオットは深く息をつき、机越しに二人を見つめる。

「分かっている。しかし、私はもはや逃げはしない。今、この瞬間から自分の罪と向き合う。どんな結果が待とうとも、それを受け入れる覚悟だ」

 エリオットの声は冷たく、鋭さを帯びる。心の奥底に眠る長年の後悔が、言葉に僅かに揺れを生じさせる。

 ルソーは拳を握りしめ、少し震える声で言った。

「くそ……お前、本当に覚悟決めたんだな」

 イザベルは肩を落とし、わずかに安堵の息をつく。

「……分かりました。あなたの覚悟を尊重します。それでも、後悔は許されません」

 執務室の静寂は、外の世界の喧騒とは異なる緊張感で満ちていた。

 エリオットのわずかな笑みは己の罪を抱きしめる決意の表れ。その重苦しい沈黙の中で、二人は言葉を失った。

 執務室の隅、静かに影を落とすアルフォンスは二人のやり取りをじっと見つめていた。イザベルの冷静な叱責と、ルソーの熱い非難に挟まれるエリオット。だが、かつて冷酷な「国の英雄」として恐れられた男の目には、今や迷いも弱さも宿っていた。

「……ふむ」

 アルフォンスは静かに唇の端を上げる。心の中でほくそ笑んだ。

 今まで彼ならこの場で逆ギレするか、黙って押し切るだけだっただろう。しかし今は違う。

 自分の罪と向き合おうとしている。その覚悟を確かに目にしたのだ。

 その瞬間、アルフォンスの目に映るエリオットは英雄ではない。

 ただの罪深き一人の男。その人間らしい弱さと葛藤が、かえって力強く尊く映る。

「なるほど……」

 アルフォンスの声は微かで部屋の静寂に溶け込むようだった。

「今の彼なら、逃げずに全てを受け止められる。あの冷酷さの裏にあったものが、少しずつ形を成し始めている」

 窓の外では、ブレスト城の庭を吹き抜ける風が紙片を揺らし、執務室内の緊張感を和らげることなく、むしろその空気を一層引き締めた。

 アルフォンスは目を細め、エリオットの背中を見つめながら静かに思う。

「……この御方は、国の英雄ではない。一人の人間として、すべてを背負おうとしている」

 その一方で、当のエリオットの耳にはイザベルとルソーの非難の声はもうほとんど届いていなかった。別の音が鳴っていた。胸の奥で、静かに確実に迫ってくるあの日の気配。

 ゼフィランサス。あの男との因縁。

 そして——キール通りの宿舎にいるマクシミリアン。

 今まさに、無言で刃を研ぎ澄ませている姿が脳裏に浮かび、エリオットは細く息を吐く。

 心の中で、ある日付がゆっくりと浮かび上がった。

 二月十八日、《双星の海戦》。

 国が揺れ人も運命も狂い始めた、全ての起点となったあの日。

 あの日を境に英雄は英雄でなくなり、罪は罪のまま燃え残り、誰かの人生が軋む音を立て始めた。

 マクシミリアンにとっても、きっと同じだ。

 もし、彼が動くとしたら。決着をつけるつもりなら。

 ——彼が選ぶのは、おそらくあの日だ。

 エリオットの視線はゆっくりと上がり、誰の方を向くでもなく遠くの一点を見据えた。

「……二月十八日までは、ブレストを離れられん」

 声に出さずとも、心に刻まれた決意は鋼のように揺るがなかった。

 マクシムの真意を知るためにも。

 あの日の後始末を終わらせるためにも。

 そしてなにより——自分が背負ってしまったものから、もう逃げないためにも。

 エリオットは静かに拳を握った。

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