第14章 オークの集落は、話し合いの場所じゃない
斜面を下り切った先に広がっていたのは、予想していたよりもずっと生活感の強い光景で、粗雑に組まれた木柵の内側には獣の骨や食い散らかされた残骸が転がり、焚き火の煙が立ち上っている事からも、この場所が一時的な野営地ではなく、明確な集落として機能しているのだと一目で理解出来た。
木陰に身を伏せたまま、少年の肩を軽く押して地面に座らせ、自分の視界と彼の位置関係を確認しながら、頭の中で数を数え始めたが、見える範囲だけでもオークは十体以上おり、武器を持つ個体と持たない個体が混在している様子から、狩りと警戒を交代で行っている事が分かった。
正面から突っ込めば確実に包囲される配置であり、遠回りして裏へ回るには時間が足りず、夜を待てば少年の体力が持たない可能性が高いと判断した。
結局のところ、ここで選べる道が一つしかない事を受け入れ、剣の柄に指を掛けた。
「……私が合図を出すまで、ここから動かないで」
そう告げると、少年は不安そうに私を見上げたが、言葉を返す代わりに唇を噛み、しっかりと頷いたので、それ以上振り返らず、木陰から一歩踏み出した。
足音を消すつもりは最初からなく、むしろ中途半端な動きで警戒を高める方が厄介だと分かっていたため、堂々と集落の境界線を越え、オークの一体と視線が合った瞬間に地面を蹴った。
唸り声が上がり、次の瞬間には粗末な槍がこちらへ投げつけられたが、身体をひねってそれを避け、魔力を足に流し込んで一気に距離を詰め、剣を横薙ぎに振るって最初の一体を倒した。
血と獣臭が一気に広がり、それに反応した周囲のオークたちが次々とこちらへ向かってくるのを視界の端で捉えながら、後退するのではなく、あえて集落の中心へ踏み込む動きを選んだ。
囲まれる前に数を減らす、それ以外に少年を守る手段はなく、剣を振るう合間に短い詠唱を挟み、炎の塊を生み出して地面に叩きつけ、突進してくる二体の足を止めた。
悲鳴とも咆哮ともつかない声が上がり、混乱が広がる中で、一体一体を確実に斬り伏せ、背後に回ろうとする気配を察知するたびに身体を回転させて刃を振るい、傷を負いながらも動きを止めなかった。
魔力の消費が激しい事は自覚していたが、ここで温存する意味はなく、炎と衝撃の魔法を短い間隔で叩き込み、オークたちの連携が成立する前に戦線を崩していった。
集落の外れで物音がした瞬間、一瞬だけそちらへ意識を向け、少年が約束を守っている事を確認すると、胸の奥に溜まっていた緊張が僅かに緩んだが、それと同時に背後から重い衝撃を受け、身体が前へと投げ出された。
倒れ込む直前に地面へ手をつき、転がるようにして体勢を立て直すと、巨大な棍棒を持った個体がこちらを睨みつけており、その体格からして、この集落の中でも力を持つ存在である事は明らかだった。
「……厄介なのが残ってたわね」
そう呟きながら剣を構え直し、正面からの一撃を受け止めるのではなく、踏み込んで懐へ入る動きを選び、衝突の瞬間に魔力を爆発させて相手の体勢を崩した。
地面が抉れ、土煙が上がる中で、一気に距離を詰め、剣を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろしたが、その一撃を受けたオークが膝をついた瞬間、背後から別の個体が飛び掛かってくる気配を感じた。
咄嗟に身を捻り、肩に鈍い痛みを受けながらも致命傷を避け、返す刃でその個体の喉を裂いたが、血が噴き出す感触と同時に、自分の呼吸が荒くなっている事を自覚した。
長引けば不利になる、それは分かっていたが、ここで引けば少年を危険に晒す事になるため、歯を食いしばり、最後に残った大柄なオークへ向かって、魔力を一点に集中させた。
詠唱は短く、制御も粗いが、その分威力だけを優先した衝撃が地面を走り、オークの足元から爆ぜるように広がり、体勢を崩した瞬間を逃さず、全体重を乗せた一撃を叩き込んだ。
鈍い音と共に巨体が倒れ、周囲に動く影がなくなった事を確認した時、ようやく剣を下ろし、肩で息をしながらその場に立ち尽くした。
集落にはまだ臭いと熱が残っていたが、生き残りの気配はなく、急いで少年の元へ戻り、無事である事を確認してから、周囲を警戒しつつ薬草の生えている場所を探し始めた。
少年の話通り、集落の奥、岩場の陰にひっそりと生えていた薬草は、踏み荒らされずに残っており、それを慎重に掘り起こし、根を傷つけないよう布に包んだ。
「……これで、終わりよ」
そう告げると、少年は涙を堪えきれない様子で何度も頷き、その頭に軽く手を置いたが、長く触れている余裕はなく、すぐに外套を翻して立ち上がった。
戦いは終わったが、ここに留まる理由はなく、少年を先に立たせ、来た道を引き返しながら、次にやるべき事を頭の中で整理し始めていた。
よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。




