第13章 危険だから置いていく、は通じなかった
町を出る準備に時間は掛からなかったが、それは私が急いだというより、余計な工程を最初から考えに入れていなかっただけで、装備の確認も食料の確保も手慣れた動きで済ませているうちに、気付けば町の外れへ続く道の入口に立っていた。
背中には剣、腰には予備の短剣、外套の内側には魔力を通しやすい触媒を仕込み、これ以上増やせば動きが鈍ると分かっているからこそ必要最低限に留めているのだが、その一方で、数歩後ろを歩く少年の足音がどうしても気になり、何度目か分からない振り返りをした。
「歩き方が遅い、荷物も多すぎる、せめて外套の中身を減らしなさい」
そう告げると、少年は慌てて背負っていた小さな袋を抱え直し、何が入っているのかを説明し始めたのだが、その大半が母親のために用意した布切れや道具である事がすぐに分かり、途中でそれを遮るように手を上げた。
「全部持って行く必要はない、戻る前提で動くの」
その言葉に少年が反論しようと口を開いた瞬間、足を止め、彼の真正面に立って視線を合わせたが、見下ろす形にならないよう少しだけ膝を曲げ、意図的に距離を詰めた。
「いい、これは命に関わる場所へ行く話で、気持ちの整理をする場面じゃない、必要な物とそうでない物を分けられないなら、この先へは進めない」
強い調子になった事は自覚していたが、ここで曖昧な態度を取れば、後で取り返しのつかない事になると分かっていたため、少年が何か言い返すまで黙って待つ事にした。
しばらくして、少年は俯いたまま袋の中身を整理し始め、布を一枚ずつ地面に置いていく様子を見せたので、それ以上口を出さず、代わりに周囲の地形へ意識を向けた。
町から続く道は緩やかな上り坂で、左右には背の低い木々と岩が点在しており、魔物の気配はまだ薄いが、人の往来が少なくなるほど不意打ちの可能性が高まる事を考えると、油断出来る状況ではない。
少年が必要最低限の荷物だけを残して立ち上がったのを確認し、再び歩き出したが、今度は意識的に歩調を落とし、彼が遅れない位置を維持した。
「……本当に、一人で行くつもりだったんですか」
背後からそう問い掛けられ、足を止めずに答えた。
「当然でしょ、その方が安全だから」
少年は納得していない様子だったが、それ以上は言葉を重ねず、しばらく無言で歩く時間が続いたが、その沈黙が重くなりすぎる前に、今度は私の方から声を投げた。
「オークの集落がある場所、詳しく教えなさい、地図じゃ分からない細かい目印があるはず」
それをきっかけに、少年は山道の途中にある倒木や岩の形、夜になると獣が集まりやすい沢の位置などを次々に話し始め、その記憶力の良さに内心で驚きつつも、それを表に出さず、頭の中で進路を組み立てていった。
山へ入るにつれて空気は冷たくなり、木々の間から差し込む光も弱まっていくが、それでも昼間のうちは視界が確保出来るため、日が高いうちに出来るだけ距離を稼ぐ事を優先し、危険そうな場所では少年を先に通すのではなく、自分が前へ出る形を徹底した。
「ここから先は、私の足跡だけを踏みなさい」
湿った地面に足を置きながらそう告げると、少年は素直に頷き、私の動きを一つ一つ真似るように進んできたが、その様子を見ているうちに、彼がただの足手まといではない事を認識し始めていた。
しばらく進んだ所で、風向きが変わり、獣臭と土の匂いが混ざった空気が流れてきた瞬間、即座に立ち止まり、少年の腕を掴んで木陰へ引き寄せた。
「静かに」
声を潜めたつもりはなかったが、状況に合わせて自然と低くなったその一言で、少年の身体が強張るのが伝わってきた。
オーク特有の荒い呼吸音が遠くから聞こえ始め、集落が近い事を示していたが、ここで正面から突っ込む選択はなく、周囲の地形を確認しながら、迂回出来るルートを探した。
「まだ戻れる、ここで引き返せば、他の方法を探す時間は残る」
そう言ったのは、最後の確認でもあり、本心でもあったが、少年は私の袖を掴み、はっきりと首を横に振った。
「ここまで来たんです、帰るつもりはありません」
その目に宿る決意を見た瞬間、深く息を吸い込み、次に吐き出すと同時に覚悟を固めた。
「分かった、なら約束を守りなさい、何があっても私の後ろから出ない、声も出さない、指示があるまで動かない」
少年は小さく頷き、剣の柄に手を掛けながら、オークの集落へ続く最後の斜面を見据えた。
この先で戦いが避けられない事は分かっており、それでも立ち止まらなかったのは、ここで引けば少年の覚悟ごと踏みにじる事になると理解していたからで、元婚約者としての立場や、貴族としての振る舞いを思い出す事なく、冒険者として選んだ道だけを見て、足を前へ出した。
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