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38.零雨③

 庭の東家に残っていたレイニーたちへ従者が傘を差し出す。受け取りながらルーサーはレイニーの背中へ声をかけた。


「いいんですか、レイニー殿下。クリア嬢は、あれは明らかに」


 ルーサーの驚きは冷めやらない。ルーサーにクリアの真意は分からなかった。しかし、彼女が何かを思い詰めたように言葉を振り絞っていたことは明白だった。

 理由も聞かず、レイニーが話を逸らしたことは「らしくなく」思えた。


「いいんだ、今は。これで」


 レイニーは雨垂れの音を聞いていたが、やがて次の予定へ向け東屋を去る。


 日毎に緑を増す葉の先から雫が滴る。

 止みそうにない雨は、人や地面から熱を奪っていった。



 ✳︎✳︎✳︎



『クリア……大丈夫?』


 自分に割り当てられた王城の部屋に戻ったクリアに、ドリズリーが控えめに声を掛ける。


 窓ガラスに雨粒が当たり、室内は暗い。


 アニメ映画「君の世界の名前は」によればーーネフライト王国の王族のうち、稀に「ある能力」を持って生まれて来る者がいる。

 それは「空模様を変える力」。といっても、「明日は大事な予定があるから、晴れにしてしまおう」というたぐいではない。

 正確には、「現時点の天気」を「現時点の感情によって変える」ことが出来る能力ーー感情の振り幅や強さによって、変えることの出来る天候の幅や、時間の長さも変わる。


 明日嵐が来ることは止められないが、嵐が来た当日になら、感情を揺り動かすことによって、嵐から天候を変えることは出来る、というイメージだ。


 そしてこの力は、本人が意図的か意図的でないかに関わらず、作用してしまう。


 レイニーの父、カーム・カルセドニー陛下もこの力を持っていた。

 カームは自身の能力をよく理解しており、幼少期から己の精神を安定させることに力を入れて来た。カームはたゆまぬ努力を経て、「凪の王太子」と呼ばれるまでになったのだ。

 しかし、妻である王妃アリアネルがカームの元を去ってから、王国は天災に見舞われるようになった。カームの鍛錬を超える悲しみの感情が、空模様に影響を与えてしまったから。

 カームには、国のために「己の精神を安定させる方法」が必要だった。だから、カームは幼馴染のエルヴィン・ハーパーを通じてメモリアの前身薬に手を出すようになった。


(……結果として、それは違法薬物「メモリア」を過剰摂取することにも繋がったけれど)


 レイニーが「零雨の王太子」と呼ばれるようになった理由も、この力に関係している。しかも、彼の能力は歴代王族の中でもトップクラスだった。

 レイニーの感情は、国の未来を左右させる。王国と国民を守るため、レイニーは感情を捨て「零雨の王太子」でいなければならなかった。


 このことはクリアがアニメで知る限り、フォッグやルーサー、母親であるアリアネルですら知らない。


 ドリズリーは遠慮がちに言った。


『ーーねえ、クリアが今受けているショックって』

「勿論、告白エピソードの再現に失敗したことよ。レイニーはクリア(わたし)に恋していなかった。つまり、ヒロインへの恋愛感情を爆発させることで、そのパワーで隕石を砕くことは出来ない」


 言い切るクリア。

 クリアは窓に向けて置かれた机に両手をつきながら、前を見据えた。


(この先のアニメのエピソードでは)


 キングスベリー公爵夫人の茶会の時間、レイニーは行方をくらます。まさかの王城内で。

 勿論、マリス・リコリス侯爵による、レイニーを暗殺するための企てだ。

 マリスはグロリア・リコリスの件からクリア・サンブリングを狙ったこと……つまり、王太子の敵対勢力であることが明るみになった。よって、静粛される前に、長年準備して来たレイニー王太子の暗殺計画を実行する。

 

「ーー言うなれば、『レイニー王太子誘拐事件』」


 アニメのヒロイン・クリアは「回転ブランコ」について確認すべく王城にいるのみだったが、今のクリアはキングスベリー夫人の茶会に直接参加が出来る。アニメより深く、事件に関わることが出来る。


(レイニーは誘拐されて、命の危機を迎える)


 レイニーの身体には違法薬物「メモリア」が盛られていた。三年以上も前から。

 そもそも、無敵のヒーロー・レイニーがあっさり誘拐などされてしまったのは、「メモリア」で眠らされていたからだ。長年身体に蓄積されていた「メモリア」はこの日許容量のコップを超えて、レイニーに異変をきたした。


 前世の記憶を思い出した三年前の時点で、マリス・リコリス侯爵は既にレイニーを消す準備をしていた。

 そのことに気づいたばかりの頃は、動揺のあまり気分が悪くなり、何も出来ない自分を責めては塞ぎ込んだ。男爵令嬢になったとはいえ、レイニーとゆかりのないクリアに出来ることはまだなかった。


 しかし、ラネージュ殺人未遂と同様、下手にアニメのシナリオを変えてしまうと、リコリス侯爵に別の手段を取られてしまうーーそうなればクリアにレイニーを守る術がなくなってしまう、と気持ちを切り替えた。


 レイニーを一刻も早く誘拐された場所から救出すること。医者に診せること。

 それが今のクリアの目的だ。


(レイニーはわたしに恋をしていなかった)


 事件のことに集中して、胸の抉られるような痛みを無視する。

 

(これはただ、アニメのヒロインを再現してレイニーに恋されることを目標にして来たからこそのガッカリ感よ。頑張ってきた目標の達成が出来なかった悔しさ)


 そもそも、レイニーはクリアを信頼して心内を話してくれたのに、クリアはアニメを再現することしか頭になかった。レイニー自身を見ていなかった。

 だから。


「……わたしがショックを受けるなんて馬鹿よ」


 力任せに引き出しを抜き、中からレターセットを取り出す。


 便箋に絵や数字を描き、きっちり同じ大きさに切る。それらを勢いのまま、茶会用のハンドバッグに詰め込んだ。


 ドリズリーは泣きそうな顔でクリアの作業を見守るが、クリアは上手く出来ていない微笑みを返すことしか出来なかった。


ここまでお読みくださり、ありがとうございます。リアクションも励みになりました。

全45話予定ですので、もう少しお付き合いいただけると嬉しいです!

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