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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十話 目白駅 「おじさん、大量の若者たちと共闘する」
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 「オジ、これをお向かいさんに持っていってくれ」


 セイカは自分が食べていたクッキーの新しい箱を尾地に差し出しながら言った。


 「いいんですか?そんな馴れ合いみたいなこと?」


 「いまさら、馴れ合いを否定してどうすんのよ」


 「たしかに…」


 ポップアップするボスモンスター、ジャークトパス討伐のためにはるばるダンジョンを潜ってきた二つのパーティー。彼女たちは五〇日周期でモンスターがポップするという情報を信じて、ここで奪い合いの競争をしているはずなのだが…。


 ここに到着してから丸二日間が経過して、馴れ合い始めていた。


 いつモンスターが出るかわからない。二四時間体勢が二日間続いたのだ。


 監視するエリアが近い者同士が会話をし、あまつさえ一緒に監視をし、ついにはお菓子をおすそ分けしようとする始末だ。


 「若い子に軍隊的行動は無理があったか…」


 尾地も小言を言うのを諦めた。想定していたよりも待機の時間が長すぎた。若者の緊張の糸は細く、緩みやすく出来ている。


 パーティー内にも緩んだ空気が流れている。


 「向こうの男の子、最初睨んできて嫌だったけど、話したら普通にいい子だったな」


 こちらの剣士の男もすっかり打ち解けてしまったようだ。


 尾地はゆっくりとため息をつき、お菓子のおすそ分けのために出かけた。


 「みんな根が善良すぎるんだよな…絶対的に死活問題でもないってのも大きいが…」




 「セイカさんからおすそ分けです」


 お菓子の包みをホリーチェに渡しながら言った。


 「お、悪いね。コッチからも何かあげるものあったかな?」


 ホリーチェは自分たちのストックを探す。


 「ずいぶん呑気ですね」


 尾地はイヤミの一つも言いたかった。 


 「しかたないだろー。五〇日ポップは何度も観測されてたデータだったんだから、今日で五二日。文句を言うべきは弛緩した我々ではなく、時刻を守らないモンスターの方だろ」


 「現れたら文句を言いますから、もう少し緊張感を持ってください」


 「緊張感がポップの条件ならそうするが、どっちみち、ウチかそっちかがゲットすることが確定してるんだから、そんなに焦ることもないだろ。コインの裏表が出る確率は半々。このエリアにいるプレイヤーはウチとそっちの二組だけなんだから」


 「昨日の昼まではあんなにみんな頑張ってたのに…」


 「あ~、二日持たなかったな。そこは私のパーティーに関しては遺憾を表明しておこう。あ、これどう?ババロア」


 ホリーチェは食料ストックの中から小さなカップに入った白い洋菓子を取り出した。


 「なんでそんな物があるんですか…」


 「シンウが作ったんだけど、まだ手を付けてなかった。今日ぐらいに食べないとマズイなと思ってたんだ」


 「あのですねぇ…」


 と、たしなめようとした瞬間、尾地はピンと来て。


 「頂いていきます」


 ラップで包まれたババロアのカップ五個を袋に詰めて帰っていった。




 陣から離れた駐車場平野のコンクリ丘の一つにシンクが立っていた。一人立ち周囲の監視をしている。彼女はまだこの争奪戦に対して真面目な姿勢だった。その事に尾地は嬉しかった。


 ゆっくりと近づいてくる尾地に気づいたシンウは、彼が近づいてくるまでその姿を見つめていた。


 「尾地さん、どうも」


 「あ、シンウさん。すみません」


 「なにがですか?」


 「ウチのリーダーからビスケットのおすそ分けに行ったら、ホリーチェさんがババロアを持っていけと」


 「ああ、それですか。身内以外に見られるのは恥ずかしいですけど、どうぞ食べてください」


 「それじゃあ、ありがたく…セイカさんも喜ぶと思いますよ」


 「セイカが…本当に?」


 シンウはそのことをストレートに信用できないようだ。


 「ええ、喜びますよ」


 尾地としてもそれ以上は言うつもりはなかった。基本的に人間関係が下手な中年が若い子の間に首を突っ込んでも、碌な事にならないという恐れがあるからだ。


 「そうですか…じゃあ、味の…感想だけでも教えて下さいね」


 シンウは予防線を張った答えをした。


 「尾地さんも、戦いに参加するんですか?」


 「いえ、皆さんの邪魔はしませんよ。ただセイカさんの戦いのサポートはします」


 「そうですよね。それが当たり前ですよね」


 シンウは少し残念そうな表情であった。


 「それに、私ジャークトパスって苦手なんですよ」


 「苦手?尾地さんにも苦手な敵っているんですか」


 「そりゃいくらでも!特に今回のは嫌ですね。タコ足うじゃうじゃで体はツボみたいな硬い殻、しかもそれが空を飛んでいる。僕が苦手なもののオンパレードですよ」


 「戦ったことはあるんですか?」


 「何度かね。好んで戦ったわけじゃないですが。とにかく飛んでる系、弱点が見えない系はいやです」


 シンウの顔に興味の色が出てきた。当然だ、これから戦う相手、その実戦経験者の話は貴重だ。尾地もこの程度の情報はいいだろうと話を続けた。


 「ジャークトパスは空飛ぶ蛸壺です。ジャーがツボでタコのオクトバスと合体した名前。大きさは体長一五メートル強。でかいです。半分がツボでもう半分がタコ足。蛸壺からタコ足が生えてるモンスターです。空からタコ足で獲物を襲います」


 シンウが生徒のように聞くから、尾地も教師のように話してしまう。


 「弱点はタコ足の生え際、ツボの入り口にある口ですがタコ足に覆われて見えません。とにかくそこを突かない限り倒せない。蛸壺が頑丈で本体に攻撃が届かないんですよ。私がいくらタコ足と戦っても、本体の弱点には届きません。魔法か弓の出番です」


 そういって尾地はシンウの背中のラックに架かった弓を見る。その視線に気づいて恥ずかしそうに自分の獲物を隠すシンウ。


 「その弓ですよ。期待してますよ」


 「期待するって、私達、競い合う相手ですよ?」


 「派遣ですからね。うちの棟梁に勝ってもらうために全力は尽くしますけど、チャンスは半々です。そちらが取ったら、シンウさんの弓に期待してますよ、私は」


 できの悪い答案を隠す生徒のように。


 できの悪い通知表を隠す娘のように。


 シンウは背中の弓を隠しながら


 「ガンバります」


 と赤くなって答えた。


 尾地は一通り説明をした後、お礼を言うシンウと別れて自軍陣地に戻った。



挿絵(By みてみん)



 「戻りましたー、ババロアいただきましたー」


 尾地が帰還するとセイカが


 「随分楽しそうに喋っていたな…」


と怨嗟を込めた声で話しかけてきた。


 「なぜ…?」


 冷や汗を流し尾地がそうつぶやくと、彼女は片手に持っていた双眼鏡を尾地に見せた。


 「全部ご覧になっていたのですか…お人が悪い」


 「話せ」


 「は?」


 「シンウに言ったことを残らず話せ」


 尾地は、両チーム同一条件にすることに意義があると自分に言い聞かせ、同じ話をすることに同意した。


 その前に


 「ババロアでございます。シンウさんのお手製です」


 震えながら差し出したその包みを、


 セイカはゆっくりと奪った。




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― 新着の感想 ―
[一言] サメだと思ってた人はクソ映画に人格が支配されてますね…(自虐
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