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残されたアストラーダは、壁と全く見分けの付かなくなった秘密の出入り口を眺め、肩を上下させる。
その時、腕の中のエテルティアが身じろいだ。
「……御気分はいかがですか? 殿下」
相変わらず柔らかな口調で、彼は尋ねる。
止まらない涙に頬を濡らすエテルティアは、切ない瞳で「忠実な騎士」だった男を見上げていた。
その視線が動き、髪に至ったのに気付いたアストラーダは苦笑した。
「ああ……この頭ですか」
国政を牛耳っていた彼女は、入手済みだった隣国宰相の身内に関する情報を胸に繰り広げたらしい。
サナレーン侯爵家の三姉弟は、レスヴィック皇帝と同じく、いずれもが遠き「黒の皇后」譲りの艶やかで美しい黒髪を有していると評判になっていた。
姉にて高位の巫女であるファウラに倣うかのように、風来坊で名高い末弟は、長いそれをなびかせながら、各地を気ままに旅しているらしいと、エテルティアも報告を受けていた。
黒髪の人間は別段珍しくないものの、やはり目を引く特徴に相違ない。
もし、そのような配下が近くにいたら、エテルティアもそれなりに意識を向けていたはずだ。
しかし、今ここにいる男はそうでない。
ありきたりな麻色の髪をした、身分の低い騎士の一人でしかなかった。
「……ご存じでいらしたのですね?」
アストラーダは、目を細める。
イブリール屈指の名門の出であり、優れた姉と兄を有する以上、当人の意志に関わりなく噂が諸国へ流れるのは致し方ない。
それぐらいは、彼も達観していた。
「どうしたところで目立ちますからね。それに、連れ合いのたっての望みでもあり、髪を余人に触らせないと誓ったのですよ。迂闊になびかせていては、不測の事態に陥るとも限りませんからね?」
連れ合い。
彼は、易々とその言葉を口にした。
もちろん、最愛の兄にて、唯一無二の伴侶たるサナレーン侯爵レオニードのことである。
この双生児たちは、早くから互いを魂と肉体の片割れとし、生涯を共にすると誓っていたのだ。
自由人を自称するアストラーダは一つどころに留まるのを嫌う性質を有しているが、心の還る場所は、常に愛しい兄の元なのである。
そして、二人の姉であるファウラは、そんな弟たちの最大の理解者だった。
神の示唆を受ける立場にあったからだろう。
彼女は、弟たちが天賦の絆で結ばれている事実を、早くから受け入れていたのだ。
侯爵家の後継者である甥の成長まで伏せておくと決めてあるため公表こそしていないが、事情を知る人間は、イブリール首脳陣の中には、わずかながら存在している。
もちろん、外部に漏れるはずのない情報だった。
隣国の王女が知らずにいたのは、むしろ当然だろう。




