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(お母さま……。あなたの夫だった男が今、……旅立ちました……)
遙かな亡母へ、語り掛ける。
肖像画でしか知らないマヌエラは、果たしてかつての夫を、笑顔で迎えるのだろうか?
……それとも…………。
セルアは軽く首を振って思考を切り上げると、背筋を伸ばす。
「……大儀でした。アストラーダ」
そう告げれば、ラーダ……いや、アストラーダは、歩み寄ったモルティスに手の中のエテルティアを委ねて、その場にひざまずく。
実に優雅で洗練された宮廷作法を以て、彼はセルアに対して、全幅の恭順を示していた。
目を見開いたまま凝視する哀れな王女は、全く事態を理解できず、ただただ涙するばかりだ。
一体、今、この場で繰り広げられている寸劇は、何の茶番なのだろうかとさえ、遠く思う。
所詮は下賤出身の田舎者でしかないラーダは、宮廷に出入りするようになってからも、必死に尽力しながら、どこか粗野で品のない所作を滲ませていたはずだ。
その彼が、どうして、これほどまでに美しい物腰で、完璧な立ち居振る舞いを見せるものか!
「……ありがたきおおせなれど、労いのお言葉を頂戴するには、時期尚早かと存じます」
アストラーダは、淡々としたものだ。
その言いようにすら、匂うような気品が漂っている。
「我が身の役目は、未だ終わっていないのですから」
セルアは少しだけ眉を動かし、すぐに微笑した。
「さすがは、サナレーン侯爵家が誇る傑物にて、ハルバード前元帥閣下が見込んだ逸材。……確かにあなたの言う通りでした」
セルアが、エテルティアの焦燥を煽る言葉を選んだのは、敢えての判断だ。
アストラーダは、サナレーン侯爵の双生児の弟にて、前元帥の秘蔵っ子と呼ばれた愛弟子なのである。
極めて優れた資質を持ちながら、束縛の多い軍に所属するのを嫌い、大叔父であるレヴァンス子爵同様、各地を旅して歩きながら、様々な情報を祖国へ……誰よりも愛しい兄へ送り届ける日々を過ごす希有な人材だった。
こうしてセルアの手足となって働いているのも、最愛の兄の望みだからに外ならない。
そして彼は、多くの弟子を取り、優れた武人の輩出を果たしたハルバード前元帥の門下にあって、師より最もその将来を嘱望された大器でもあるのだ。
実際、元帥の後継者に適任者が不在である状態が続いた軍への招聘は幾度もあった。
侯爵家の出の身分のみならず、ハルバード元帥のお墨付きの実力も兼ね備えたアストラーダならば、これ以上ない人選だったのは確かだろう。
それでも、自らが統率する立場に不向きであると認識していた自覚に加え、一度たりとてその組織に所属した経験がない事実を配慮して、辞退した経緯がある。
皇妃にてレスヴィックの名代を務めるセルアが、国難へ対応するため一種の旗印として、言明しないまでにも短期間に限って元帥を担うのとは、訳が違うのだ。
ちなみに、ルスズ副元帥やこのモルティスとは、兄弟弟子の関係に当たる。
「……では、後は任せてもよろしいですね?」
セルアは、全幅の信頼を込めた確認をする。
アストラーダの計らいには、かけらほどの憂慮も覚えない。
彼の戦略を立てる能力は、セルアに匹敵する……いや、同等のものだ。
今に至る多くが、同調の果てに実現されているほどである。
書面越しの合議さえ、実はほとんどしていない。
双方が、相手の行動を先読みし、それぞれ動いた結果が現状だった。
アストラーダは、これから先の幕引きの一切もまた、セルアが憂慮なく委ねるに足る人材なのである。




