表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国母セルア  作者: 小松しま
68/124

68

 高位の巫女でありながら、マヌエラはかけらほどの抵抗も示さず、呆気なく王妃の座を譲り渡し、後にはレスニアが手配した毒によって世を去った。

 結局、高位の巫女云々と言っても、それだけの人物でしかなかったのだろう。

 その程度の者が、そもそも、真実の王妃であったとは思えない。

 なぜ神は、例え一時的であっても、後に偽りの存在と称される結果になろうと、彼女を正式な王妃となさしめたのか?

(……っ!)

 ここまで考えたところで、エテルティアは「いつもの仮説」に心を捕らわれそうになって、慌てて気を取り直した。

 「神の祝福を受けし存在たるセレスティア」を、ティアモラ王女としてこの世に送り出すため。

 …………そのようなこと、あるはずがない。

 あっては、ならない!

 ティアモラの正当の王女は、エテルティアただ一人なのだから。

「だが、……何もかも全てが……神の、わたくしへの試練なのかもしれぬと……このところ、思うようになったのじゃ……」

 自らに言い聞かせながら、エテルティアは言葉を紡ぐ。

 手前勝手な解釈かもしれない。

 けれど、彼女にとって何より信憑性の高い……高いと思いたい考えなのだ。

「ものの真理を見極められず、ただ流言に振り回されて右往左往する愚者たちは、神殿の放つ、表面的な上辺ばかりの言葉を鵜呑みにして、あの不要なる汚らわしき者ごときを、神の祝福を受けた聖なる存在だなどとさえずるが、わたくしは、それが過ちであり、ゼルフィードの奸計による陰謀であると看破しておる」

 

 王女セレスティア。


 そんな者の正当性を、エテルティアは断じて認めない。

 よって、その祖父の存在もまた、貶めるのに躊躇を抱く由もなかった。

 真実、信仰に生きる者であれば、血を分けた実の娘を、世俗の最高権力者の伴侶に推挙などすまい。

 結局のところ、虚栄心あってのふるまいに他ならなかった。

「神殿側も、いずれゼルフィードが大神官長になると見越して、覚えをめでたくせんがために妄言を尊重し、捏造の託宣に同調したのだろう」

 そのような勝手な評を弄するのは、自らの人間性を損なう行為だ。

 賢しいエテルティアなので、当然理解している。

 であっても、この主張は、彼女の根幹を支える大事。

 「そう」でなければ、ならなかった。

 何があろうとも!

「なぜなら、我が母こそが正当なるバルモア三世妃であるとの神の御意志を、神殿側が認めざるを得なかったからじゃ」

 端から傍観する者にとっての矛盾の事実を、エテルティアはそう認識したのだ。

 ゼルフィードにおもねる神殿の者たちも、最優先すべき神の采配ばかりは、無視できなかったと結論付けた。

 だからこそ、マヌエラは、本来着くべきでなかった分不相応な王妃の座から退き、罪を償うために神の采配による審判の死を受け入れたと、彼女は得心するようにしている。

「わたくしこそが、統一された東西ティアモラに最初に生まれた、真実の王女。罪より生じた偽りの王女の存在など、どうして取り沙汰する謂われがあろう」

 エテルティアは、胸に手を当て、ラーダを凝視した。

 そして、少しだけ表情を和らげる。

「神は過ちを犯されたのでなく、正当な王女であるこのわたくしが、重き立場に相応しい者だと内外に示すため、類い希な試練をつかわしたのかもしれぬ……とな……」

「……殿下……」

 ラーダは、切なそうに目を細めた。

 エテルティアは、笑みを深める。

「……大事ない。……つらくないと言えば嘘になろうが、それでもわたくしは、正当なるティアモラ王女じゃ。道理を守ると誓ったからには、今更逃げ出す訳にはいかぬであろう?」

 手段を選ばず、いかに卑怯な真似であれ、躊躇しない。


 我が身のために。

 そして……あるべき形を守るために。


 そのために、エテルティアは、なせる全てを果たして来た。

「わたくしは、決して負けぬ」

 強がりの言葉であっても、確かに戦いの勝者こそが、神の叡慮にかなう者となる。

 それは、紛れもない事実だろう。

 エテルティアは、ラーダを見上げた。

 いつからか、彼女はこの騎士の中に「何か」を見出し、心の拠り所にしている。

 彼が男として不能でありながら、優れた才覚の主だから……との部分が大きいのだろう。

 ラーダは、金銭や名誉……栄達についてもあまり関心がないようで、群がる「獲物」たちがエテルティアに対して放つ類の欲望を、かけらほどにも感じさせない。

 その事実は、彼女にとって、不思議な安堵をもたらしている。

 でありながら、奇妙な矛盾……いや、いっそ苛立ちだろうが、ラーダに求められたいと、望む心さえあるのだ。

 自らの肉体を活用すべき武器をみなしたエテルティアなので、求められた相手に利用価値があるとみなした場合、身分の上下なく差し出すのに、躊躇はない。

 最初のころは、それなりの嫌悪を抱いていたものの、さして時も経ずに慣れてしまった。

 所詮、ほんのわずかな時間、心を閉ざしている間に終わる、肉体を介したただの取り引きに過ぎないと達観するに至ったのだ。

 無論、結婚ともなれば、また全く別の問題である。

 いずれ、自らの身分に最も相応しい相手を吟味しなければならない。

 その候補に、ラーダが入る余地などあるはずもなかった。

 けれど、一度ぐらい、この男の熱を身体の奥深くに受け入れてみたいと、かないもしない考えに捕らわれるのは、どうしてなのだろうか?

「そなたは……わたくしの側におるのじゃ。わたくしの勝利を見届けよ。……良いな?」

 彼は、無言で敬礼した。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ