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新元帥の名こそ明らかにされていなかったものの、イブリール軍は再編が進められており、間近に迫る戦への備えも整えられてあった。
初の閲兵がそのまま出陣の儀式となるなどと予想できるはずもなかったが、兵たちに動揺はない。
それどころか、予想外の新元帥への忠誠を新たにし、いずれもが臨戦の覚悟を噛み締めるばかりだった。
「元帥として、わたくしから最初の命令を下します」
馬上にて、整然と並ぶ隊列に対峙して、セルアは告げる。
「わたくしはレスヴィック陛下の名代であり、その栄誉を何よりも重んじます。……ゆえに、」
ここで一旦言葉を切った。
一同は喉を鳴らす。
「死ぬことを、許しません!」
途端、どよめきが起こった。
「慈悲深きレスヴィック陛下は、全ての民が安からんことを、望まれておいでです。レスヴィック陛下の悲願が達成されるよう、あなた方は、それぞれの生命を決して粗末に扱ってはなりません」
レスヴィックの意向を盾にした、それは類い希な訓辞であったろう。
当然、兵たちは歓喜の声を上げた。
死を恐れるな。
生命を引き替えにしても、使命を達成せよ。
誰もがそう命じられると覚悟し、期待さえしていたものの、セルアの発した言葉は、より以上の高揚を招くものだったのだ。
「妃殿下万歳!」
どこからともなく、声が上がる。
「我らがイブリールの母!」
「誉れ高き聖なる国母!」
「国母陛下、万歳!」
降り注ぐ叫びに、セルアは手を振って応じた。
この、名もなき兵が告げた「国母陛下」の称号は、瞬く間にイブリール全土に広まって行くこととなる。
セルアは、思いがけない称に内心驚きながらも、表面的には全く動じる様子を見せず、満足げに自軍を見渡した。
そして、出陣を前に、留守を預かる宰相・サナレーン侯爵を筆頭とした見送りの人々の列へ向き直る。
途端、彼はその場に片膝を着き、最高権力者へ最敬礼をした。
傍らにて、新帝や「かんなぎ」を抱いて共に控えていたファウラや、重鎮たち、女官、侍女一同、それに倣う。
「国母陛下の初陣を寿ぎ、凱旋をお待ち申し上げます」
第一の臣下たるサナレーン侯爵が公式の場でこう告げたことによって、「国母陛下」の称号は、確立された。
殿下と称されるべき前皇妃などでは、ない。
けれど、皇太后でもない。
「国母陛下」。
確かに、セルアにこの上なく相応しい位であるだろう。
「勇敢なるイブリール軍の皆さま方、御武運をお祈り申し上げます。神の祝福を受けられし、わたくしたちの敬愛する聖なる国母陛下を、お任せいたしましたよ」
ファウラも続く。
兵士たちの呼応が響いた。
誰もが、セルアを讃えている。
「後を頼みます」
歓声に万感を噛み締め、セルアはイブリール軍を引き連れて戦地へ向かったのだった。




