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国母セルア  作者: 小松しま
30/124

30

「陛下っ!」

「陛下っ!」


 セルアの咄嗟の働きによって、かろうじてわずかなずれで心の臓の直撃だけは免れたものの、決して看過できる状況でない。

 その場は騒然となる。

「陛下っ! 陛下っ!」

 セルアは半狂乱となって、夫を揺さぶる。

 レスヴィックは苦悶の表情で、しかし、声すら上げられずに、小刻みに震えるばかりだ。

(ま、まさか……っ)

 セルアは瞬時に確信する。

 毒矢である。

 スィーナー公爵の生命を奪ったのと同じそれが、この矢には仕込まれていたに相違ない。

「陛下っ!」

 必死に矢を引き抜き、血しぶきの飛ぶ中、傷口に唇を寄せようとしたその時、サナレーン侯爵に妨害された。

「なりませんっ!」

 毒を吸い出そうとするのは、あまりにも危険だ。

 口腔からの吸収によって、セルアまで、スィーナー公爵たちと同じ運命を辿ってしまう。

「離してください! 陛下っ! 陛下っ!」

 傷口から溢れ出る血に掌を染めながら、セルアは必死に嘆願する。

 その周囲は、凄まじい混乱の坩堝となっていた。


「下手人が自害したぞーっ!」


 誰が発した叫びだろうか?

 それを耳にしたセルアは、呼吸すら忘れて硬直した。

(ま、……た、しても……)

 国の重鎮が葬られ、続いて皇帝。

 そして、次に控えるのは何だと言うのだろう?

(神よ!)

 セルアは天をあおいだ。

 そして、夫を腹心に委ねて立ち上がる。


「我らが神よ! 偉大なる皇帝陛下のお生命をお助けください! わたくしの……わたくしの、全てを捧げます! どうか、神よ!」


 悲壮なまでの訴えだった。

 その痛ましくも崇高な姿に、騒然とした空気が鎮まる。

 人々の注目の中、天から一条の光りが世界を貫き、セルアの胸へと降り立ったのだった。

「っ!」

 そして、その輝きは、大きく反射する。


「おおっ……」


 集う全ての者たちがざわめいた。


「あ、……ああ、あ……」

 恍惚とした姿で、セルアは胸元へ手を当てる。

 常に携帯するようになっている聖櫃が、熱を持った。

 いや、熱と言うよりは温もりだろう。

 首からそれを提げている鎖が、音を立てて落ちた。

 しかし、聖櫃はふわりと宙に持ち上がり、セルアの目の高さで止まる。

「……あ……」

 言葉にならない神の啓示を、セルアが受け取った瞬間だった。

 解した途端、セルアは両手でそれを押し頂き、中を開いて安置されている……こちらも発光している聖鏡を取り出す。


「妃殿下?」

「一体……?」


 周囲の訝る声に応えるような余裕はない。

 一刻を争うのだ。

 セルアは唇を噛み締めると、その聖鏡を、愛しい夫の傷口に押し付け、そのまま肉体にのめり込ませる。


「ぐあぁっっー!」


 すでに意識すら失っていたレスヴィックが、苦悶の叫びをあげる。


「陛下っ!」

「妃殿下っ!」

「何をっ?」

「うっ!」


 光りの乱舞が起こる。

 セルアは歯を食いしばって、暴れる夫の傷口に手首まで押し込めた。

 再度、激しい血しぶきが起こる。

 そして、レスヴィックの全身に稲妻が走った。


「ううっ……!」


 誰もが目を庇い、必死にうかがうばかりだ。


 これまでの全てを凌駕する目映い輝きが空間の全てを支配する。


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