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国母セルア  作者: 小松しま
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 サナレーン侯爵は、舌打ちをせんばかりの風情で、呑気極まりない目上の親族を睨み付けると、輿入れの主従に、いかにも賢しそうな幼い少年を示した。

「……殿下。我が主君たるイブリール皇帝……レスヴィック陛下であらせられます」

「!」

 セレスティアは反射的にドレスの裾を持ち上げて、深く腰を落とす。

 侍女たちも慌てて倣った。

「……セレスティアにございます」

 八才の少年・レスヴィックは、きらきらと瞳を輝かせて立ち上がる。

「……僕の、伴侶、なのでしょう?」

 とことこと歩み寄り、覗き込むようにセレスティアに尋ねた。

「は……はい……」

 とにもかくにも、上目遣いにそう応じれば、、少年は嬉しそうに顔中で笑う。

「すっごくきれいなお姫さまだ。マーア姫のおっしゃった通りだね。爺?」

 興奮状態の少年は、背後の紳士に同意を求めた。

 マーア姫とは、亡くなった斎王の名である。

「誠に。陛下のお妃さまに、これ以上なく相応しい御方でいらっしゃいましょう」

 サナレーン侯爵の親族にて、皇帝より爺と呼ばれる人物は、満足そうに同意した。

「うん!」

「さあ、陛下。お教えしたでしょう? 御挨拶をなされませ。何事も、第一印象が肝心ですからな」

 もったいぶった言葉に応じるように、レスヴィックは、ぴょん! と飛び跳ねて、慌てて背筋を伸ばす。

「えっと、……セル、……セルア、……姫っ」

「……陛下。セレスティアさまで……」

「よろしいのです」

 幼い君主の言い間違えを正そうとしたサナレーン侯爵を、セレスティアは微笑で制した。

「どうぞ陛下。セルア、とお呼びくださいませ」

 胸元に手を当て、セレスティアは腰を屈めて、未来の夫にそう申し出る。

「……良いの?」

「……はい。良き御名を頂戴いたしました」

 不安を隠せない風情の少年に、更に笑みを深めた。

 帝国の主ともあろう立場にありながら、何とも素直で好ましい気性が察せられ、たまらなく、彼を愛しく思う。

 セレスティアは、自分にも理解できない、不思議な感情の高まりを感じた。

 神の差配による婚姻だから、なのだろうか?

 初対面の少年を、どうしてこれほどまでに慕わしく思うものか……。

「これよりわたくしは、セルアと、名乗らせて頂きます。故国の全てを捨て……、新しい人生を歩むために……」

 唐突の思い付きは、たちまちセレスティアの中で強い決意へと育った。

 結局、愛せなかった父から与えられた名になど、何の未練もない。

「セルア……」

「はい。陛下」

 途轍もない慈しみの心のまま、呼び掛けに応じる。

 ティアモラ内親王セレスティアは、この時を限りに、イブリール皇妃セルアとなったのだった。


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