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「そもそも、陛下のお心を惑わし、正当なる王妃さまのお輿入れに先んじて、まんまと妻の座を射止め、真実のお妃さまに後妻の屈辱を与えし毒婦の忘れ形見ですぞ!」
叫んだ後、ゼルフィードの反応がないのに、彼は嫌らしくも皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ああ……そうそう。大神官殿の娘御でいらっしゃいましたなぁ……。尊きお立場にありながら、御息女に身の弁えすら躾られなんだとは、嘆かわしい限り」
「何と言うことをっ!」
「大神官さまに対しっ」
役人のあまりの暴言に、イブリール大使・ドリュー伯爵の秘書たちが立ち上がって憤るのを、同じく腰を伸ばしたサナレーン侯爵が身振りで制する。
反論するのは容易だが、この先もティアモラで過ごすゼルフィードの今後を配慮しての計らいだ。
また、ドリュー伯爵の立場もある。
しかし、それを見て、役人は鼻を鳴らした。
おめでたくも、大いなる勘違いだ。
イブリールごとき新興国の侯爵の身分など、歴史と伝統を誇るティアモラ王室の前では紙くずも同然……彼はそう認識していた。
「ともあれ、ティアモラ王女などの肩書きは、本来、与えられるべきものではなかったのです。王妃さまのお慈悲を以て、これまでは一員として遇されておいででしたが、忘恩の徒となり、国を捨てる以上、ティアモラの聖職者が祝福を与えるなど、筋違いも良いところと言うもの!」
サナレーン侯爵の判断を、見事に読み違えた浅ましい男は、悦に入っている。
「本来ならば、即刻国外退去を命じられるところ、王妃さまの御厚情によって、許された対面ですぞ。訳のわからぬ絡繰りを行い、あまり長々時を過ごすのは不遜と言うもの」
神の威光すらも、この男は絡繰りと言い切った。
どこまでも卑小な器である。
……だからこそ、イレニア妃におもねっているのだろうが。
そもそも、残される従者たちの引き渡しを名目にした祖父と孫の対面を許したのは王であって、王妃ではないのだ。
無論、言うだけ無駄だろう。
「早々に用件を済ませ、退去なされませい!」
室内に沈黙が落ちた。
しばしもせずに、セレスティアは身じろぐ。
「……お祖父さま……どうか、お身体をおいといあそばして……」
「……セレスティア……」
祖父の立場を案じる別れを告げられて、ゼルフィードは、切なげに目を細めた。
「この大陸にあって、我らが神の教えに、国境はございません。いつ、いかなる時であろうとも、セレスティアはゼルフィード大神官の孫に恥じぬ信仰を、必ず貫き通すことを……ここにお誓い申し上げます」
「……息災でな……」
今生のそれを惜しむ肉親たちに、またも役人が出立を急き立てる。
「姫さまっ、姫さまっ、どうかお身体をお大事にっ」
涙の乳母が必死に言い募るのにも、役人は叱責した。
応じたゼルフィードは、入室の折りよりかなり力を落とした足取りで、役人の後に続き、泣き崩れる乳母を伴って部屋を後にしたのだった。
「何と言う慮外をっ……」
「我が国では考えられない不敬でございますっ!」
「内親王殿下とその外祖父たる大神官さまへ……よくもあのような暴言をっ……!」
イブリールの一同が、憤る。
それを眺めるセレスティアは、神器の箱を閉じようとして、指先に負ったはずの傷が消えているのに気付いた。
(……)
これも神の御業たる奇跡なのだろうか?
「……殿下?」
一言も口を開かないセレスティアを案じるように、サナレーン侯爵が問い掛ける。
「……いいえ……」
すぐに表情を繕って首を振った。
「……あんまりでございますっ……。あのような……あのような……」
「マヌエラ姫さまは、陛下の御ため、国の栄えとなるのなら……と、断腸の思いで、御身を引かれましたのにっ……!」
ずっと堪えていた侍女たちは、その場に崩れ落ちて啜り泣く。
「侍女殿っ」
「お気持ち、お察し申し上げますぞっ」
大使であるドリュー伯爵を筆頭にしたイブリール勢が、彼女たちを慰める。
あそこまで一方的な解釈による悪意を、どうして突き付けられるままでいなければならないのか、あまりにも理不尽だった。
「泣かないでください……」
セレスティアは、両手で箱をしっかりと胸に抱き、彼方を見詰める。
「全ては過去となったのです。これからのわたくしは、イブリールの民として生きるのですから……」
心からの、それは言葉だ。
「姫さまっ……」
「おお……殿下っ……」
集う人々は、健気な決意に感動する。
セレスティアの見送りは厳に禁じられていたが、それでもロールウェルから、こっそりと何人かが出向いてくれた。
新領主エテルティア王女の目をはばかって、協議の末に選定した「代表」たちである。
レスニア王妃の意向のみならず、セレスティア本人も仰々しい無駄な仕度を嫌ったため、一行の出で立ちは、とても輿入れ行列と思えないものだ。
いや、貴族の旅行にも至らない質素な仕度だろう。
長距離の移動のため、セレスティアと二名の侍女が乗り込む四頭立ての馬車を一台と、二頭で賄う荷馬車。
そして、サナレーン侯爵を含む、乗馬の騎士が四名。
いくら、セレスティアの意向云々と言っても、揃いも揃ってわざわざここまで質素な身なりをする商人レベルの仕様には、侍女たちも最初は驚き不安を覚えたようだったが、サナレーン侯爵から説明を受けて、すぐさま得心した。
イブリールへ派手な入国をすれば、その素性をすぐさま悟られ、誰も彼も必死の歓待をするに違いない。
となると、せっかくの機会に、真実の国状を知るのがかなわなくなるのだ。
身軽な行動もできなくなる上、各方面から無用な警戒を受ける懸念もある。
何より、国費の浪費となるだろう。
……いずれも尤もだった。
だが、そうと知らないロールウェルの民たちは不遇の王女に一層涙した。
セレスティアは、そんな彼らへ深い感謝を告げて、故国を後にした。
この別れの場に揃った面々は、後に思いがけない再会を果たすのだが、無論、現時点の誰一人とて、知る由もなかった。




